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海老怪談  作者: 海老
33/45

ひいいいいいい2 

趣旨より外れます

ひいいいいいいいいいいいいいい



 悲鳴というものを聞いたことがある人は意外に少ない。

 筆者の知る限り、悲鳴というのは命の危険が迫った時に出る声だ。

 昔、倉庫作業のバイトをした時に荷崩れが起きて死にそうになった時に、人の悲鳴を初めて聞いた。

 それはもう、笑ってしまうほどに命のこもった声だった。

 筆者の聞いた「ひいいいいいいい」という声に生命は欠片も感じなかった。

 ただ決められたことを繰り返しているような、不気味な平坦さが耳に残っている。

 以下、かなりの部分を脚色しているが、筆者の身に起きた不可解な悲鳴についての顛末を記載する。

 前回の話について取材した後のことである。




 嫌な体調の崩し方をした。

 高熱が出て嘔吐を繰り返す。

 嫌な夢を見た気がするが覚えていない。

 部屋に気配が残るが、それは妄想だと思われる。

 筆者の勤務する会社近くの定食屋にて蕎麦を食べている時に、隣の客のスマートフォンより悲鳴が上がる。

 どうやら筆者にだけ悲鳴に聞こえているらしく、一緒に昼食を食べていた同僚には普通の着信音として聞こえていた。

 部屋に帰ると飾ってある人形の周りに置いてあった観葉植物が枯れている。

 全て偶然だ。


 熱は二日ほど続いたが、三日目に恢復する。

 部屋の天井付近にある鳩小屋と呼ばれる換気口より悲鳴が細く聞こえてビビる。

 部屋に子供のものらしき歯と爪が落ちていた。


 四日間ほどそういった地味な怪奇に悩まされる。

 筆者はお化けを信じているが、物理的な干渉については否定的だ。

 休日に実家まで出かけて、押入にしまいこんでいた蒐集品を取りに戻る。

 怪談の蒐集を始めて七年ほど経つが、取材の折に仕方なく預かった物品がある。

 人形はだいたい神社に供養をお願いしているが、よく分からないもので処分に困るものは実家の押入と物置に置いてある。


 土産物のガルーダ像。

 こっくりさんの用紙。

 ストーカーから贈られたマフラー。

 不明な人物から郵送されてきた臍の尾。

 半分ほど溶けた美少女フィギュア。


 全て取材の折に押し付けられたものだ。

 それらを持ち帰る。

 筆者は幽霊や死後の世界を信じているが、それらの持つ力の万能性は信じられない。

 悲鳴を上げるものが化け物だというのなら、これらの品々は対抗する手段になるのではないかと考えたのだ。

 馬鹿なことをしている気はする。



 部屋に戻り、以前に『人形鬼』で紹介した頂きものであるドールとお茶をする。

 孤独な人間は人形を友とすることがあるが、筆者はこのドールに愛着が出てしまっていて、最近は気に入りつつある。

「お化け、おるんかなあ?」

 と、尋ねてみるものの人形は口を利かない。

 新たな仲間たちはダンボール箱に入れてある。

 筆者にはガラクタにしか見えないのだが、推しつけてきた人たちは皆、こんなゴミを恐れていた。

 とある霊能者の方にお話しを伺った時、お化けが最も嫌うタイプなのでまずもって安全ですと太鼓判を押してもらっている。

 危険を感じる時は本当に危ない時なので、怪談はやめなさいとも言われた。

 ガラクタを持ち帰ってから、悲鳴は聞こえなくなった。


 それから一週間ほどして、性器に妙な腫物ができた。

 ここ何年か妙な遊びはしていないため、性病の可能性は薄い。

 休みをとって性病科の診察を受けると、血液などには反応無し。性病ではないらしい。

 念の為にとある団体の行っているエイズ検査を受けて、即日で検査結果を受け取った。結果は問題無し。

 抗生物質と塗り薬をもらうが、激痛で歩くのが辛い。

 部屋に戻るとガルーダ像の首が折れている。

 どことなくドールの機嫌も悪そうに見える。

 風呂の排水溝から声がするので、筆者は精神的にも限界を感じた。

 気分転換に吐き気を催す怪談でも読もうとしたところ、携帯電話の画面にラインの着信を見つける。


 カナコさんからメッセージが届いていた。

 熱が出た時にカナコさんに相談のメッセージを送信していたことを、今の今まで忘れていた。

 未読メッセージが重なっている。

