104回目 ワールドライバー
様々なパラレルワールドがある中で勇者はたった一人しかいない世界。
全ての世界の人々はトカゲ獣人である彼の特異な容姿を受け入れず、
生まれてより一度も彼には安住の地などどこにもなかった。
「次はここか」
召喚された証の足下の黒印を見ると、一つため息をついて
トカゲ獣人テムは左目に眼帯をした顔を上げ世界を見た。
一人悪の根元を倒すと、そのたびに召喚魔法によりまた違う世界に飛ばされてしまう。
最初はウンザリもしたが今では自分は道具でしかないのだと彼は人生を諦めていた。
「うん?」
しかしその時だけは違っていた。
彼の足下に裸の少女(5さい)が寝息を立てていて、
彼女の周囲にも召喚者の証の黒の刻印があったのだ。
目を覚ました彼女は自分の名前も知らない記憶喪失の状態だった。
テムはわけもわからず混乱する彼女をなだめ、
街で彼女の服を買っている時にみた看板から彼女の名前をメリーと名付ける。
自分に似合うカチューシャが見つかった事、
無愛想なテムが自分に名前を付けてくれた事がうれしくて上機嫌でテムについてくるメリー。
テムは黒印を刻んだ契約書を手に、契約書が示す召喚者である王妃の元へ向かうと、
メリーの能力はどういったもので、なぜ自分と一緒に呼び出したのかうんざりしながら王妃に聞く。
王妃が言うにはどうもメリーは呼び出す予定ではなく、事故で一緒に現れてしまったようだという。
息子の遊び相手も欲しかったし責任を持って預かるという王妃にテムはメリーを預ける事にした。
王宮の噴水をみて無邪気にはしゃくメリーが自分をしたってくれるのを見て
少しだけ心がズキンと痛むテム。彼は彼女に黙って王宮をあとにした。
この先は子供が来るには危険すぎるのだ。
同行した兵士達が自分を先に進ませるために次々に死んでいくのを目の当たりにしながら、
テムの意志は魔王を倒す事ただ一つだけに絞られ研ぎ澄まされていく。
その世界の魔王の名はグリアブロウズといった。
魔王グリアブロウズの支配領域最深部にたどり着く頃には残った兵士達も2~3人、
しかも魔王の放つ障気により体を蝕まれていてた彼らが倒れてしまう。
戻っていては間に合わない、
それに治療の手段は人質を生きて魔界に連れ込める魔族しか持っていない。
人間の世界は刻一刻と魔王の軍勢により滅ぼされている、
自分たちはいいから魔王を倒してくれと嘆願する兵士達。
テムはどうしても彼らを見捨てられない事を謝りながら
危険を承知で魔界の村で宿を取り彼らを助ける手段を探し始める。
そんな中魔界貴族の屋敷に真っ正面から乗り込むテム、
彼の前に現れた魔界貴族の横にはなんとメイド姿のメリーがいた。
話を聞くと魔族が一匹王宮に忍び込んだ時、王子をさらおうとして
割って入ったメリーを掴まえてきてしまい。
姫様だからいいのかなとそのまま連れて帰ってきたらただの居候であると判明、
彼女の容姿が気に入った魔界貴族が彼女を使用人として家に置く事にしたのだという。
メリーは自分をさらってきた怪鳥魔族ともすっかり仲良しになっていて、
テムと過ごす一時を本当に幸せそうに身振り手振りも大きく楽しんでいた。
そんな彼女に罪悪感を感じるテム、また彼は彼女を置いて黙って館を去ろうとする。
歩き去っていく彼の背中に突然誰かが抱きついてくる。
彼は振り返らなくてもそれが誰かなんてわかった、メリーは震える声で気丈に振る舞う。
彼女が差し出した手の中にビー玉のようなオーブが数個、
それがあれば障気に犯された人間も平気なのだと言う。
「また置いて・・いくんですよね。止めませんよ、しょうがないですから。
でも少しだけこのままでいさせてください、私今自分の力だけじゃ立てなくて」
テムは彼女が泣いているのがわかった。
彼は誰にも愛された事が無くて、信じて裏切られる事が怖くて、
だから自分を初めて好きになってくれたメリーと一緒にいるのが辛かったのだと気付く。
彼女を遠ざけるのも彼女のためなんかじゃない、
彼自身が傷つかないようにするためのわがままだった。そのために今メリーは傷ついている。
テムはメリーの手を掴むと振り返り、彼女を抱きしめキスをした。
