第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その九百二十七
―――現実はいつでも非対称的でね、常に序列の力学が状況ってものを支配する。
ソルジェと戦って生き残る、二度目の戦いを期待できる。
そんなことはね、まったくもってあり得ない。
シアンやガンダラなら別だけれど、その二人レベルじゃないと無理なことさ……。
―――ノヴァークは自分のちっぽけさを、思い知らされている。
心臓は小物らしくドキドキかつバクバクと揺れて、口から吐き出してしまいそうだ。
ソルジェはいつでもノヴァークを殺せる、殺していないのは情報が欲しいからさ。
あるいは、ちょっとだけ気に入ってもらえているからかもしれないね……。
―――『狭間』であり、弱っちい能力しかない少年だ。
それなのに、史上最大の詐欺の片棒を担いで見せたのだから。
帝国軍に与えた損害だけを考えれば、トップクラスの人材かもしれない。
その点と愛情のために暴走できる性格ってことだけは、気に入っているのさ……。
「お前には、倫理観ってものがないんだ。普通は、良くも悪くもそいつに縛られる。縛られなくちゃ、偉大な者にもなれないし、世の中に迷惑をかける悪者になるからだ。お前は、そうなることを恐れない」
「……最初っから、いちばん下に生まれてみろよ、貴族の赤毛野郎。最初からだ。オレに、まともな人生なんて用意されちゃいなかった。ずるいだろ?何も悪くねえ。親父のせいでもない、母さんのせいでもない。ただ、理不尽だ。ハーフ・エルフだからって、本当の自分を隠しながら生きなくちゃならない」
「ライザ・ソナーズなら、それを変えてくれると?」
「変えてくれなくてもいい。そもそも、オレは……」
「シドニア・ジャンパーのために、だな。いいぜ。そういう点は、身勝手じゃあるが。社会から切り離されている者の強みでもあるだろう。お前は落伍することを、恐怖しない」
「いちばん下だからね。アンタは、堕ちるのが怖いんだろ。悪党に」
「悪人呼ばわりされるのは嫌いじゃないんだがな。敵からの悪評限定で、喜んでやれる。お前たちは裏切り者だ。オレは、そうなるぐらいならば自ら死ぬ」
「縛られてやんの。悪党にさえ、なれないか」
「職業倫理を持てない者が、大人物になれた気がしない。オレはな、死後もかがやくほどの英雄譚が欲しいのさ」
「貴族さまは、ちょっと違ってるね」
「そうだ。だから、提供してくれ。応えてやれるぞ」
「……コルテスのなかで、アンタがワクワクしそうなヤツは分かってる」
「それを、教えろ。嘘はつくなよ。癖は見抜いているんだ」
「その対処ぐらい、やれるさ。だが、まあ。嘘をつく気はないよ。人間族のコルテスのなかで、いちばん血生臭いのは、『傭兵コルテス』」
「……おお。おお、おお!!まさに、そいつだな!!」
「アンタ、もしかして、苗字が同じだからって理由だけで、興奮しているのか?」
「ガルフはどこの生まれか教えてくれなかったんだよ。大陸のあちこち旅して回っていたのは分かるんだがね。変なところに、知り合いもいる」
「団長。そのガキは、詐欺師ということを忘れないようにするであります」
「そうだよ、お兄ちゃん。ガルフおじいちゃんと関係な人たちかもしれないし」
「おう。分かっているよ。でも、なあ」
「うん!!めちゃめちゃワクワクしちゃうよね!!ガルフおじいちゃんの一族が、いるかもしれないんだもの!!」
「だよなあ、ガルフの一族!!ワクワクする!!」
「ソルジェ兄さんのお師匠さんの、一族か」
「すごく強そうというか、傭兵稼業というのが、また」
「詐欺師のノヴァーク。教えてくれよ。『傭兵コルテス』はどんな集団なのだ?」
「金のためなら、何でもする。端的に表現すべき連中だよ」
「じつにいいね。傭兵としての気風にあふれている。猟兵の伝統の源流かもしれん。ガルフも、若い頃は拝金主義者で残酷な、至極傭兵的な存在だったと語っていた」
「猟兵は、傭兵じゃないって?」
「戦場の霊長だ。すべての戦士の頂点。ガルフ・コルテスは戦場狂いの果てに、そんな力を創り出そうとした。それが、最終的に夢だったのさ」
「その力で、何をするつもりだったんだよ」
「ないさ。ガルフのゴールは、最強の猟兵団を完成させること。失敗作をいくつか作り、オレたちで完成した。その夢が何を成し遂げるかまでは、ガルフは責任を背負うつもりさえなかったんだ」
「無責任なヤツだな、そいつ」
「自由なのさ。お前にも分かるだろう。ガルフはいちばん大切なこと以外は、割りとどうでもいい男だった。ピンとくるだろ」
「そいつは、狭間か何かか?」
「人間族のジジイさ。まあ、『血狩り』で判別したわけじゃないが、魔力も大して多くはなかった。戦い方の巧みさと、経験値で何もかも凌駕するタイプの傭兵だ。オレたち猟兵の祖である」
「その一族が、傭兵コルテス?」
「かもしれん。ワクワクするな。そして、運命も感じている」
「……ああ、勘がいいな」
「傭兵コルテスは、シドニア・ジャンパーに雇われているんだな」
「……正解だよ、アンタは師匠の一族を敵に―――」
「―――その点についての葛藤は、ない。というか、ワクワクしているんだ」
「それ、正常なヤツの考え方?」
「戦士なだけだ。戦士が正常かどうかなど、たいして意味のテーマだろう」
「そういう野蛮なところ、あまり好きになれねえや」
「好かれようと思っているわけではない。職業倫理を背負い、正しく在りたいだけだ。戦士ならば、強敵の存在にどうすればいいと思う?心の底から喜ぶだけだ」




