第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その九百二十九
「そんな過激な思想を、シドニア・ジャンパーも受け入れているであります」
「……利用している、だけだ」
「そうかね。オレが思うに、シドニア・ジャンパーがそばに置ける戦士は、慎重に選別するはずだが。キュレネイも、同じ意見らしい」
「イエス。選別しなければ、巨額な詐欺を行えない。情報漏洩を、何よりも恐れていたはず。そもそも。信頼し合う間柄でなければ、護衛など成り立たない」
―――護衛に関しては一家言あるのが、我らがキュレネイ・ザトー。
護衛任務が長かったボクからしても、信頼し合う間柄が護衛には必要だ。
背中を預けるに値する人材でなければ、安心して日々を過ごせない。
キュレネイも組織を裏切り護衛対象を守ったように、この仕事は引力がある……。
―――誰かを守るために、命を賭けるなんて行いはね。
どう転んだとしてもドラマチックになるし、その生き方には心地良さがある。
ヒトはどんな険しい試練であったとしても、喜んで受け入れられるほどには。
『帰属』という力が、大きなものなのさ……。
―――共有可能な思想のもとで、一貫性のある意志のまま。
ヒトはそれを時々、自分の命よりも大きなものだと感じられるからこそ。
国家も思想も、家族も忠誠心も依存だって創り上げられる。
その力の内側にいれば、とても居心地よく命だって捧げられるんだ……。
「『傭兵コルテス』は、シドニア・ジャンパーの背中を守っている」
「……否定は、しない」
「かつて、この『西』の人々に受け入れられなかった思想を、シドニア・ジャンパーを介して実現したがっているんだな」
「あいつらは、そうだろう。誰だって、自分の目的のために他人を利用しようとする」
「ガキらしく、青い考えだ」
「偉そうに、アンタは違うのかよ?」
「戦争が教えてくれることがある。生き残るためには、他人だって信用しないといけないんだ」
「他人なんかを、信用だって?」
「『家族』だけでは、戦争はやれんからな。巨大な軍勢を築き上げるためには、利用ではなく、相手を信じられるかどうかが大切なのだ」
「それをしていて、アンタは裏切られたんだろ」
「ガルーナ王国は、ファリスを信じすぎた。ユアンダートをな。だからこそ裏切られ、滅ぼされたのは事実だ」
「それなのに、アンタはまだ他人を信じているのか?」
「そうだ。生き残るために必要な力は、そこにある。オレたちが同盟を築くためには、他人を信じなくちゃいけなかった。帝国という強敵がいたことが、お互いを信じるための根拠になっているのも確かだが。それでも、基本的にオレたちの創った同盟の質は、人間族も亜人種も関係ない。誰もが生きていてもいい世界を求めている点にある」
「そんな綺麗事で、世の中は……」
「お前の価値観からすれば困ったことに、動いているぞ。十大師団を倒しながら、それに準ずる強敵さえも撃破し続けている」
「……竜の力が、強いからだ」
「それは認める。しかし、お前にも分かるだろう。数がいなければ、結束により創り上げた同盟の力がなければ、ここまでの勝利はなかったし、これからの勝利もない」
「マジで、帝国を倒せると」
「倒せるとも。帝国軍は、お前のシドニア・ジャンパーが指摘した通りに、弱り始めているからな。長い侵略戦争の果てに、朽ちつつある。大陸全土に広がり過ぎたくせに、排他的だからな。人材が行き渡らなくなる」
「人材が、行き渡らなくなる?」
「世の中を管理するためには、それなり以上に賢いヤツが、ちゃんとしたポジションに座ることが大切なのは分かるだろ?」
「バカにしてんのか?んなものは…………」
「ふむ。察しのいいガキであります」
「『人間族だけでは、統治できる範囲に限界がある』ってわけか。そりゃ、そうだ。もともとは、亜人種たちの国もたくさんあった。そこは、亜人種の王家が管理していたのに……」
「人間族の数は多いが、それでも亜人種の数を圧倒するほどではない。エルフの管理していた森を、人間族が同じようには管理できないし、ドワーフの鉱山もそうだ。巨人族に調停可能なビジネスルートもそうだし、ケットシーに許される器用さが作る商業圏もあるだろう。それらのすべてを、帝国の人間族だけでは管理しきれるはずもない」
―――その挙句に、ノルマも意外と厳しいからね。
帝国貴族や帝国の大商人たちは、帝国軍が勝利してビジネスを拡張してくれると信じた。
だからこそ、大量の戦争国債も買ってくれるし援助だってしてきたのさ。
亜人種の管理していた土地で、かつて以上の儲けを出す必要がある……。
―――帝国の経済に組み込むだけでは、徐々に機能しなくなっていく。
搾取できる資源が転がっているうちはいいが、それを取り尽くせば?
エルフの管理していた森のほうが、資源回収の価値はよほど高かった。
もっと儲けさせろと、侵略した帝国軍に要求するようになる……。
―――その結果、有能な統治者であり反乱を押さえられる人材が諜報された。
メイウェイだって、まさにそういった種類の人材だ。
軍事的な才覚もあるし、亜人種の商人たちを受け入れられる商才もあったからね。
だが、帝国の人間族第一主義はそれを許しなかった……。
―――『せっかく順調だった植民地経営者、メイウェイを失脚させてしまう』。
人間族第一主義に反して、亜人種のビジネスを受け入れていたからさ。
帝国軍はジレンマを抱えている、儲けさせろと言われながらも。
亜人種をビジネス参加させるような太守を、存在レベルから否定している……。
「どう考えても、人間族だけでは大陸のすべてを管理できない。それなのに、帝国の価値観ではそれを認められないときた。帝国はデカいし、帝国軍がクソ強いのは認める。しかし、そうであったとしても『内向き』ではあるのだ。これが、けっきょくのところ、ここに来ての減速の理由だとオレは考えているぞ。統治が失敗し始めているのは、亜人種を認められないからだ。オレたちは、その逆を行っている」
「自分たちのことを、良いように言い過ぎているんじゃないか?」
「そうかもな。客観的に、あらゆることを見られるほど、オレだって賢者ではない。むしろ、間抜けのたぐいに属している。北方野蛮人なんだぞ?」
「……亜人種を、統治に参加させるから、強いなんて……」
「算数みたいに単純なハナシだろ?人材がな、足りないんだ。帝国はそれを認められない。人間族だけで世界が回せるなんて、いくら何でも無理だろう。少なくとも、上手くは回らない。だからこそ、末端から朽ち果てている」
「だから、帝国を倒せると?」
「その通り。軍事力だけではない。戦の勝敗を決める、大きな理由は。どれだけの人員を戦につなぎとめられるかだ。オレたち『自由同盟』は、生き残るためだけじゃなく……帝国を倒した後の世界、『未来』ってものに期待しているからこそ、真の結束と、参加が生まれ始めている。『プレイレス』商人も、その周辺地域の商人も、同盟に組み込まれつつあるんだ。その意味では、ユアンダートよりも、デカい世界観を実装できそうってわけだな」
「……大陸制覇を成し遂げた男より、アンタら『蛮族連合』の方が、デカい世界観を持っているだと?」
「ああ。ユアンダートは『プレイレス』商人を支配するしか出来なかった。オレたちは、その商人たちとも連携し合っているぞ。この漁村に来れたのだって、『プレイレス』の亜人種系大商人の協力があってこそ。帝国では、実現不可能な協力だな。さて、オレたち。どちらが多様な人材の使い手なのかな」




