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第五章 最後の決戦

「ケアドの村って、こんなところだったんだね」


 初冬の冷たい風が頬を撫でる中、私たちは丘の上から小さな村を見下ろしていた。

 しかし、そこには人の気配がなく、廃墟と化した家々が並んでいるだけだった。


「……これは」


 ケアドの表情が凍りついた。

 彼にとっても予想外の光景だったのだろう。

 荒れ果てた村。壊された家々。

 生活の痕跡はあるものの、人は誰もいない。


「どうしたの?」


「信じられない...俺が旅に出た時は、まだ村は無事だった。メミナも含めて、皆が暮らしていたはずだ」


 ケアドの声に震えが混じる。

 彼の故郷は、無人の廃村と化していた。


「メミナは……」


 彼の目に不安が浮かぶ。

 旅立つ前は、妹に呪いを解く方法を探して必ず戻ると約束したのに。


 私たちは慎重に村へと足を踏み入れた。

 木の扉は壊され、窓ガラスは砕かれている。

 しかし、それは単なる自然崩壊ではなく、何者かによる意図的な破壊の跡だった。


「誰かが襲ったのね……」


 ソニルがつぶやいた。


「メズテーリの仕業かもしれない」


 私の言葉に、ケアドは顔をしかめた。


「妹が……彼女の力がばれたのか?」


 彼は急いで村の中心部へと向かった。

 私たちも彼に続く。


 中央広場に着くと、そこには何かが書かれた看板が立っていた。


「これは……」


 看板には、「反逆者への警告」と大きく書かれ、その下には「カルホハン帝国に背くものは、このような末路を辿る」という文字。

 そして日付——わずか二週間前のものだった。


「やはりメズテーリが……」


 ケアドは膝をつき、地面を拳で打った。


「俺が留守の間に……クソッ!」


 彼の怒りと悲しみが痛いほど伝わってくる。

 しかし、今はそれに浸っている場合ではない。


「ケアド、村の人たちは捕らえられただけかもしれない。妹さんもね」


「そうよ。看板を見て。これは残された人への警告よ。つまり、生き残った人たちがいるってこと」


 ソニルの言葉に、ケアドは顔を上げた。

 彼の目に希望の光が戻る。


「そうだな。メミナを見つけなければ」


 彼は立ち上がり、村を探索し始めた。

 一軒ずつ、丁寧に家を調べていく。


「ここが俺の家だ」


 小さな木造の家に着くと、ケアドは躊躇いなく中に入った。

 中は荒らされていたが、いくつかの家具はまだ残っていた。


「メミナの部屋は……」


 彼が奥の部屋へと向かうと、そこには女の子の部屋の名残があった。

 ピンク色の壁紙、小さな人形たち。

 しかし、埃がかぶり、物が散乱している。


「何か手がかりはある?」


 私が尋ねると、ケアドは床に落ちていた小さな日記を拾い上げた。


「これは……メミナの」


 彼は震える手でページをめくった。


「最後の記述は三週間前。『お兵隊さんたちが村に来た。お兄ちゃんがいたらいいのに。怖い』」


「ケアド……」


「その後に続きがある。『彼らは私を連れて行くという。特別な力があるからだって。でも、私は行きたくない』」


 ケアドは日記を閉じ、握りしめた。


「絶対に助け出してみせる」


 彼の決意に、私たちも頷いた。


「でも、どこに連れて行かれたのかしら」


「おそらく、あの山の城塞だろう。メズテーリのもとへ」


「そこに戻るの?」


「ああ。しかし、今度は準備をしてからだ」


 私たちは一時的に村を拠点とし、作戦を練ることにした。

 廃村ではあるが、隠れ家としては最適だった。


 夜、小さな火を囲んで座りながら、私たちは情報を整理した。


「メズテーリは四大元素の力を持つ兵士を作ろうとしている」


「そのために実験をしているのね。だから妹さんも……」


「メミナの右手には水の元素がある。彼女は実験台にされたが、力をコントロールできずに逃げ出した」


 ケアドの説明を聞きながら、私は考え込んだ。


「四大元素……火、水、風、そして——」


「土ね」


 ソニルが補足した。

 彼女の右手には風の元素。私の右手には火の元素。メミナの右手には水の元素。


