呪詛
創作
呪詛というものがある。
人を憎むだけで良い。
真澄さんから伺った話である。
特定ができないように様々なことを変えていることを先に明言しておく。
◆
サラリーマンの両親と息子、認知症の祖母。
そんな家庭だったという。
認知症の祖母の奇行は進行とは裏腹にただ一つだけだった。
落書きをするのだ。ペンを奪えば、汚物で、それもできなくすれば指を噛み切って血で描く。
ひどい癖字で意味の分からないことを書く。
「頭のおかしい人が書くような内容です」
と、真澄さんは言った。
筆者の昔住んでいたマンションの近くにもそう言った人がいて、植木鉢の枠に細かく妄想を書いていた。読んでいると視線を感じて、書いた人に見つめられて冷や汗をかいたことがある。
どうやら祖母は何かをつよく憎んでいるようだが、それが何か判然としない。
『光光光があるからこのお力で仏焼する』
『入ってはしまえば逃さず光で焼く』
『×××菩薩』
などと部屋中に書きなぐっていた。
どうやらそれは、祖母の世界観では、憎い何かに対する威嚇であるらしい。
そんな祖母も、昨年に日心不全で亡くなった。
それから引きこもりの息子が夜中に外に出るようになった。家の中からだが、少しずつ部屋の外に出る訓練をしているようだった。
部屋にとじこもりきりだったのが、「ここだよ」「ありがとう」などの小さな返事はするようになった。
祖母が悪いものを追い払ってくれたのだ、と両親は思っていた。
引きこもりだった息子は、少しずつよくなっている。
真澄さんがカナコさんと知り合ったのは、バイト先でのことだ。
カナコさんは真澄さんが家に帰りたがらないことの本質を、語らずとも理解していたようだった。
共に家に行くことになった。
家に着くまでに、車がエンストを起こしたり、道に迷ったりしたが、カナコさんからすると「予定通りだから問題ないよ」という程度のことらしい。
家は荒れ放題で、ゴミ屋敷一歩手前だった。
新聞紙で目張りされた玄関のドアを開けると、異様な臭気が飛び出した。
家の中には無数の蠅がいた。
「大丈夫、これはただの虫だから」
家の二階へ続く階段には放置された生ゴミが積もっている。見れば、食事を階段に置いてそのままにしているようだった。
カナコさんは土足のまま家に上がり、靴を脱ごうとした真澄さんに「脱いだら家に入ることになる」と言って戒めた。
蠅だらけの家から、両親がやってくる。
「だれですか、あなたたち」
両親がそれ以上何か言う前にカナコさんは、二階へ上がった。
真澄さんもそれに続いて、二階の、元は真澄さんの部屋だった場所へ行く。
カナコさんが何か大声を出したのは分かった。しかし、何を言っているのかさっぱり聞き取れない。その内、ブーンという耳鳴りが聞こえて、あまりの大きさにうずくまってしまった。
さっ、と何かが走った。
「あ」
と、真澄さんは声を出した。
赤ん坊のようなものが四つん這いでカナコさんの周りをグルグル回っていたが、すぅっと空気に溶けるようにして消えた。
「跳ね返したから、もう大丈夫」
カナコさんは両親に何事か囁くと、両親は家の惨状に、そして、真澄さんに今気づいたといった様子で慌て始めた。
一度家を出て、掃除には業者を入れることになった。
清掃の最中、見覚えの無い仏像が出てきたので、それは叩き壊したということだ。
◆
長男の真澄さんは、高校卒業と共に家を飛び出している。
引きこもりの息子などというものはいない。
「いや、マジでカナコさんはスゲーよ。ヤベーわ」
と、真澄さんは筆者に興奮気味に教えてくれた。
嫌な話だな、と思う。
「真澄さん、何か原因みたいなものあるんですか」
「んー、ああ、心当たりはあるけど」
真澄さんが家を出る直前のことだ。
付き合っていた女性が妊娠をしていたそうだが、真澄さんは全て無視して家を出た。真澄さんの御両親も、その女性の話に耳を傾けることなく関係ないと突っぱねた。
カナコさん曰く、祖母は呪詛から身を守るために、良くないモノから力を借りたのだそうだ。そのため、祖母が亡くなるまでは、家もゴミ屋敷のようにはならなかったということだ。
「呪いが進んでたら、どうなってたんですか」
「なんや、大変なことになってたらしいよ」
真澄さんはあっけらかんとして言った。
色々と思うところはあったので、後日、カナコさんと会った時に伺ったが、聞くべきではないと思う内容だったので、詳細は伏す。
呪詛、その代償は大きい。
真澄さんの家に呪詛をかけた者が今どうなっているかは、カナコさんにも分からないのだそうだ。
カナコシリーズ




