エロ動画(エロ要素ありです)
アダルトビデオ制作にまつわる話です。
成人向けという内容ではありませんが、苦手な方は飛ばして下さい。
創作です。
奇怪なことに出会う人というのを羨ましく思うことがある。
筆者は確実にそれだ、と断言できるものに出会ったことがない。全て見間違いと化学的なことで説明がつく。
例えば、フォークリフトでもないと動かせないものが浮き上がれば、それは奇跡のようなものだろう。だが、生憎とそんなものは見たことが無い。
ネット上にもよくあるが、心霊現象を捉えた動画というものがある。
筆者の知人が撮影した動画にまつわる話である。
◆
大成できなかった芸術家というのは、そこから離れるか半端仕事にありつくしかない。
田端もその一人だ。
写真家の夢破れ、今はエロ雑誌のカメラマン、と言いたいところだがその仕事も失った。些細な人間関係のこじれからである。
手にあるのは、撮影機材とツテだ。
独立して行ったのは、所謂アダルトビテオの監督兼カメラマン兼男優である。
彼はマニアというものの真理を知り尽くしていた。
田端の撮影するのは所謂ところのハメ撮りである。
男優が女優とセックスしながら撮影までするというものだ。趣味と実益を兼ねたもの、のように見えるが、実際は商業作品だ。
リアルに見せるための演出と地道な編集作業。これが売れる秘訣だ。とは田端の談である。知人の尻を見るのはなんもいえず気まずい。
彼が狙ったのはロリものである。
とはいえ、子供を女優にはできないし、彼は別にそれが好みではない。
ネットとプロダクションで幾人もの女優志望者と出会い、これだ、という女優を見つけた。
免許書から何から全て確認して、成人であると確認した女性だ。
子供のように見えないでもない女、である。
その女はアンと名乗った。
「アンはね、お金も欲しいし自己表現もしたいの」
というのが口癖の頭の悪い女だった。
「本名はクラシカルな名前だったよ」
田端は疲れた顔でそう言っていた。
最初の撮影は、ビッチな○学生との個人記録、としてダウンロード販売のみでのスタートだった。
なかなかに売れた。
会社勤めのころからは考えられない金額になったのだ。
「アンはね、可愛いお洋服がいいな」
と、撮影の時にアンがねだるので、リアルさのかけらもないデザインの衣装を用意したのだが、それが予想外にウケた。
苦労の甲斐があったというものだ。
何日もの編集作業。やり方は知っているが、あまり触れてこなかった分野に挑戦するのは骨が折れた。
特に男優としてカメラを握っているせいで、なかなか自分の思うような絵にならない。
怪異はあった。
「いや、俺も何回かそういうのはあったから、気にしなかったんだよ」
田端は幽霊を何度か撮ったことがある。
筆者など撮ってしまったら大騒ぎだが、田端はそういうものに興味が無い。自分が撮ってしまった時も、編集マンに「消しといて」と素っ気なく言うだけだった。つまり、彼は今までそれを邪魔なミスショットとしか捉えていなかったのだ。
慣れない編集作業の中で、それを消すのは非常に手間だ。
アンの手が一本増えていたり、いるはずのないところに女の顔があったり、田端は「邪魔だなあ」と思いながら編集ソフトを操作していた。
消しても消しても、それは細かな所にある。
生来の芸術家気質と完璧主義的な偏執をもって、全てを修正した。
◆
二本目もアンと撮った。
さらに関係の深まった個人記録という設定の続編だ。
田端は露骨にリアルさを狙いすぎた前作からの反省として、リアルさよりも見易さを優先しての作成だった。
これも、なかなか売れた。
同じように編集には骨が折れる。
「アンはね、このお仕事けっこう好きだよ。タバちゃんも好き」
「もっと売れるといいなあ」
アンが事務所にいつき、甘えるようになってきた。
最初はある程度まで許していたが、編集機材に触れようとするので追い出した。仕事とプライベートは分ける主義だ。
◆
三作目は路線を変えて、別の女優を使った。
これも「今時テレクラで捕まえた珍しいお嬢様風JK」というタイトルで、田端の次の試みはエロ漫画的なものをどこまでリアルに実写に落としこめるか、であった。
これも売れた。
手元に入る金を考えても、独立は成功だったと確信した。
編集作業は邪魔なものを消さなくていいため、苦にはならなかった。
◆
同業者から、アンを女優として一本撮りたいというオファーがあった。