「土の元素を持つ者も、どこかにいるかもしれない」


「もしかしたら、メズテーリ自身が?」


 その可能性は十分にあった。

 彼女も実験を受けたのかもしれない。


「私たちは三人。元素の力を持つ二人と、ケアド」


「足りない」


 ケアドが率直に言った。


「城塞を攻めるには、もっと仲間が必要だ」


「でも、誰を頼れば……」


 考え込んでいると、突然、外から物音がした。

 私たちは即座に身構えた。


「誰かいるわ」


 ソニルが小声で言った。


 私たちは静かに外に出て、音の方向を探った。

 月明かりの下、一人の少女が木陰から覗いているのが見えた。


「誰?」


 私が声をかけると、少女は驚いて逃げ出そうとした。


「待って! 敵じゃないわ!」


 少女は足を止め、恐る恐る振り返った。

 十三、四歳くらいだろうか。

 痩せた体に、汚れた服。村の生き残りかもしれない。


「あなたは……この村の人?」


 彼女はゆっくりと頷いた。


「クラノンです」


「一人で?」


「はい。兵隊さんたちが来た時、森に隠れていました」


 彼女の説明によると、二週間前、カルホハン帝国を名乗る軍隊が村を襲ったという。

 彼らは「特別な力を持つ者」を探しており、メミナを含むいくつかの子供たちを連れ去った。

 残りの村人たちは、帝国への忠誠を誓うか、抵抗するかの選択を迫られ、多くが連行されたそうだ。


「あなた一人が逃げ延びたの?」


「いいえ、数人の大人たちも森に隠れています。でも、みんな怖がっていて……」


「連れて行ってくれる?」


 彼女は少し迷った後、頷いた。


 クラノンの案内で、私たちは森の奥深くへと向かった。

 そこには小さなキャンプがあり、十人ほどの村人たちが身を寄せ合っていた。


「あれ、ケアド?」


 一人の年配の男性が驚いた声で呼びかけた。


「ヨハンおじさん!」


 ケアドは駆け寄り、男性と抱擁を交わした。

 旧知の間柄らしい。


「無事だったんだな。メミナは……」


「連れて行かれた。でも、必ず取り戻す」


 村人たちはケアドの帰還を喜び、私たちを温かく迎え入れてくれた。

 彼らからも、カルホハン帝国の軍隊についての情報を得ることができた。


「彼らは山の城塞を拠点にしている。そこで新たな兵士を作っているという噂だ」


「力のある者たちを集めているんですね」


「そうだ。特に、子供たちを。若いほど実験が成功しやすいと言っていた」


 聞けば聞くほど、胸が痛む。

 かつての私のような犠牲者を、メズテーリはこれからも生み出そうとしている。


「止めなければ」


「でも、どうやって? 彼らには兵士がたくさんいる」


 村人たちは不安そうだった。


「私たちだけでは足りない」


 ケアドのつぶやきに、ヨハンが重い口を開いた。


「実は……レジスタンスがいる」


「レジスタンス?」


「ああ。カルホハン帝国が滅んだ後も、残党を警戒していた者たちだ。彼らなら協力してくれるかもしれん」


 新たな希望の光。

 私たちはレジスタンスとの接触を試みることにした。


 ***


 レジスタンスの拠点は、山の反対側にある隠された洞窟だった。

 彼らは厳重な警戒態勢を敷いており、私たちが近づくと即座に武器を向けられた。


「何者だ?」


「カルホハン帝国の再興を阻止したいと思う者たちです」


 私が答えると、リーダーらしき男性が前に出てきた。


「カルホハン帝国の第一皇女が、帝国を阻止する? 笑わせるな」


 彼は私を知っていた。

 驚きで言葉に詰まる。


「あなたは……」


「レジスタンスのカイル。かつてカルホハン帝国で捕らえられ、実験台にされかけた男だ」


 そう言いながら、彼は左腕をめくった。

 そこには実験の跡とおぼしき傷跡があった。


「私は帝国の被害者です。皇女だったかもしれませんが、私もまた実験の犠牲になりました」


 私も右手の手袋を外し、火の紋様を見せた。


「火の元素……」


「今、メズテーリが帝国を再興しようとしています。彼女は新たな犠牲者を生み出そうとしている。私はそれを止めたいのです」


 カイルは私の目をじっと見つめた後、頷いた。


