海老(オレ)が大活躍する怪談
実話4 脚色6
筆者は南大阪の地元付近と海沿いでは心霊研究科、霊能力者として一部の人々から認知されている。
全くもって誤解でしかなく、奇妙な錯誤が重なった結果だ。現実には夢破れたどこにでもいる中年でしかない。
今から十年ほど前の話である。
岸田とは十代の終わりに知り合った。
地元では名の通ったワルだったが、就職と共にワルを引退。
建築関係の仕事で働く内に仕事の楽しさに目覚め、三十歳のころに独立して会社を興した。
筆者とはパチスロ仲間ではあるものの、パチンコ屋以外で会うことは稀だ。たまに街中でばったり出くわしたら岸田の仲間たちと一緒に食事をする程度の仲であった。
ごく普通の友人といった気安さはあったが、彼らの身内というところまではいかない。十年以上の付き合いでも、そのくらいの関係性だった。
岸田の会社は順調に成長し、事務所を移転した際の祝いには筆者もお呼ばれして顔見知りたちと酒宴を楽しんでいたそうである。
新しい事務所に移ってから、トラブルが多発した。
仕事上での失敗から始まり、どうにもよろしくないことが起こる。
仕事上の事故や失敗から始まり、従業員が通勤途中に事故に合う。コピー機が日に何度も止まり、ガラスの置物が割れる。
エアコンの室外機から入ってくるのか、いやにゴキブリが出る。ひどい時には、テナント入り口のガラス扉に大量の銀蠅までたかる始末だ。
家主に相談したが、今までそんなことはなく首をひねるばかりだ。付き合いのある害虫駆除業者にも見てもらったのだが、多くの蟲が入り込むような環境的な原因は無いという。
その内に、事務所で人影のようなものを見るという話まで出た。
従業員たちは呪われているのではないか、とまで囁き合っている。
岸田はそういうものを信じないが、従業員が納得するならと神主を呼んでお祓いまでしてもらった。
それだけやっても、何も変わらなかった。
不運に不運が重なり大きな仕事も流れてしまう。
仕事が終わり、岸田は事務所に残って酒を飲んでいた。祝いでもらったウイスキーである。
特別な時に飲もうととっておいたものだが、捨て鉢な気持ちで飲んでいた。
紙コップで高級ウイスキーを流し込む。温い酒は喉を焼くようだった。
ふと、気配を感じて事務所の入り口に目をやった。
人のシルエットをした影がある。
ぎょっとしたが、見ていても消えない。何かの見間違いかとまじまじと見た。
猫背で背が低くて太っている影も、こちらを見ているようだった。
馬鹿にされているような気になって、ウイスキーの入った紙コップを投げつけた。当たる直前に、影は唐突に消えた。
ここに至って、岸田はようやく何かがあるのではないかと思った。
遅すぎるように思えるだろうが、これは相当に早い。
目の前に幽霊が出ても、大半の人間は五分後には見間違いだと考え直す。それこそ、毎日見るというとこなまで至って、ようやくお化けや幽霊だと認めるものだ。
若くして成功した岸田の決断は早い。
神主を呼んでダメだったことから、神仏や見知らぬ霊能者などに頼るという考えはさらさらなかった。
マイルドヤンキーなどと呼ばれる人種は、何よりも自分の手の届く範囲を信じる。そこで白羽の矢が立ったのが筆者であった。
怖い話がないか、などと尋ねて回る変な知り合いなど、筆者以外にいなかったのだろう。
岸田からの急な呼び出しに筆者は快く応じた。
「よっしゃ、すぐ行くわ」
と、電話口で元気に言った筆者に、岸田は「ほんま助かる。マジでありがとう」と返した。
小一時間もすると、当時購入して乗り回していたビックスクーター、マジェスティCに跨った筆者が岸田の事務所を訪ねた。
「海老やん、変なもん見たんや」
筆者は親指と人差し指で顎をつかむポーズをキメた。
「そら妖怪の仕業やな」
これは、昭和の時代に放送されていた連続特撮ドラマ、実写版西遊記で、岸部シロー氏が演じた沙悟浄のモノマネである。
「えっ、妖怪ってマジで」
「あ、ごめん今のナシな」
当時はこんなくだらないギャグが面白いと思っており、筆者はどうかしていた。正気ではなかったのだろう。
気を取り直して、岸田のかいつまんだ説明からすぐに筆者はピンときたようだ。
「岸田くん。それ多分、キミが呪われてるわ。最近なんか、変なモン貰ったり拾ったりせえへんかった?」
変な物と言われても、曰く付きの中古車だとかそういうものに心当たりは無い。
「いや、そんな変なモンって言われても」
「うーん、せやな。例えば、なんでもええんやけど人の顔みたいに見えるデザインのもんで、なんとなく好きやないなっていうのとか、厭な感じがするモンで心当たりあらへん?」
