第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その九百二十六
「何回か戦争がやれる金、か」
「魅力的だろ。そっちなら、すぐに話せるぞ」
「ふむ。オレを罠にかけたがるとは」
「罠っていうのは、アレだよ。賢さに仕掛けるんだ。賢いヤツだけが、罠をすり抜けて、エサだけ奪ってすべてを手に入れる」
「猟兵の教訓と、似ているな。解釈が少し違う。欲深い者が、罠に落ちる。『西』には、その種の教訓があるらしいが」
「『西』に詳しいのか?思っていたより、博識なんだな」
「ガルフ・コルテス。その名に、お前は覚えがあるか?」
「……いや。ない、と思う」
「コルテスの一族に、覚えがあると?」
「知らねえよ。コルテスなんて家名は、『西』にはそこそこありふれているんだ。アンタの知り合いが、コルテス姓だからといって、オレの知っているコルテス家と関わりがある確率は極めて少ない」
「少なくてもいいから、言ってみろ」
「エサは無視するつもりじゃないだろう。言ってやるから、聞きながら考えろ」
「いいとも。さっさと、話してみてくれ。オレはガルフ・コルテスの一族に、焦がれているのだよ」
「敵か、それとも」
「教えてくれないのなら、こっちもエサを狙うかどうかを考えてやらんぞ。詐欺師と知恵比べをするなんて、馬鹿げている。お前を信じてやるのは不可能だ。しかし、オレにも欲がある。軍資金はいくらあっても足らんからな。だから、勝負に巻き込め。そのためには、手付代わりに撒き餌がいるぞ」
「……コルテス家は、いくつかの一族がいる。人間族、エルフ族、ドワーフ族」
「人間族の、コルテス家が良さそうだ」
「……酒造蔵のコルテス。安っぽいワインを商人に売りつけてくる連中だ」
「評判は、よろしくないと?」
「安っぽい味に金を出したがる商人は少ない。うちの実家ならば、門前払いしたり、居留守で対応しなかったり、窓から逃げ出してでも、関わらないようにする日さえあるような連中だ」
「なるほどな。そいつは少し、オレの知っているコルテスに似ている気もする。彼は安酒も好きだったよ。ヴァルガロフに密造酒を買いに行ったこともある」
「ろくでもねえ買い物をしただろ。酒狂いのコルテスに関わると、そんなものだ」
「いいや。かけがえのない出会いを得られたよ。そこにいるキュレネイ・ザトー。オレの猟兵と出会えたんだ」
「イエス。ガルフにはいくら感謝しても足りないであります」
―――無表情のままのキュレネイだったが、ノヴァークは何かを感じ取った。
忠誠よりも依存のような、切り離してしまえば破綻しかねない絆。
彼の認識は、とても甘いかもしれない。
ソルジェとキュレネイのあいだにある絆は、もっと怖いものさ……。
「他のコルテスについても、聞きたいね。酒狂いは、オレの知っているガルフの数ある特徴の一つでしかない」
「大切なヤツか?友人?」
「聞き出したいのか、詐欺師少年。探ってみてくれよ」
「……アンタは、思っていた以上に若かった」
「ガキごときに言われるとは、嬉しいぜ。二十六才のお兄さんだ」
「『師匠』、そういう関係か?」
「隠し事は最小限にしたい。そうだ。お前はやはり賢いぞ、詐欺師少年」
「ノヴァークだ。知っているだろうが、ノヴァーク」
「ノヴァーク、語ってくれ。呼んでやっただろ?お前がアイデンティティを感じられる名前をな。尊重しているのが、伝わったはずだ」
「『貸金コルテス』、こいつはとても金に汚い男だった。十日で一割なんて、マシな方だ。どんなヤツにも金を貸す。信用という概念を一切無視して、貸してくれるんだよ」
「便利な金貸しだな。しかし、その種の行いをするヤツは、けっして損を許容しない」
「その通りさ。どこにでもいるんだろ。弱りに弱った連中を、食い物にするカラスのようにずる賢い金貸しは。女子供、先祖伝来の畑、あらゆるものを借金のかたに選べるというのがビジネス・スタイルだ。ブックメイカーってあだ名もあったぞ。借金返済の代わりに、殺し合いのギャンブルをさせるなんて真似もしていた」
「そいつはなかなかのクズだな。オレの知っているコルテスも金は嫌いじゃないが、その種の執着は嫌っていた。おそらく関わりがないだろうよ」
「決めつけが過ぎる。どんなヤツにだって、ひた隠しにしたい親族ぐらい、いるもんだろ?」
「まあな。分からなくはない。だが、価値観が異なっている。邪悪な稼業をやっている連中の半分は、邪悪な一族に生まれた代々のエリートだ。金貸し稼業から、別種の仕事に鞍替えするヤツも少ない。次のコルテスを紹介できるか?」
「『鉄靴屋コルテス』。ドワーフ伝来の冶金の使い手。防具全般を作っているが、鉄靴の加工は超一流だった」
「道具にこだわりがありそうだ。我らが師匠、ガルフ・コルテスは偉大な発明家でもあった」
「似ているかもな。器用さを学ぶには、ガキの頃からの仕込むのが一番だから」
「鉄靴屋について、もう少し情報をくれ」
「……『トゥ・リオーネの神々』への信心が強い。寄付を欠かした月がないほどだ」
「なるほど。オレが知っているコルテスとは、関わりが低くなったよ」
「一族には、不信心な者だっているんじゃないか?」
「かもしれないな。だが、分かる。ガルフはその種の生まれじゃない。裕福な商人の家から生まれるような男じゃないんだ」
「アンタの師匠だからか。野蛮で、攻撃的な、戦士?」
「残酷で、賢く、容赦ない、猟兵の祖だ。お前にも、会わせてやりたかったよ。オレより、きっと、上手に尋問をしただろうし、勧誘術にも長けていた」
「そうかよ。会わせられないってことは、もう死んだのか」
「雄々しく死んだぞ。無数のクズどもを、『パンジャール猟兵団』の拠点に招き入れた。オレたち十三人が、二百人の敵を殺すのに、どれだけの時間で足りてしまったのか」
「……知りたい情報は、話した。こっちの番だ」
「いいや。ノヴァーク。隠し事は良くないぞ」
「なんの、ことだよ」
「シドニア・ジャンパーに指摘されなかったのか?嘘をついてしまったときの、癖について」
「知らないね。オレはいつも嘘にまみれているけれど、それが嘘つきの証拠になるとは限らない。生まれもっての、結果に過ぎない」
「呼吸で隠す。いい対処方法だ。話してくれ。撒き餌をケチって、大物を逃す気か?お前ごときがオレと勝負できるなんて、人生で一度あれば多いほどなんだぞ」