「信じよう。だが、裏切れば容赦しない」


「ご心配なく」


 私たちはレジスタンスのキャンプに招かれ、情報を共有した。

 彼らも城塞のことを知っており、メズテーリの軍隊の動きを監視していた。


「彼女は二日後、大きな儀式を行うらしい。四大元素の力を持つ兵士の初披露だ」


「そのタイミングが攻め時ね」


「しかし、城塞は堅固だ。正面から攻めるのは自殺行為」


「裏口はないのか?」


「ある。排水路を通じて中に入ることができる。しかし、人数は限られる」


 作戦が立ち上がった。

 私、ケアド、ソニルの三人が排水路から潜入し、内部からゲートを開ける。

 それに合わせて、レジスタンスが外から攻撃を仕掛ける。

 混乱の中、メミナを救出し、メズテーリを倒す。


「準備はできてるわ」


 儀式の前日、私たちは最後の準備を整えていた。

 レジスタンスから提供された武器や装備を身につけ、作戦を確認する。


「メミナを見つけたら、すぐに脱出路に向かう。メズテーリと対峙するのは私だけ」


「一人では危険だ」


 ケアドの心配に、私は微笑みかけた。


「彼女は私の妹。私が対処すべき相手よ」


 それ以上、彼は反対しなかった。

 彼にも自分の役目がある。妹を救うこと。


 夜が更けていく中、私は一人、星空を見上げていた。


「眠れないの?」


 背後からソニルの声がした。


「ええ、少し」


「私も」


 彼女が隣に座った。


「明日が終われば、私たちはどうなるのかな」


「どうって?」


「呪いを解く方法がなかったら、私たちはずっとこの力と共に生きていくの?」


 重い質問。

 私もずっと考えていたことだ。


「たとえ呪いが解けなくても、私たちはもう一人じゃない。この力の使い方を学び、人々を守るために使えばいい」


「そうね……」


 ソニルは右手を見つめた。

 風の紋様が淡く光っている。


「私、決めたの。この力で、これからは人を救っていくって。今までの罪を償うために」


「素敵な決意ね」


「アリア姫は?」


「私も……この力で守るべきものを守りたい。そして、カルホハン帝国のような残虐な支配が二度と起こらないようにしたい」


 星空の下、私たちは明日への決意を新たにした。


 ***


「行くぞ」


 カイルの合図で、私たちは排水路へと向かった。

 冷たい水が足首まであり、進むのが難しい。

 しかし、確実に城塞の内部へと近づいていた。


「ここを右に」


 ケアドが先頭に立ち、地図を確認しながら進む。

 暗闇の中、私の右手から小さな炎を灯して照らした。


「気をつけて。ここから先は見張りがいるかもしれない」


 排水路の出口に近づくと、確かに人の気配がした。

 ケアドが静かに前に出て、状況を確認する。


「二人の兵士。交代までに五分ある」


 私とソニルは顔を見合わせた。

 無音で倒す必要がある。


「私が風で気を逸らせる。ケアドが一人、アリア姫がもう一人」


 素早く作戦を実行。

 ソニルの風が小さな音を立て、兵士の注意を引いた。

 その隙に、ケアドと私が後ろから近づき、兵士たちを気絶させる。


「よし、行こう」


 私たちは城塞の中へと潜入した。

 内部は予想以上に活気があり、兵士たちが忙しく行き来している。

 儀式の準備だろう。


「メミナはどこにいるのかしら」


「おそらく実験室か、地下牢だ」


「分かれましょう。ケアドとソニルは地下牢へ。私は儀式場を探す」


「危険だぞ」


「大丈夫。もし見つかっても、目立つ行動はしない」


 渋々ながらも、ケアドは同意した。

 私たちは別れ際に手を取り合い、無言の応援を交わした。


 私は城塞の上層へ向かった。

 かつて訪れたことのある場所だけに、構造はある程度把握している。

 大広間が儀式場になっているはずだ。


 兵士たちの目を避けながら、慎重に進む。

 時折、装飾用の壁掛けや柱の陰に隠れながら。


 大広間の前に来ると、重装備の兵士たちが立っていた。

 ここを通り抜けるのは難しい。


「別の道を……」


 建物の構造を思い出し、使用人用の裏通路を探した。

 そこなら警備は薄いはずだ。


 予想通り、裏通路は無人だった。

