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千夜一話物語【第三章「異世界勇者の解呪魔法」連載中】  作者: ぐぎぐぎ
5歳の女の子と獣人さんのお話
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107回目 深淵世界のアレキス

俺は今深淵の闇の中にいる。

戦争に巻き込まれ死んでしまった姫、いや俺の大切な人を取り戻すために死者の闇の世界にいるのだ。

ときおり吹きすさぶ冷たい風に魂ごと体が震える、自慢の長い耳も縮こまるような気持ちだ。

心が引き裂かれそうになるたびに、この世界へ降りるときに女神がくれた

光の矢、盾、そして剣の存在が心の支えとなる。


胸に抱くのは彼女の優しい微笑み、そしてこの長い耳をくすぐる心安らぐ声。

そうだこの耳はいつだって彼女の声を聞いてきた、

どれだけ遠く離れても彼女の声だけを聞くことのできる耳があるのだ。

きっと彼女を見つけ出せる、そして。


「いくぞ、いざ果てなる地平の彼方へ!」

俺は荷物を担ぎなおすと

そこにある全てが胞子のように死の冷気を放つ世界へと踏み込んだ。



行く道は罠と謎に満ちた迷宮だった。

宮殿で庭師のじいさんから聞いていた知識がこんなところで役に立つとは、

彼はなにか予知していたのかもしれないとそんなことすら思った。


長い道のりの果て、最深部に彼女ユミールはいた。

再会した俺たちは駆け寄ると互いのぬくもりが本物であることを確かめるために抱き合った。

そして互いの名を呼ぶ、ああこの声、このぬくもり、この鼓動、全てが彼女のものに違いない。

彼女を失い絶望に凍りついていた俺の人生が小さく音を立てて溶けていくのがわかる。


「ユミール、この手は僕らの心だ」

「アレキスまたあなたの心に触れられる、この時をどれだけ待ち焦がれたか」

「行こう、夜明けまでにここを出なければ」

俺たちのこの手は二度と離れることはない、

二人はずっと一緒にいられるのだと、その時俺はそう信じていた。



最初は小さな虫だった。

虫は毒虫に、毒虫は毒蛇へ、そしてネズミ、豹、そして見たこともないような化け物が

地上へと向かう二人の前に現れだした。


女神は使うべき時にしか光の武具は真の力を示さず、

そしてその力は一度きりで失われると言った。

その言葉の通り光の武具はいまだ光を見せない。


次々に現れる化け物を俺の使い込んだ鋼の剣と弓矢でなんとか倒し、

時には地形を利用し、武器で倒せないものはマグマにたたき落として倒し、

なにをしても倒せないものからは逃げ通し隠されたその化け物の心臓を潰して、

俺たちは無限に続いているかのような回廊を走り抜けた。


今思えばその時ユミールがどんな顔をしていたのか、

俺は前ばかり見るあまりそれを知らずにいたのだ。



闇の中かすかな光が見えた。

それは近づくほどに大きくなり、地上の光が出口の巨大な扉の輪郭を描いているのだとわかる。

あと一息だとそう思った瞬間、

光が突然消え去り真っ暗な闇の世界へ逆戻りした。


ユミールが小さな悲鳴を上げながら体を震わせ怯えている。

「なにか・・・いるのか?」

俺は鞘に布を巻きつけ松明代わりに燃やし、その光でそれを見た。


そこにあったのは巨大な「悪意」。

人の抱く他者への憎悪、その化身のような醜く恐ろしい姿の化け物がそこにはいた。

光の盾が突然強く光り、化け物が身をよじった瞬間俺は反射的に光の盾を構えた。


化け物はドロドロと溶けるマグマのような炎を火山の噴火のように吐きだし、

光の盾に守られていた部分以外が全て地獄のような光景に変わる。



俺は粉々に砕けた光の盾と、松明にしていた鞘を捨てて化け物に立ち向かった。


しかし限られた足場ではユミールを化け物と燃えさかるマグマから守ることしかできず、

化け物の攻撃に傷つき、次第に俺は動くこともできなくなり、

自分を揺り動かすユミールの悲鳴を耳にしながらも意識が消えていくのを止めることができなかった。


再び目覚めたとき、そこにあったのは穏やかな森林の花畑だった。

目の前には神殿を思わせる廃墟と、そこに座る美しい青年の姿。


青年は俺は死んだのだという。

「ユミール、ユミールを助けなければ!」

慌てる俺を青年は微笑みながらなだめる

「彼女なら平気だ、あの化け物は彼女自身だからね」

そういうと彼はその白すぎる手で髪を撫でる、その手は骨のように見えた。



「ユミール自身、それはどういうことだ」

青年は手にしたハープを一弦引くと、遠くを見ながら答える。

「気付かなかったかい?出口に近づくほど敵が強力にそして強大になっていったことを」

彼は白すぎる足を組みなおす、その指が骨のように見える。


「そして敵は彼女を傷つけることはなかったはずだ、

