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海老怪談  作者: 海老
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夜会

そうさくです

 清水氏に聞いた話。

 出張で日本全国を転々としている技術屋の清水氏は、時間ができれば宿の周りで美味いものを喰うのを愉しみにしている。

 季節は秋口のことだった。

 日本でも名の知れた繁華街での出来事である。



 ふらりと立ち寄った居酒屋で、隣り合った男たちと意気投合した。

 飲み屋を周っているとよくあると言えばよくある出来事である。

 清水氏と同年代の五十歳かそこらの男たちである。皆、逞しい体をしているが日には焼けていない。一目で工場勤務と分かる男たちであった。

「みんなでこれからちっちゃい祭りにいくんだけど、あんたも来るかい?」

 と、リーダー格の背の高い男に言われて、まだ眠るには早い時間だったこともあり清水氏は快諾した。

 男たちと共に、知らない繁華街の路地をいくつか通り抜けて、少しずつメインストリートから離れていく。

 ビルの隙間の路地を行くと、解体されたばかりと思しきビルの隙間に出来た空地に出た。

「ああ、これは凄い」

「夜会っていうこの辺りの名物だよ」

 小さな祭りだった。

 薄ぼんやりとしたオレンジ色の灯りが幾つか吊られていて、屋台のようなものが出ている。薄暗いが、焼きそばや大阪焼きが出ているのが分かった。子供はいないようで、そこかしこにある長椅子で大人たちが酒を飲んでいる。

 男たちと共に、うなぎの蒲焼を出す屋台に並ぶ。

 この夜会で食べた以上の鰻は、今までお目にかかったことがない。

 様々なものを食べて、夜も遅くなった。

 男たちは清水氏を連れて、祭りのシメに行くという。

 子供の時の夏祭りのように楽しい気分になった清水氏はついていった。連れて行かれたのは、古くは赤線と呼ばれていた遊郭の一帯である。所謂チョンの間とか料亭と呼ばれる風俗なのだが、この土地にそんなものがあるのは知らなかった。

 五千円を払って、暗い部屋で女を抱いた。

 女の匂いがしたので、女は女のはずだ。

 あれは本当に人間だったのか。荒い息と、何か丸いもの、スポーツジムのバランスボールのような感触を覚えている。

 六畳ほどの日本間に、切れかかったオレンジ色の電球がつり下がっていたことだけは鮮明に覚えている。

 決してぽっちゃりしていて、などというものではない。人間の形をしていなかった。

 まん丸くすべすべした獣にもみくちゃにされるような交わりであったそうだ。

 その後、ホテルに帰って風呂に入り寝た。

 この話がどうにも奇妙なことだと気づいたのは、親戚の葬儀の後だという。



「あれから調べてみたんやけど、あの土地でそんな祭りなんて無いらしいねんな」

 と清水氏は言った。

 奇妙な異界へ行っていたのか。それとも、地元民だけの知る何かなのか。

 真相は分からない。

 その出張先へはプライベートで二度、仕事では三度、最初の一度を合わせて合計六回行き来しているが、あの日の痕跡はどこにも見当たらないという。

「あの女、なんだったのかなあ。また行きたいんだよなあ」

 と、清水氏は邪気の無い顔で言った。



 ひどく、不気味な話であるように思えるので、その土地についてはイニシャルも記載しないことにした。

 その街に遊郭が存在していたのは、戦後まもなくまでのことである。


創作です

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