 密かに大広間に続くドアまで辿り着く。

 扉の隙間から中を覗くと——。


「メズテーリ……」


 妹の姿があった。彼女は壇上に立ち、何かの演説をしている。

 その周りには多くの兵士たち。

 そして壇の両脇には、四人の子供たち。


「あれが四大元素の実験体……」


 わずかに見える子供たちの姿に、胸が痛んだ。

 彼らの中に、メミナの姿もある。


「見よ! これがカルホハン帝国の新たな力だ!」


 メズテーリの声が広間に響く。


「四大元素の力を持つ兵士たちが、我が帝国を再興する礎となる!」


 壇上の四人の子供たちが前に出された。

 彼らの目は虚ろで、まるで操り人形のようだ。


「メミナ……」


 彼女の姿を見て、心が痛む。

 私が知るケアドの妹は、きっとこんな姿ではなかったはず。


 その時、突然外から爆発音が響いた。

 レジスタンスの攻撃が始まったのだ。


「何事だ!?」


 メズテーリが兵士たちに指示を出す。

 大半の兵士が外に向かって走り出していく。


「今だ!」


 私は大広間に飛び込んだ。

 残った兵士たちが驚いて振り向く。


「アリア!?」


 メズテーリが私を見て、目を見開いた。


「久しぶりね、妹」


「なぜ生きている……お前はレジスタンスに殺されたはず!」


「残念ながら、私は生き延びたわ。そして、あなたの悪行を止めに来たの」


 メズテーリの顔が怒りで歪む。


「アリア……!! 全ての元凶! アンタさえ……アンタさえいなければ!!」


「何を言ってるの?」


「アリア! お前のせいで姉さまは死んだ! 私たち家族の幸せを奪ったのはお前だ!!」


 彼女の言葉に、一瞬動揺する。

 確かに、リルル姉さまは私を守って死んだ。でも——。


「違うわ、メズテーリ。リルル姉さまを死なせたのは、あなたが仕組んだ暗殺計画よ」


「黙れ!」


 メズテーリが叫ぶと、彼女の両腕から光が放たれた。

 それは——土の元素の力だった。


「やはり、あなたも呪いを受けたのね」


「呪いではない! これは力だ! 私が望んだ力!」


 彼女の制御する土が、床から突き上げてきた。

 私は咄嗟に飛び退く。


「四人の子供たち、彼らを解放して!」


「彼らは帝国の兵士だ。お前には渡さない!」


 メズテーリは子供たちに何かを命じた。

 四人は一斉に前に出て、私に向かって攻撃の構えを取る。


「くっ……」


 子供たちを傷つけるわけにはいかない。


「皆さん、目を覚まして! あなたたちは操られているのよ!」


 私の言葉は届かない。

 子供たちの目は虚ろなままだ。


 メミナが水の力で攻撃してきた。

 水の鞭が私の体を狙う。

 他の子供たちも、それぞれの元素の力で攻撃を開始した。


「やめて! 私はあなたたちを救いに来たの!」


 避けながら、必死に呼びかける。

 しかし、子供たちの意識は完全にメズテーリに支配されているようだ。


「無駄だ! 彼らはもう私の意のままだ!」


 メズテーリが高笑いする。


 この状況を打開する方法は——。


「ケアドー!」


 突然、大広間のドアが開き、ケアドとソニルが駆け込んできた。


「メミナ!」


 ケアドの叫びに、水の力を操っていた少女の動きが一瞬止まった。


「お兄ちゃん……?」


 かすかな声。

 意識が戻りかけている。


「メミナ、俺だ! 目を覚ませ!」


「駄目だ!」


 メズテーリが再び命令を下した。

 メミナの目が再び虚ろになる。


「ソニル、風の力で子供たちを足止めして! 傷つけないで!」


 ソニルは頷き、風の障壁を作り出して子供たちを包み込んだ。

 彼らは動けなくなる。


「メズテーリ、もう終わりよ。外ではレジスタンスがあなたの軍隊と戦っている。長くは持たないわ」


「それでも私は諦めない! カルホハン帝国は必ず再興する!」


 彼女は土の力を極限まで高め、床と壁から大量の石塊を形成し、私に向かって投げつけてきた。


「はっ!」


 私は炎の力で石を焼き砕く。

 二つの元素がぶつかり合い、衝撃波が走る。


「私だって……私だって姉さまに甘えたかった! 許せなかった! アリアが姉さまの愛情を一心に受けていることが!」


