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海老怪談  作者: 海老
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呪室空間

藤代さんの著作は非常に面白いので、是非読んで頂きたい。


 藤代京さんの著作である怪奇探究行シリーズが非常に興味深い。

 怪異健忘症 https://book1.adouzi.eu.org/n6400eh/

 この作品から端を発して、徐々に霊というものの本質に迫る快作である。


 このシリーズを読んで、幾つか思い至った話があるのでここに記す。

 筆者はかつて、とある魔術結社に属していた。そして、そこを追放されてもいる。

 こう書くと現代異能ファンタジーか中二病かとなるのだけど、儀式魔術という誰にでもできるオカルト自己啓発サークルのことである。

 サークルとは名乗らず、魔術結社と名乗るどうでもいい伝統が1970年代のヒッピームブメントから続いているだけだ。

 自己啓発から先に至るとオカルトの世界が見えるというが、筆者は早々に飽きた。

結社サークル活動には不参加で、飲み会にだけ顔を出すことを責められて結社から追放された過去がある。

 他にも、かなり本格的な降霊会に参加したが、降霊会は驚くほど何も起きない上に退屈だった。


「パンが無ければお菓子を食べればいいじゃない。マリー・アントワネットです」


 あまりに退屈なので小ネタを挟むと、予想外にウケた。

 その後、世界の偉人モノマネ大会に発展し、その責任を問われて降霊会の主催者から永久除名を宣告された。

 目の当たる世界で言うところの出禁である。


 このような経験から、魔術とか儀式とか呪術というものについて全く信じる気になれない。

 念じるだけで相手を害するという発想からして、都合が良すぎる。


 そのように思うが、樹海など自殺が多発する一帯にある呪いの痕跡については分かる。

 樹海をテーマにしたドキュメンタリー番組で、木の幹に逆さにしたぬいぐるみを釘で打ち付けて呪いの言葉を書き綴られている痕跡を見た。

 ああ、この人は辛くて惨めで呪うことしかできなくて、本気でこれをやったのだな。と、哀しみと共に思う。

 それが都合の良い力に変換されることは無いだろうが、そこに誰かの慟哭があることは分かる。

 どれほどに呪ったとしても、それは成就しないだろう。

 人間性の発露であるそういったものは、呪いとして成立しない。

 呪いだとか悪霊だとか、そういうものは人間性を排除したものでなければ、そこに力は伴わないと思うのだ。



 前置きが長くなったが、現代の儀式についての話である。





 有田は離婚と共に貯金から何からを失くした。

 今から八年ほど前のことである。

 金がなくなりアパートを追い出された。ホームレスになる寸前で地元のチンピラに紹介された古いアパートに移り住むことができた。

 そのチンピラから悪知恵を授けられ、生活保護を受給するに至る。

 悪知恵と書いたが、有本は生活保護が必要なほどに困窮していたから、そういう意味では悪と断じることはできなかった。ただ、そこまで困窮するに至り救いの手を差し伸べたのが街のチンピラであったとうのは皮肉な話である。