「あっ、一つあるわ」
岸田は言われて一つだけ思い当たる物があった。
事務所の移転祝いで貰った大きな絵皿だ。
旅館で刺身の盛り合わせを頼むと出てくるような大きなもので、見ようによっては人の顔に見えた。
三歳の息子が怖がったことから、記憶に残っていた。
誰から貰ったものかはっきりと思い出せない。
宴会にでも使おうと、事務所の物置に入れてそのままにしている。
物置から桐箱に入った大きな絵皿を取り出す。
妙な図柄の皿である。
猿、犬、蛙、兎、などの動物が鳥獣戯画風のタッチで桜の舞う中を遊んでいる図柄である。
少し離れて見ると全体像が人の顔に見えないでもない。だまし絵だとしたら、とても下手だ。
「ああ、コレやな。桜の木のとこ、ほら赤い線があるやろ。これ、血い流してる。それに、この庭石っぽいの髑髏や。不吉な絵ぇやで。それに、後ろの面めっちゃザラザラなとこに落款みたいなマーク押してあるけど、これ文字やないわ」
専門的な用語が多く岸田には理解できなかったが、『これは呪いの絵皿だ』と筆者が説明していることは分かった。
「これ、どないしたらええんよ。アカンて、こんなん怖いしよぉ。呪われてるって俺が何をしたいうねや」
「岸田くん、昔ワルやったし、同業のヤツに妬まれたりてるかもしれんし、そんなん分かれへんよ。でも、これが呪いやろし呪い返しで一発や」
「海老やん、誰がやったんか分かるんか」
「分からんけど、呪いかけてる道具見つけたら、相手に呪いを跳ね返せるんや。今からやりに行こ」
「え、怖いって。海老やんやってや」
「あかんて、呪われてる人がやらな」
嫌がる岸田を説き伏せた筆者は、マジェスティCの後ろに岸田を乗せて夜の町を疾風になった。
岸田は若き日を思い出して、そこでテンションが上がった。
地元の小さな神社に赴いて、日本酒を用いた簡単な儀式を行った後に絵皿を神社の敷地に埋めてきた。
「海老やん、マジでありがとうな」
「ええて。友達は見捨ててられへん。これでもう安心や」
岸田はなんとなくこれで上手くいくと思ったそうだ。
翌日、事務所の陰鬱な空気は無くなっていた。
訳の分からない不運の連続もなくなり、負の連鎖からあっけなく抜け出すことができた。
事務所の空気が変わったのは従業員にも分かったようである。皆、不思議そうにしていたが、格段に雰囲気はよくなった。
岸田はいたく筆者に感謝して、この顛末をあちこちで触れ回った。
そんなことがあって、筆者は地元で『心霊研究科で霊能者』だと思われている。
霊能力の話になると「そんなん無い」と否定することから、そういうことを言われたくないホンモノであると評価されている。元ヤンのマイルドな連中に。
この話は筆者にとっては非常に怖い話だ。
今から十年前、筆者は関東の片田舎で働いていた。
失業して知人のツテを頼った結果、人生で最も過酷で恨みの募ることになる会社で働いていた。
この時期、昼も夜も働いており大阪に一度も戻らない年もあった。
怖い話など収集するような気力も無く、仕事の効率を上げるために覚せい剤をやろうかと真剣に考えているような有様だった。
当時、マジェスティCにも乗っていた。
関東移住の際に乗っていき、関東から出ることなく乗り潰して廃車になった。
沙悟浄のモノマネも、徹夜を繰り返した血走った目で披露してゲラゲラ笑っていた。周囲はドン引きだっただろう。
岸田の語った当時の髪型や服装。それらも全て合致している。
上司に言われて好きだったスカジャンをやめて、クソみたいなジャケットなど着ていた。
当時の記憶は憎悪と怒りに満ちており、常に殺気立っておりまともなものではない。
岸田の言う「海老やん」とは誰なのだろうか。
地元に戻ってから懐かしい顔に会って、とても親しく接してくれた岸田には感謝している。
直接の助力はなかったが、金はなくともなんとかいい気分で生活できているのは彼のおかげだ。
呪い返しの顛末を知るのには苦労した。
自分が主役の話を他人から聞くというのには、思うより大きな労力が必要だった。
もう一人の筆者がいたのか。それとも、別の誰かと勘違いしているのか。
まさか、ドッペルゲンガーとういうものなのか。
良い友人である岸田のことを考えると、この話を否定することができなくなった。
今は、この話になると曖昧に誤魔化している。
読者諸兄の皆様へお願いがあります。
この話は予告なく消す可能性があります。また、筆者の情報になどは募集していませんので、そういったご連絡はご遠慮下さい。