 彼女の叫びに、過去の記憶が蘇る。

 リルル姉さまが私をかばい、メズテーリが嫉妬に狂う様子。


「だから姉さまを殺したの? 自分の嫉妬のために?」


「違う! あれは事故だ! 私は……私はただ、アリアを排除したかっただけだ……」


「嘘よ! あなたは暗殺部隊を送った。そして姉さまが犠牲になった」


 メズテーリの表情が苦悶に満ちる。


「私は……姉さまを愛していた……でも……」


「でも、嫉妬の気持ちが勝ったのね」


 私は彼女に近づこうとした。

 しかし、メズテーリは再び攻撃してきた。


「許さない! お前が全て奪った! だから私は全てを取り戻す!」


 土の牢獄が私を包もうとする。

 間一髪で避け、炎を放つ。


「メズテーリ、やめて! これ以上の犠牲は増やさないで!」


「黙れ!」


 ケアドがメズテーリの死角から近づき、彼女を取り押さえようとした。

 しかし、土の壁が彼を弾き飛ばす。


「ケアド!」


 ソニルが彼を助けに行く。


「アリア、あの子供たちの首輪!」


 ケアドの叫びで、私は子供たちの首に着けられた奇妙な装飾に気づいた。

 それは魔法陣のような模様が刻まれている。


「あれが操っているのね!」


「狙うな!」


 メズテーリが必死に守ろうとする首輪。

 弱点が分かった。


「ソニル、風で私を持ち上げて!」


 彼女は頷き、風の力で私を大きく跳ね上げた。

 空中から、四人の子供たちの首輪を狙って炎を放つ。


「はぁぁっ!」


 精密な炎の矢が、四つの首輪を同時に焼き切った。


「やった!」


 子供たちの目から虚ろさが消え始める。

 彼らは混乱した様子で周囲を見回した。


「なに……これは……どこ?」


 メミナが呟く。彼女の意識が戻ったのだ。


「メミナ!」


 ケアドが彼女に駆け寄る。


「お兄ちゃん……? なんで……」


「大丈夫だ、もう安全だよ」


「くっ……」


 メズテーリが後退する。

 彼女の計画は崩れつつあった。


「諦めて、メズテーリ。もう終わりよ」


「終わらせるものか!」


 彼女は最後の力を振り絞り、巨大な土の柱を作り出した。

 それは天井を突き破り、建物全体が揺れ始める。


「彼女、城塞ごと崩そうとしている!」


「皆、逃げて!」


 私たちは急いで子供たちを連れ、出口に向かった。

 しかし、メズテーリの土の力で通路が塞がれていく。


「こっちだ!」


 ケアドが別の通路を示した。

 私たちはそこに向かったが、メズテーリも追ってくる。


「アリア! 逃がさない!」


「皆を先に行かせて。私があの子を止める」


「でも——」


「ケアド、お願い。メミナを守って」


 彼は迷った後、頷いた。


「必ず戻ってこい」


 ケアド、ソニル、そして子供たちが先に進む。

 私はメズテーリと対峙するために立ち止まった。


「いくらあがいても無駄よ、メズテーリ。カルホハン帝国は二度と復活しない」


「黙れ! 私がいる限り、帝国は不滅だ!」


 彼女の土の力と私の炎がぶつかり合う。

 建物はさらに揺れ、天井から瓦礫が落ち始めた。


「このままじゃ、あなたも埋もれてしまうわ! やめて!」


「構わない! お前さえ道連れにできれば!」


 彼女の狂気じみた執着。

 それは単なる権力欲ではなく、深い恨みから来るものだった。


「メズテーリ、私たちはもう家族じゃないの?」


「家族? 笑わせるな! お前が全てを奪った!」


「違うわ! あなたが自分から全てを捨てたのよ!」


 土と炎の激しい応酬。

 天井がさらに崩れ落ち、私たちの周りを瓦礫が囲む。


「逃げて! このままじゃ死ぬわ!」


「死んでも構わない! お前を殺せれば!」


 メズテーリの顔に涙が流れていた。

 憎しみと悲しみが入り混じった表情。


 その時、大きな柱が崩れ落ち、メズテーリの方へと傾いた。


「危ない!」


 反射的に、私は彼女に向かって駆け出した。


「何を——」


 柱が落ちる直前、私はメズテーリを突き飛ばした。


 轟音と共に、柱が床に激突する。


「アリア……?」


 混乱したメズテーリが、瓦礫の向こうから私を見つめていた。


「なぜ助けた?」