 移り住んだのは古い木造二階建てのアパートである。

 風呂なし、トイレ共同という昭和の異物のような物件であった。

 ほとんどは外国人だったが、訳ありの男や、有田と同じように困窮しているらしい年嵩の母娘がいた。

 この母娘が曲者だった。

 母親は七十歳はとうに過ぎた老人で、五十がらみの無愛想な娘と共に暮らしている。

 二人共に何がしかの障害があったのかもしれない。

 見ただけで分かるほどに普通ではなかった。染みだらけの服に、焦点の合わない目。意味不明の独り言。

 有田はそんな環境でも、生きた。

 金が無いのは何も無いのと同じこと。

 母娘の部屋が奇妙なことは、住み始めて半年ほどで気づいた。

 ドアを開けた時にちらりと見えたのは、大量のダルマである。目を様々な色で塗りつぶしたダルマが廊下に列を為している。

 他にも、クリスマスの飾り付けに使うテープ型ライトや灯光器といったもので嫌に部屋を明るくしていた。

 他人の事だ。

 このアパートにいる者は他人に興味が無い。

 夏の暑い時期だった。

 仕事を終えて部屋に帰る時に、ばったり娘と会った。


 会釈して通り過ぎるだけ。

「あのう、ご飯を作り過ぎて、食べていきませんか」

 消え入りそうな声で、そう問いかけられた。

 驚いて固まってしまったが、なんとか済ませてきたと断ることができた。

 どういう風の吹き回しか。

 なんとなく嫌だな、と思った。

 それからまた時間は過ぎる。

 その後、何かと母娘が住人に声をかけるのを見かけるようになった。

 外国人労働者たちが部屋から出てくるところを見ることもある。

 ただ、食事をしているだけのようだ。

 日本人住人は関わり合いにならないようにしていたようだが、外国人たちはご飯をくれる優しい母娘を好意的に捉えていた。

 カタコトの日本語で母娘と親しげに話しているインドネシア人の姿を見かけるようになった。

 浅黒い肌のインドネシア人はイン君と呼ばれていた。正しい名前か分からないが、日本人には発音しにくい名前なのだと思う。

 母娘と親しくしていたが、しばらくして事故にあったらしく姿を消した。

 これも、母娘との立ち話が漏れ聞こえてきて知ったことだ。

 空いた部屋に別の外国人がやって来た。

 訳ありの人間だけを吸い込んでいるようだ。

 今度やって来たのは中国人の夫婦である。夫は除さんという名前である。日本語が達者で、インドネシア人とは距離を置いていて、代わりに有田によく話しかけてくる。

 最初は挨拶程度だったが、近所の銭湯で顔を会わせるようになるとそこそこ気心が知れた仲になっていった。

 冬の寒い日のことだ。

 銭湯で除さんと会い、隣の母娘の話になった。

「あれはグァイだよ。アリタさん、インドネシアたちが怒ってるから、隣の部屋から呼ばれても会うダメだよ」

 どういうことか聞いても、曖昧に気をつけてね、と答えを濁された。

 そういえば、母娘とインドネシア人たちが仲良くしているところを見ない。


 奇妙なことは幾つかあった。

 共同スペースにインドネシア人たちの民芸品が増えていった。トイレには何やらよく分からない木彫りの像だとか、何やら獅子舞のような絵だとかが貼られている。

 景色が日本離れしていくが、不動産屋は何もしない。

 隣家の娘がそれらを憎々しげに睨みつけているのを見たことがある。

 彼らなりのケンカをしていると気づいたのは、激化の一途を辿り後戻りできないところまで進んだ後のことだ。

 インドネシアの民芸ポスターに人糞が塗りつけられ、アパート中に異臭が漂うまでに至った。

 インドネシア人たちはあちらの言葉で罵声を上げながら掃除をしていた。

 母娘は部屋に閉じこもって出てこない。

 そういうことが何度かあった。母娘の対抗策はゴミや汚物を撒き散らすという短絡的なものだったが、その度にインドネシア人たちは掃除をして民芸品を取り替える。

 うんざりするような状態でも、金の無い有田は出ていくことができなかった。

 どれだけ働いても、生活保護があっても楽にはならない。

 その年、最後の仕事が終わったのは大晦日のことだ。

 疲れた身体をひきずって部屋に帰りつくと、隣室のドアの前にインドネシア人たちの持ち寄ったらしき花や料理が並べられていた。

 仲直りでもしたのかな。

 有田はあまり考えず、部屋に戻り敷きっぱなしの布団に倒れ込んだ。

 夜半、寝苦しさに目覚めた。


「ひいやあああああ、ううううああああああひひひひ」


 悲鳴なのか笑い声なのか、隣室から大音量で異様な声が響いてきた。

 異常なことだが、体は動かなかった。

 本能的な警告とでも呼べるものだろうか、寝たふりをしなければいけないと思った。

 壁を叩く音、窓ガラスの割れる音。

 携帯電話で警察に通報しようか迷う。

 布団にくるまり、目を瞑る。

 起きていることを知られると不味い。

 目を瞑り、音が聞こえなくなるまでじっとしていた。

 どれほどそうしていただろうか。