アン自体はどこのプロダクションにも所属せず、ネットに出した広告でやってきた女優志願である。
この業界の慣例として、発掘したスカウトに金は折半で入る。
さらに懐は温まる予定だった。
同業者の監督から、連絡があった。
夜半ではあったが、至急会いたいとのことだ。
待ち合わせのファミレスに行くと、疲れ切った顔の監督が待っていた。
奥まった席である。
「田端さん、見てくれませんか」
「はい?」
監督は、ノートパソコンを開いて動画を再生させた。
音声は切ってあるが、編集前のアダルトビデオのデータだ。アンと男優が絡み合っている。
アンは真っ赤なマイクロビキニで薄い体を縛っていて、「ああ、こういう手もあるか」と田端は監督の腕に感心した。エロ漫画的な構図を再現するというのは、常識の壁が邪魔をするものだ。
「なるほど、いいですね。これ、売れますよ」
「そんなんじゃないですよ、後ろです。うしろ」
いつもの邪魔が入っている。
マイクロビキニで何か喋っているアンの後ろに、邪魔なものが映りこんでいる。
大きな顔だ。
白い輪郭に髪の毛。小さな目と口。ひどく不気味な顔だ。表情は虚ろすぎて分からない。
「編集ソフトで消すの大変でしょう」
「こんなの、どうにもできませんよ」
「どうにもこうにも、消したらいいじゃないですか」
「これ、お化けじゃないですか」
監督の声は悲鳴じみていた。
「あ、確かに、お化けですよねぇ……」
言葉に出した瞬間、田端は怖くなった。
動画の中にいるそれは、こちらを見ているように見える。レンズを覗き込んでいるのか、それともパソコンの画面からこちらを窺っているのか。
今まで、どうしてなんとも思わなかったのだろう。
「半金は払いますから、この仕事はなかったことにして下さい。今データも消しますんで、確認して下さいよ。マスターの入ったデータカードも置いていきますから」
監督は田端の言葉には耳を貸さず、伝票を取ると足早に店を出た。
一人残された田端は、心細い。
今まで、どうしてアレが平気だったのか。
アレはずっと、こちらに何かを主張していたのではないか。
帰り道は、何かがいると思えて、恐ろしくてたまらなかった。
事務所兼自宅へ逃げ帰り、息をつく。
部屋に入れば後ろ姿のアンがいた。
「え、なんでいるの」
鍵は渡していない。
ゆっくりとアンがこっちを向いた。
◆
「顔は、×××が××××になってて……」
と田端は詳細に教えてくれた。
ひどく恐ろしい造形であるのは確かだ。
気が付くと翌日になっていた。
あれから気を失っていたらしい。
なぜか、部屋中の鏡に亀裂が入っていて、タブレットやスマホのバッテリーが壊れていた。編集機材が無事だったことだけが救いである。
アンには「この仕事はやめる」と伝えた。
アンは、あの日逃げ出した監督の撮っていたビデオの男優に付きまとっているらしく、「あっそう。またね」と短い返事を寄越してそれっきりだ。
携帯を修理に出して、戻ってきて確かめていると、撮った覚えの無い動画ファイルがあった。
再生すると、日付はあの日である。
何かボタンを押してしまったのだろうか。何の気なしに見ると、それはどこかの日本家屋の天井である。
なんだろうと見ていると、よく聞き取れないが誰かが談笑しているような声も入っている。
その天井の天井板がズレて、黒々としたものが映る。
動画を止めて、削除した。
見なくてよかったと、本能的にそう思った。
◆
「これでおわり。もう、カメラは触りたくないな」
と、田端は言って力無く笑った。
その後、何かあったかと尋ねれば、唇を釣り上げるような笑みを浮かべて、こう言った。
「なんにもないよ。ただ、気が付かないように、見ないようにしてる。海老くんも、気づいたら大変だよ」
気づくも何も、見間違いの可能性があるものは見間違いに分類するしかない。怖がれば、なんでも怖く見えてしまう。
田端と別れて、時間の残酷さを思い知る。
十数年前、筆者たちは夢だけはある若者だった。
今は現実に打ちのめされるオッサンである。
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カナコ女史にこの話をした時に、その怪異の容貌は詳細に書いてはいけないとアドバイスをもらったので、あえて伏せていることを明記しておく。
件のアンという名前は仮名である。今も女優として活動している。
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