第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その九百三十
―――ソルジェは王というか、政治家としての資質を持ち合わせている。
十七の頃から、大陸をあちこち回っているからね。
嫌でも知識や経験を、獲得する機会に恵まれていた。
おそらく史上最強の放浪者の一人であるソルジェには、リーダーシップがある……。
―――リーダーシップというのは、何なのかと言えば。
誰でも知っている通り、『共有可能な一貫性を有している』ということだよ。
それがどんな種類のものでも、正直なところ構わない。
邪悪なカルトや詐欺集団にだって、たしかにリーダーシップはある……。
―――ユアンダートが人間族第一主義で、人間族のためだけの世界観を提供した。
人間族の国家は、それを大喜びしながら併合されていったわけだ。
ユアンダートの政治手腕のおかげで、多くの人間族に教育と富が行き渡っている。
それは腹立たしくもあるが、否定しがたい真実ではあった……。
―――でもね、ソルジェもまたユアンダートは異なるリーダーシップの持ち主だ。
人間族と亜人種の調和なんて、この大陸で一度たりとも大勢力にならなかった世界観。
それをここまで広げてしまった時点で、史上最大の英雄の一人ではある。
もちろん、まだまだ道半ばだけれどね……。
「お前の記憶を読み、ライザ・ソナーズの価値観も知った。さすがは、アリーチェの両親たちが仕えた姫君ではあったな。暗殺しかけたのは、少々、早とちりの側面もあったかもしれない。彼女の望んだファリス王国の復興は、かつてガルーナが同盟を組んでいた時代の世界観を復活させることに等しかった」
「……彼女は、皇太子殿下を利用して、政治的な手腕で国盗りを狙っていたんだ。アンタたちみたいに、無謀な軍事的な挑戦じゃない」
「無謀とは、まったくもって思っていないがね」
「そこが、アンタたちは……怖いんだ」
「なあ、ノヴァーク。お前は、オレとユアンダート。どっちに勝って欲しいんだ?」
「……そんなものに、答える意味はない」
「意味はある。お前の意志を聞きたいんだよ。ハーフ・エルフ。『狭間』として生まれたお前にな。『プレイレス』で、アリーチェの幻影を見ただろう。ハーフ・エルフが英雄になったんだ。呪わしいエルトジャネハを倒してみせたのだからな。今じゃ、あちこちにアリーチェの像が立っている」
「それぐらいで、世界が変わるとでも?」
「変わっただろう。オレが知っている限り、ハーフ・エルフの石像を見たことはなかった。その現実まで、否定するほど。お前は間抜けでもないはずだ」
―――ノヴァークはイライラしている、現実を突きつけられるのは嫌いだった。
多くの場合で、ノヴァークのような立場の『狭間』にとって。
現実という場所は、あまりにも居心地の悪いものだったからだよ。
でも、我々の勝利が現実を変えつつあった……。
「……今さら、遅いんだよ。なんで……」
「なんで、もっと早くにお前と出会ってやれなかったのか。賢いお前が望むのならば、『自由同盟』に迎え入れてやったのに」
「うるさい。勝手に、オレの言葉を推測するんじゃない」
「ああ、違ったか?違っているとは、思っていなんだが。もしも、違っていたなら謝罪してやるぞ」
―――ソルジェは基本的に戦士だし、北方野蛮人だからね。
口が悪くて、ケンカ腰な側面は否めない。
ノヴァークには、それが嫌だったらしい。
育ちのいい商人の息子らしく、どこかナルシストなんだよ……。
「いじけさせてやるつもりもない。お前は、事実上、捕虜だしな。そこまで気を使ってやるのも、間違いだろう」
「気を使え。オレは、色々と、今、すごく……ストレスを抱えているんだ」
「ストレス?違うさ。そいつはな、クソガキよ。葛藤というものだろう」
「オレが、何と何の間で、引き裂かれそうだってんだ!?」
「『自由同盟』と、ライザ・ソナーズを復活させようとしているシドニア・ジャンパーの間でだな」
「違う。オレは、迷ってはいない。これは、葛藤なんかじゃない」
「そうか?それなら、それでいいんだ。オレはな、無理強いは嫌いだ。戦の最中以外では、とくに、お前みたいなガキの意見は尊重してやろうと考えている」
「オレが、ハーフ・エルフだから?」
「まあな。だが、ガキってことの方が大きいかもしれん」
「ガキとか言うな。もう、オレは、立派な……」
「そうだ。一人前の戦士と言える年齢だな。オレが竜騎士になった年齢だ。バルモア連邦の兵士どもを殺しまくって、死にかけた。だからかもしれん。お前が、もしも、挑戦したければ……ああ、オレたちに対してだ。殺されても構わないから、シドニア・ジャンパーのために沈黙を貫くと言うのならば、試してやってもいいと考えている」
「……拷問で、口を開くかどうか?」
「拷問まで、するつもりはない。オレには、色々と呪術がある。『呪い追い/トラッカー』という術も。お前の腹に、ほんのわずかに残っている、祭祀呪術の欠片。そいつをシドニア・ジャンパーは回収して研究していた。それを、無理やり追いかけることだって可能だろう」
「……ふ、ふざけんな。そんなの、不可能だ」
「竜の力を秘めた魔眼がある。そいつがあれば、不可能ではない。現に、お前を見つけ出し、捕らえている。わずかな呪術の欠片であったとしても、正しい情報が集まれば、呪いを追いかけることは可能になるものだ。実は、さっきから……すでに。見えつつある。『呪いの赤い糸』が、お前から伸びているんだ」
「ひ、卑怯者」
「そうなりたくはないんだが、どうにも呪術師としての才能もあるらしくてな。だから、正直、お前を拷問する理由さえもない。悪いな、強くて」
「く、くそ!!」
「だが、挑戦する権利をくれてやってもいい。戦士の自己表現は、何か分かるか?命懸けで、戦うことだ。お前に、オレと戦う権利をくれてやってもいいんだが、どうする?」