永遠のような時間、風さえも止まり、星の音さえも聞こえそうな静寂が包む。
「これで後戻りはできないな」
はにかみ顔でテムがそう呟くと、メリーは少し頬を赤らめながら額を彼にくっつけて
「ずっと一緒ですよテムさん」
とまるで彼の孤独を全て知っているかのように囁いた。
体が完治した兵士達と別れると二人は魔王の城へ向かう。
テムは彼自身の全てを賭けて初めて手に入れた彼の絆、メリーを守りながら戦い続ける。
幾度と無く繰り返してきた魔王との戦いで得た経験の全てが活性化し
テムはどんどん化け物じみた強さに変わっていく。
ついに魔王グリアブロウズの眼前に迫ったテムの目の前に衝撃が走る。
そこには無数のメリーがいたのだ。
混乱するテムとメリー、ぱたぱたぱたとメリーの一人が近づくとテムに抱きつき
「ねーおじちゃん」
にっこりと顔を上げる。
「死んで?」
テムは偽物のメリーを突き飛ばした。ケタケタと笑い声をあげ始める無数の偽メリー達。
テムが焼けるような感覚のする腹部を見ると、そこには深々とナイフが突き刺さっていた。
「ゴッブッ」
「テムさん!!」
「大丈夫、下がってろ。あと目も閉じておいた方が良いな、耳・・もふさげ」
苦しそうな彼に声にただ従うしかないメリー。
ナイフを抜き取るテム、どうやら毒が塗ってあるらしい。
普通の人間なら今の段階で内臓が焼け溶けて死んでいてもおかしくない、かなり強い毒だ。
笑いながらジャキンと次々に殺しに手慣れた手つきでナイフを取り出すメリー達。
偽メリー達との戦闘を開始するテム、
偽者とはわかっていてもその手応え血の温度が彼の精神を蝕む。
「あそぼー?」
輪唱が続くその空間の正体が暴かれ、
肉と血管と内臓だらけの世界になる。
天井の無数の房のようなものからずるりずるりとメリーが生まれてくる。
魔王グリアブロウズは苦しむテムを見て高笑いする。
そう、メリーは魔王がテムの召喚と同時に現れるように作った存在だったのだ。
テムはメリーを抱えて眼帯を外すと、
左目に宿した契約獣の力を引き出し稲妻の魔法で偽のメリー達を気絶させる。
ふぅふぅと息を荒げ憤る彼の顔は鬼神そのもので、メリーは思わず息を飲む。
グリアブロウズをいくら攻撃しても、
どんな魔王をも一撃で倒してきた技を使ってもグリアブロウズは何度も何度も再生し
ボロボロになっていく勇者をいたぶりつけ優雅に嘲笑する。
「私を殺したいか勇者よ、もう察しはついているのだろ?やれよ」
できないんだろ?と言わんばかりに彼はにんまりと顔をゆがめる。
「何を言ってるの、どういうことなんですテムさん」
「おそらく・・いや、間違いなく。アイツの死という現象がお前の中に隠されてるんだ」
グリアブロウズはこの世界で魔王が「死ぬ」という現象を
自分が作り出した器の中に封じ込め、
勇者がもっとも破壊出来ない場所にそれを隠した。
「私がテムさんを好きになったりしたから、だからアイツを倒せないって事なんですか」
「頼むやめてくれメリー、それ以上言うな」
勇者としてのテムの本能がメリーを今すぐに引き裂き魔王を殺せと叫び始める。
メリーが言葉をはっするたびに本能と理性がテムの肉体と精神をズタズタに切り刻む。
一緒に戦ってきた兵士達の顔が浮かぶ、
家族や恋人のため、守る者のために戦ってきた彼らの命運を握っているのはテムだ。
ここでもしテムが逃げたり負けてしまう事があれば、
魔王を止める力は何も残されていない。
メリーは側にいた偽者のメリーと目があってしまう。
しかし偽者のメリーは穏やかな目で彼女を見つめると、
手にしていたナイフをメリーに手渡した。
彼女の姉妹達がメリーを見つめて、祈るようなまなざしで小さく頷く。
「ねぇテムさん、私達勝てるかも知れない」
「なんだと」
「『私達』なら、ね。あのね」
メリーの耳打ちでにやりと笑うテム。
魔王グリアブロウズが彼の様子に怪訝な顔をすると、テムはもう一度契約獣の稲妻を放つ。
稲妻が細かくくだけて周囲を埋め尽くし次の瞬間にはテムとメリー、
そして彼女の姉妹達も消えていた。
城の城壁までたどり着いたテム達は駆けつけた怪鳥にのり脱出。
しまった。と魔王が気付いた時には全ては手遅れだった。
テムとメリーはこのメリーが魔王の弱点!