 気が付けば眠っていて、目覚めると正午を過ぎていた。

 昨夜のことは嘘のように、正月の雰囲気が漂う朝だった。


 尿意に襲われて部屋を飛び出すと、景色が違う。

 あれだけあったインドネシアの民芸品が一つ残らず消えていた。

 他に変事は無く、隣室からは気配が無い。

 それから、母娘を見かけない。

 しばらくして、家賃滞納により母娘の部屋が片付けられた。扉には連絡するようにという張り紙がある。

 夜逃げでもしたのだろうか。

 有田は業者が部屋から荷物を運び出している所に鉢合わせた。

 大量のだるまに、祭壇。神社で見かけるような鏡や大量のお札。そして、電飾用のテープライト。

 狭い部屋にどれだけため込んでいたのか、ゴミが大量に運び出されていた。

 祭壇らしきものは、テープライトで飾り付けられていたようである。

 業者がトラックに運び込むのを見て、いなくなったことを改めて感じた。



 その後も除さんとは銭湯で顔を会わせる。

 あの母娘はどこに行ったのかな、と何の気なしに話していた。

「あの部屋、危ない。怖いモノまだいるよ」

「どういうことなんよ?」

「あれ、神サマみたいなもの。日本だとユーレイ? そういうもの。育てると、神サマになるよ」

 日本語の達者な除さんが言うには、あの母娘は部屋で神様だか幽霊だかを育てるために、インドネシア人たちを餌にしたそうである。

 それが露見し、インドネシア人たちにやり返されたとのことだ。

「拉致されたんかな」

 貧民の母娘が消えたところで、誰も捜さない。

「ジュジュチュ」

 呪術と上手く発音できない除さんは、言ってから笑った。目は笑っていない。

 こんなことに関わるつもりは無い。



 そのアパートを出るのに三年かかった。

 有田がまともな暮らしを得るのには並大抵ではない努力を必要とした。その甲斐あって、今はごくまともなマンションに住んでいる。

 このことが犯罪めいたことなのか、それとも怪奇なことなのか有田には判断がつかない。

 母娘が消えた後、閉め切られているはずの隣室のドアが開かれていることがあった。

 LEDライトなんて設置されていないというのに、あまりにも明るい光が無人の部屋を照らし出していた。

 そんな日は、隣室から様々な音が聞こえてきた。

 意味不明の話し声だったり、笑い声、すすり泣き、朝まで続く足音。

 生活に疲れた時、どうしてか開け放たれた部屋の先には救いがあるような気がして、吸い込まれそうになったことがある。

 有田が敷居を跨ぐことはなかった。

 その誘惑は、パチンコ店に吸い寄せられる時の気持ちとまるで同じもので、今度行ったらもう死ぬしかないと、知っていたからだ。

 幸せ全てをパチンコとパチスロで溶かした有田は、それが死ぬしかないのに引き寄せられる光だと知っている。


「でも、行きたなるよ。ロクなこと無いって分かってんのに、行きたなるねんなぁ」


 件のアパートは取り壊されて、今はもう無い。

 母娘が何をしていたのか、それもまた有田の記憶に残るのみである。


 有田の言ったその一言は筆者にも感慨深いものであった。

 通勤電車を待つ時は、仕事の予定を考える。けれど、列車の到着を知らせるブザーと共に飛び込みたくなるような、魔がさすというものだ。





 この話を聞いた折に、筆者はとある怪談本に記載のあるよく似た話を有田氏に話した。どことなく共通点があるように思えたからだ。

 著者と本のタイトルは忘れてしまったが、あらましを書くとことのようなものだ。


 ホテルか旅館だかの廃墟に肝試しに出かけ、受付らしき部屋に入ると壁に女性事務員の制服が人の形になるようにピン止めされている。それも壁一面にだ。

 なんとも不気味だ。

 廃墟を出ようとしたら、同じ顔をした事務員の女たちその部屋から現れて「ようこそお出で下さいました」のような挨拶をする。

 逃げ惑う体験者の背後からは嘲笑めいた女たちの笑い声が響いていた。

 同じ顔の女たちは、皆の存在感が薄っぺらく異常であったという。


 こんな話なのだが、ラストで誰かが呪術実験をしているのでないか。と記載されている。

 有田氏は共通項が見つからず首をかしげていたが、筆者はこの話が似ている気がする。



 廃墟の壁に貼り付けられていた事務員の制服は、女性用である。

 廃墟でそのようなことをする輩はわりといるのだが、性的な衝動で行われているものであって呪術的なものではない。

 同じく、前述した樹海の呪いもそうだが、母娘のした何がしかの儀式も感情の発露である。呪術めいているだけで、現実に力を及ぼすものではない。

 それでも、何かが育つことがある。

 育つというのも間違いなのかもしれないが、それは腐ったものに蛆が湧くような、それと似たことではないだろうか。


 空間を腐らせることで、何か得体の知れないものを湧かせるのが呪術でないかと、そのように思い至った次第である。


創作です

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