109回目 熊のルノフと幼かった私
いつの頃からか私は何人かの子供達と一緒に歩いていた。
傍らにはほかの子供には見えない、私の背の二倍はある熊の頭の獣人がいる。
ずっと歩き続けてきた。
一人、また一人と、出会うべき誰かと出会いいなくなっていく。
いつからか足音も静かになり、私の影が道にぽつんと落ちるだけになって、
それでも私はまだ歩き続けている。
「あー、ついに一人になっちまったなァ」
ちゃかすようなやれやれというような声で熊獣人ルノフは言った。
目の前には果てなく続く道、その先から無限の風が吹いてくる。
雲が流れ差し込んできた光に私は目を細めた。
ここから先はこうして日差しや風を気にするのも私一人。
寂しい気はするけど、でもどうってことない。
私はおもむろにルノフに右手を差し出す、顔は見ない。奴は勘が良いから。
「んー、どうした」
「あんたが寂しくなっちゃったみたいだから、手出してあげてるの」
「?」
「・・・繋いでも、いいのよ?」
「へへ、そりゃどうも」
そういうとルノフはその大きすぎる手の指三本で私の右手を包み込んだ。
肉球のひやりとした感触と、毛皮のふんわりしたさわり心地が気持ちいい。
日が暮れてあたりが寒くなって来て、
ルノフが私の肩に自分の着ていた赤いポンチョをかける。
私は彼の腕をそっと抱きしめ、歩きながら呟く。
聞こえなければそれでいい、聞こえていたらそうして欲しいだけだから。
「だっこしてもいいよ」
少し歩いて、彼が気付いたか気付いていないか気になってルノフの顔を見上げると、
彼は私の体を抱え上げてお姫様のように抱っこした。
「良い匂いだねェ、花のつぼみの香りだ」
「嬉しいでしょ」
「ん」
「へんたーい」
「はいはい」
夜が暮れて、星が夢を囁き揺らめくのが見える。
まだ道の先は見えない。
でも今はそんなことどうでもいい。
彼の胸に預けた私の耳が彼の鼓動の音を聞いていて、
時々見上げるとそこにルノフの顔があって、
目が合うとニッとそのたびに照れ笑いする彼の顔が見られる事が不思議と楽しかった。
「俺は幻かも知れない、だからいつかはお前一人で歩かなきゃいけないぞ」
風のささやきのように彼がそう言ったのは、
私に不要な重圧をかけないようにするためなんだろう。
「ルノフが幻で嘘だって言うなら、私はあんた以外の全てを嘘だって思うよ。
そうしたらあんただけは本物でいられる」
彼の沈黙が少し怖かったけど、だけどその時私はそうするだろう。
きっとそれしかできないだろうから。
「嬉しいっていいなさいよ、そうしたら眠ってあげるから」
「やだよ」
「なんで?」
「もうちょっとお前の声を聞いていたいからさ」
「そ」
風は時と流れて、全てを風化させていくように。
私と彼もいつかは消えていくんだろう。
だけどそれまでは、眠りにつくまでの少しの間までは、
私達は互いを感じ会う事を忘れないでいようと思う。
限りある一時だから、一緒に居たい人だから、
一緒にいられたという記憶を心にたくさん持っておきたい。
同意を求めるように彼のアゴの下を爪で軽く撫でると、
彼は黙って私の頭を撫でる。
彼の匂いのするポンチョを抱き寄せて少し深呼吸すると、
体を彼の胸元に預け、
私はその温もりの中できるだけ眠らないようにまどろみにたゆたっていた。
3つ続くお話の1つ目です。
平原綾香さんバージョンのいのちの名前聞きながら書いてました。