これを持っていれば魔王なんてこわかないんですよ!!と
メリーの姉妹を魔界の有力者達にばらまきまくる。
有力者達に最初に見せるメリーは本物のメリー、
引き渡すのは偽者のメリー。
でも魔界貴族達はみんな魔王グリアブロウズの弱みを握ったと思い
みんながみんな彼に秘密裏に取引を持ちかける。
魔王はそんな魔界貴族達をけんもほろろな扱いをして、
でも内心どれが本物のメリーかわからず冷や汗な毎日。
そんないいかげんな王の求心力も急速落下、
内乱状態になるころには偽メリー達の内助の功も手助けになり、
テムが新しい魔王になる事になってしまって世界の危機は回避されてしまったのだ!
でも世界の危機が回避された事は同時にテムの他の世界への召喚に繋がる、
七日の猶予の中でテムは人間好きなメリーのメイド先の魔界貴族に
人間と仲良くするように、人間社会のいろいろな面白い物を紹介しながら約束して貰い
彼に魔王を引き継いで貰うと次の世界へ渡る準備を済ませる。
彼の世界との別れはいつも誰もいない孤独な物だったが、
おかしな手段で世界を救った彼にみんな興味津々で
人間や魔族みんな入り交じった大祭りのフィナーレイベントという
世界を上げてのお祭り騒ぎで送り出される事になった。
最後にお別れの挨拶の代表で出てきた祭り衣装のメリーの姉妹達、
そのあとにお姫様のドレスを着たメリーがやってきてテムに花束を渡す。
「お前には本当に世話になったな、俺この世界をお前達みんなを絶対に忘れないよ」
ぶっきらぼうな彼に珍しく涙ぐんでいるテムを見てぐっとなるメリー。
メリーは姉妹達、そしてセレモニー台の周りに集まった世界のみんなを見る。
みんながうなづき叫ぶ。
「行ってこいねーちゃん!!」「たっしゃでなー!」「幸せになるんだよ!!」
「うん!私行ってきます!!ありがとうみんなーー!!」
「・・・はい?」
テムが気がついたら次の世界、
下を見るとまたしてもテムを抱きしめてメリーがついてきていた。
「えへへ、ついてきちゃいました」
そう言ってメリーは向こうの世界の人類魔族が開発した召喚相乗りオーブのイヤリングを彼に見せる。
「まったく、大人しい顔してめちゃくちゃな奴だなお前は」
嬉しさを隠せず尻尾をぱたぱたするテムはメリーの頭を撫でる。
メリーはうにゅ~といいながら顔を赤くする。
そんな二人に割って入るようにメリーの周りをクルクルと飛び回るチビドラゴン。
「なんだこのちびっこいのは」
テムがベシッとそれを掴み上げるとギャースギャースと騒ぐそいつの言葉から、
そいつがどうも向こうの世界の魔王で時空間渡航で力を失ってしまったらしい事、
メリーの中に死を隠してしまったため一緒の世界にいなくてはならないらしい事を知る。
「どうする?」
「かわいいし連れて行きましょ、あなた」
「おいおいまだ早いだろ」
「私はそのつもりなんですけど、テムさんは違うんですか?」
なんてイチャイチャしながら新しい旅路を始める二人を見て、うなだれながらついて行く元魔王。
二人と一匹の旅はまだまだ続きそうだ。