 どれだけ君が強いといってもあの数、彼女にかすり傷一つないのをおかしいとは思わなかったかい?」

彼はじっとその顔で俺を見る、相貌の堀が深い印象を受けた。

「敵は彼女の生み出した存在、そして君を殺したあの化け物は君を拒絶する意思そのものなんだよ」

彼の白すぎる顔が歯をカタカタと鳴らしてそう言った。


「死神・・・」

「そう、人は僕をそう呼ぶこともあるね」

ここは死者の世界、再び立ち上がるも眠りにつくも自由。

だが君の勇気に免じて今なら私の力で地上へ帰してやろう。と死神は言った。



ユミールは怪物から逃げ続けていたが、履いていた靴をどこかでなくし、

足の裏は傷だらけ、そしてもつれた足が彼女の動きを止めてしまう。


ユミールは脅えながら化け物の顔を見る、化け物はゆっくりとその顔を彼女に近づける。

ユミールの目から生気が消え、化け物は無抵抗な彼女を抱きかかえてそのまま地下へと向かっていった。


最深部に向かうにつれて壁にかかった鏡が増え、

その鏡の一つ一つにアレキスが傷だらけの姿で地上へ帰る様子、

そして地上で素敵な女性と出会い、ユミールを忘れ幸せになっていく姿が映されていく。


闇の世界の底には巨大な暗黒の鏡があった。

ユミールを抱いたまま化け物がずぶずぶと鏡に身を沈めていく。

その時、一本の光の軌跡が走った。



光の軌跡はまっすぐに暗黒の鏡に突き刺さりそれを砕いた。

化け物が振り返るとそこにはぼたぼたと体中の傷から血を流しながらも、

太陽よりも熱く輝く瞳のアレキスがいた。



ユミールの体がピクリと動く。

鏡の中の風景が一転ユミールの無数の感情をたたえた目ばかりになり、

その全てが俺を凝視する。


「俺が幸せになる未来があるとしたら、そのとき傍にいるのは他の誰でもない。

 君が僕を幸せにしてくれるから、僕は君を幸せにしたいと願うんだ。

 俺の光になってくれユミール、君を手に入れるためなら俺は神にでも立ち向かう!」


俺が女神からもらった最後の武器「光の剣」を引き抜くとそれはオオンと音を上げて輝きだした。

それを見た化け物が体の半分を闇の鏡と融合させたまま両腕を開き、

数百万人の人間の悲鳴のような叫び声を上げる。

化け物の体にユミールの肉体はすでに取り込まれかけていた。



鏡に映る影がうごめく亡者達の姿に変わり、

鏡から手や頭や毒の剣や槍がでてきて俺の邪魔をしようとする。


ユミールを傷つけるのを恐れ化け物に深手を与えられない俺は次第に追い詰められていった。


暗黒の鏡が治るにつれて取り込まれ苦しげな声を上げるユミール、

その声の中にアレキスの名を聞いた瞬間、俺の体は最後の力を振り絞って化け物の懐へ飛び込んだ。


自分でも信じられない力で化け物の攻撃をはじき、速さで掻い潜る、

その全ての力が彼自身の命を燃やして得ている一瞬の灯であると俺は悟った。一秒が全てを決める。


ユミールと鼻と鼻がくっつきそうなほど近づいた。

俺が彼女の名を呼ぶとゆっくりと目を開け泣きながら彼女は微笑みうなづく。

ユミールにキスをしながら俺は彼女の胸に深々と光の剣を突き立てていった。



化け物が断末魔の叫びをあげ、全ての鏡が粉々に砕ける。

光の剣の光が増し、砕けた細かな無数の鏡に光が反射され、周囲は光の世界へと変わっていった。


ほっとした顔で気を失っているアレキスの顔を愛しげに見つめながら、

ユミールは彼の顔を抱きよせ目を閉じる。



風がそよぎ、草鼻の揺れる音が聞こえる。

「戦争はまだ続いている、これから先まだまだ苦しい毎日が続くだろう」

体を起こすと俺は深呼吸する。

「俺を恨むかい、ユミール」

無言で彼女は立ちあがり、俺の後ろへ歩き去っていく。


当然だと俺は瞼を強く抑える、こうでもしなければ涙が零れてしまいそうだ。


「ねぇアレキス、あなたは責任を取るべきよね」

ユミールはきびすと帰すと振り返る俺に全力で駆け寄り、

そのまま倒れるように後ろから俺を抱きしめる。



「私を幸せになさい、世界がどうだって関係ないでしょう?」

ゆっくりと彼女の手が動く、その動作に彼女が俺の温もりをかき集めているのだと気づく。

「だってここには私がいて、あなたがいるもの」

そうか、ああ、そうだった。

「ああ、それで十分だ・・・ッ!」


俺は溢れだしそうな想いをこめて強くユミールの手を握り、

二人で丘の下の光景を、地平線の山々を、遥かな空を、世界を見つめる。


全ては有り余るほどの光に満ちて、二人はまるで世界の中心にいるようだった。



二人を見つめるシルクハット帽の男の姿があった。

少し強く吹いたいたずらな風に彼は「おっと」と言いながら帽子を押さえ、

二人の背中に微笑むと、次のそよ風が吹くころにはいなくなっていた。

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