 言葉で伝える自信が無く、通話を起動させた。

 幸いにしてすぐに繋がった。

「もしもし」

『ああ、大変でしたね』

「ええと、その、こっちから相談してたのにスルーしててすみません。申し訳ないです」

『よくあることですから。酷いことになってますよ』

 筆者はどうしてか笑ってしまった。

 こんなバカバカしいことになってもまだ、幽霊の存在を信じ切ることができない。

『今から言うことをしてもらえますか』


 実家から持ってきたものは全て部屋に置いていく。


 ドールについては車に積み込んで、今から指定する神社へ向かうこと。その間、眠ってはいけない。


 ドールは助手席にのせて人間の様に扱うこと。


 脂っこいものを食べること。肉が望ましい。



 言われるままに車に乗り込んでまずはファミレスへ向かう。

 脂ぎったミックスグリルを食べる。

 腹が膨れると人心地ついた。

 指定された神社は京都の観光地から少し離れた場所である。カーナビも無事に動作するので、一時間とかからずに着いた。

 お詣りを済ませて、手と口を清める。

 カナコさんから指定された神社は五つ。順番の通りに訪れてお詣りを済ませる。

 最後の神社から立ち去ろうとした時、カナコさんからメッセージが入った。

『トイレにいって下さい。必ず』

 よく分からないことだが、筆者は言われるままにトイレに入る。

 すると腹が痛くなり個室に駆け込むはめになった。

 糞を出せば腹の痛みは治まるのだが、今度は吐き気に襲われる。

 ゲロを便器にぶちまけるハメになった。

 ミックスグリルだったものの残骸と共に、食べた覚えの無いものが出てくる。

 煙草の吸殻、雑草めいた草、爪と歯らしきもの。

 驚きながらもゲロは止まらない。

 最後に一際大きなものを吐き出す。顎が外れるかと思った。

「なんや、これ」

 自分の吐いたものが信じられない。

 サイズは小さいが、人の頭のようなものがある。バランスの悪い胴体と手足。

 ゲロの海で、それはひくひくと動いていて、産まれたての猫のような目でこちらを見た。

 トイレの水を流して、目が合う前にそれを流しやった。



 顔を洗って外に出れば、夕暮れの景色がいやにさわやかに見えた。

 携帯電話に着信。

「もしもし」

『大丈夫そうですね』

「はい。なんですのん、アレ」

『んー、なんていうか、海老さんから産まれそうになってたんで、逆回しにしてあの世に流したみたいな感じです』

 ああ、なるほど。

 混乱した頭でも理屈は分からないでもない。

その理屈は狂っているが、なんとなく分かる。

「あのう、家に帰ってもええんですかね」

『問題ないですよ。お家にあるものも、ゴミに出してもらって大丈夫です。アレの栄養になって、ただのゴミになってますから』

「あれ、なんだったんですか」

『さあ? 妖怪とかそういうもんじゃないんですか。ただのお化けですよ。海老さんのほうが詳しいんじゃないですか』

「ははははは、どれだけ調べても何も分かりません」

 カナコさんも笑ってくれた。

 帰りはドールとドライブをして帰った。



 カナコさんの指示でお詣りをした神社の祭神は、全て死と安産に関わるものである。

 詳細は神社へのご迷惑を避けるために伏す。



 筆者としてはこれを怪奇現象とは認めにくい。

 吐いたものを保存しておけば詳細は調べられたものの、流してしまったので分からない。

 精神的に追い詰められた妄想からの見間違いである可能性が高く、厳密には怪談ですら無い。

 カナコさんのしてくれたことは、オカルト的妄想で心を病んだ筆者のために、オカルト的な理屈で納得させてくれたということだと思う。

 性器の出来物は原因不明だが現在は快癒している。偶然の産物であろう。


 前話の橋本氏に連絡をとってみたが音信不通である。

 これを見ていたら連絡を頂きたい。


 また、この話についての質問やカナコ女史への取次などは一切受付を致しません。

 カナコ女史への取材や怪談蒐集についての条件が上記となります。

 また、カナコという名前は仮名です。

 読者の皆様におきましてはご了承頂けますようお願い申し上げます。


怪奇現象についての相談などは一切受け付けておりません。

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