「あなたは……妹だから」


 私の言葉に、彼女の目に一瞬、動揺が走った。


「バカな……お前は私を憎んでいるはずだ……」


「憎んでる。でも、それでも家族よ」


 建物がさらに崩れ始める。

 このままでは二人とも逃げられない。


「行きなさい、メズテーリ。あっちに出口があるわ」


「何を言ってる……」


「早く!」


 彼女は躊躇った後、立ち上がって出口に向かいかけた。

 しかし、振り返る。


「なぜ……」


「リルル姉さまなら、きっとそうしたはずだから」


 私の言葉に、メズテーリの顔に一筋の涙が流れた。


「アリア……私は……」


 その言葉を最後に、天井が完全に崩れ落ちた。


 ***


「アリア! アリア姫!」


 かすかな声が聞こえる。

 誰かが私の名を呼んでいる。


「ここだ! 生きている!」


 瓦礫が取り除かれていく音。

 そして、光が差し込んでくる。


「アリア姫!」


 ソニルとケアドの顔が見えた。

 彼らが必死に瓦礫を取り除いている。


「無事だったのね! 良かった……」


 ソニルが涙ぐみながら私の手を取る。


「メズテーリは……?」


「見つからない。おそらく……」


 ケアドの言葉に、私は沈黙した。

 最後に見せた妹の表情。あれは悔恨だったのか、それとも——。


「城塞は?」


「崩壊した。だが、レジスタンスは勝利した。帝国の兵士たちは降伏したか、逃げ出した」


「子供たちは?」


「無事だ。メミナも含めて、全員救出できた」


 安堵の息をつく。


 私は立ち上がろうとしたが、足に痛みが走る。

 どうやら怪我をしているようだ。


「無理しないで」


 ケアドが私を支え、瓦礫の山から出る手伝いをしてくれた。


 外に出ると、陽の光が眩しかった。

 城塞は見る影もなく崩れ落ち、周囲にはレジスタンスの兵士たちが勝利を祝っていた。


 そして、少し離れた場所に、救出された子供たちがいた。

 彼らはまだ混乱しているようだが、少なくとも命に別状はない。


「お姉ちゃん!」


 メミナが駆け寄ってきた。ケアドに似た面影を持つ少女だ。


「お姉ちゃん?」


「ごめんなさい、あなたがアリア姫だって聞いたから」


 彼女は照れくさそうに微笑んだ。


「いいのよ。お姉ちゃんで」


 彼女は安心したように笑顔を見せた。


「ねえ、この力……どうなるの?」


 彼女が右手を見せる。水の紋様がまだ残っている。


「消えないかもしれないわ。でも、その力の使い方を学べば、きっと素晴らしいものになるはず」


「本当?」


「ええ。私たちが教えてあげる」


 ソニルも頷いた。


「メミナちゃん、私も同じように力を持ってるの。一緒に頑張りましょう?」


 メミナは笑顔で頷いた。


 カイルが私たちのもとに来た。


「成功したな。これでカルホハン帝国の脅威は去った」


「ええ、でも……」


 私はまだ何か引っかかるものがあった。

 メズテーリの行方。そして、四大元素の呪いの存在。


「呪いを解く方法は見つからなかったのか?」


「はい」


「残念だ」


「でも、この力と共に生きていく道を見つけました。人々を守るために使うという道を」


 カイルは微笑んだ。


「それが一番の解決策かもしれんな」


 私たちはレジスタンスのキャンプに戻り、傷の手当てを受けた。

 そして、これからのことを話し合った。


「どうするつもりだ?」


 ケアドが尋ねてきた。


「まだ世界には、カルホハン帝国の残党や、四大元素の呪いを受けた人々がいるかもしれない。彼らを見つけ、助けたい」


「俺も一緒に行くよ」


「私たちも!」


 ソニルとメミナも賛同した。


「新たな冒険の始まりね」


 星空の下、私たちは未来への誓いを立てた。

 カルホハン帝国は滅びたが、私たちの旅はまだ終わらない。


 四大元素の力を持つ者たちが、平和のために力を合わせる。

 それは新たな伝説の始まりだった。


 呪いと思われた力が、実は祝福だったのかもしれない。

 それを証明するために、私たちの旅は続く。

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