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千夜一話物語【第三章「異世界勇者の解呪魔法」連載中】  作者: ぐぎぐぎ
5歳の女の子と獣人さんのお話
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108回目 白紙のノートと一本の鉛筆

この世界の赤ん坊はみな祈りの中で最初に産声をあげるという。

俺にとっての産声は、厚さ3mm長さ10cmの黒いメタルの牙が放つ銃声だった。


「本当になにも覚えてないの?」


ガスマスク越しにリカ(5さい)が俺の目をのぞき込む。


「気がついたらこの姿で、機関車の中将軍達と武器を持ってクリーチャーと戦ってた。

 戦って敵を倒して上手く立ち回れたらたまに褒めて貰えて。それだけが俺の日常で。

 だから俺には戦士としての自分しかないんだ、

 みんなみたいな個人的なスペースっていう価値感がわからない」


地球上のあらゆる場所が死の大地に変わってしまった世界で、

俺は生き残りの人間達と一緒にまだ生きている移動機関を見つけては旅を続けていた。


「個人的なスペース。ああっ家っていうのよ。

 じゃあもしかしてずっとその姿のままなの?」


リカは親が学校の教師だった事もあり、

記憶喪失の俺と一緒に過ごしいろいろな事を教えてくれる。

戦いが終わると仲間達はみんなちりぢりになるため、

今では彼女と一緒にいる時間が一番長い。


「食事は注射器で済ませてるし、スーツが体表の古くなった体組織を分解してくれるから

 基本的にスーツを脱ぐ必要もない。ガスマスクも取る機会がなかったんだ。

 だけど、この姿のままでいる理由はきっと違うな」


時々普通の人間の二回りは大きく、人間以上の力を発揮するこの肉体が、

マスクを外したら敵と同じ化け物と同じなのではないかと不安になる。

不都合な真実はきっと自分の居場所を奪い、

信頼する仲間達に己をクリーチャーと同じに始末させるだろう。


「俺は怖いのかもしれない、このマスクを外したらきっと今のままでいられなくなる。

 みんなと、お前と一緒にいられなくなる。そんな気がして」


リカは俺の手を握りしめる。

分厚いスーツ越しには彼女の温もりすら感じる事はできない、

そんな些細な距離感すら胸を苦しめた。


「私達はみんな同じだよ。

 滅ぼしてしまった世界の中で、世界に否定され生きる場所を失った人類。

 その欠片達が自分たちの生きる場所を探して彷徨ってる。

 私と君とみんなのこの旅はそういうものなんだ」


リカの小さな手が俺のマスクにゆっくりと近づく。


「だから私は君が誰であっても驚かない」


嘘だ、彼女の手は震え声が小さくなった。

でも俺にそう約束し自分に言い聞かせる事で、彼女はそうあろうとしてくれている。

俺は高鳴り逃げ出しそうになる体を押さえつけた。


「ありがとうブレイク」


緊張した顔でそう言った彼女は、俺の見てきた誰よりも戦士らしい顔に見えた。

リカの手がパチンパチンとロックを外し、

マスクからエアーが漏れる音があたりに静かに流れる。

俺は思わず彼女の手を掴んだ。


「先に言っておきたいんだリカ、

 俺は・・・」


喉が詰まって言葉がでてこない、この思いを伝えるにはどうしたらいいのか。

彼女に幻滅されたら言えない言葉なのに思い出せない。

俺は目からなにか熱い物が流れ出てくるのを感じていた。

そんな俺に彼女は微笑む、気がつくとマスクは外れていた。


脊髄から凍り付いたような感覚があった。

深く呼吸をすることでゆっくりと体を解凍してなんとか生きているような、

冷たい時の中で。

リカは俺の人間より明らかに異質な口にキスをした。


俺は自分の顔を触る、そして頭の上にとんがった二つの耳に触れた。

割れたガラスの欠片が映した俺の顔は、まるで狼と呼ばれた古の生き物のそれだった。

クリーチャーの形容しがたい姿とは違う、でも化け物である事にはかわりない。


「よかった」


リカのその言葉が俺の体の中に熱を取り戻す。

彼女は俺の胸に顔を埋め、心底安心したというように一つ大きなため息をついた。

ごくりと俺は生唾を飲む。


「いいのか、俺こんな姿なんだぞ」

「うん、いいよ。かわいい」

「かわっ!?」


下から見上げるリカの優しい顔に俺はその言葉にいっぺんの嘘もないと悟った。

いぜんと俺の異形を映し続けるガラスの中で、

俺のつぶらな瞳が潤み、耳がピコピコと動くようすが見えた。


「あははっかわいい、俺かわいいのか」


安心したとたん笑いと涙が止まらなくなった。

無性に寂しくて苦しい気持ちがわきだしてリカの細くて小さい体を力一杯抱きしめる。


「泣くのか笑うのかどっちかにしなさいよ」


リカの声もどことなく鼻声で、明るかった。


「嬉しいな、ああ、幸せだよ。これが生きてるって事なのかリカ」


彼女はもう一度言葉よりもたしかな方法で俺にそれを示す。


「生きていこうブレイク、たとえ世界に二人きりになっても」


思い出した、こういう時に言う言葉。胸をついてもう押さえきれない。

俺はあふれ出すマグマのような感情を込めて彼女にその言葉を放つ。


「好きだ世界中の誰よりも。愛してるよリカ、お前が大好きなんだ」

「バカ・・・知ってるわよ」


リカはポロポロと目から大粒の涙をこぼしながら俺の頭を撫でる。


もう何も恐れる事はない、

俺は彼女や仲間を全力で守り、彼女も俺の事を支えてくれる。

俺に家ができたのだ、その事だけでこの世界に倒せない敵はなにもないように思えた。

それを確認するように、二人だけの秘密の夜は深く静かに続いていった。

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