第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その九百二十四
―――表情を作ろうとしたようだ、必死になってね。
ノヴァークにとっては、ソルジェ・ストラウスという存在はあまりにも。
強大だし、圧倒的で邪悪にも思えている。
赤い髪は血のようだったし、背も高くて筋肉質でもあった……。
「そんなにオレを恐れることはないぞ、ノヴァーク。オレは、お前が思っている以上に、やさしいんだぜ」
―――ソルジェらしくニヤリと笑ったが、友好的な意志は伝えられない。
ノヴァークは心理的な防御を用意していたはずだが、それも瞬時に崩れ去る。
狂暴な獣と、食われるだけの哀れな獲物のような立場さ。
膝が震えて、後ずさりしたくなる……。
―――瞳を閉じたくなったが、怖くて閉じられない。
闇はまるでソルジェの眷属だと、理解しているみたいだった。
ソルジェの妻の一人が、『吸血鬼』だなんてことは知らないけれどね。
後ずさりしたかった、でも背後にキュレネイ・ザトーがいるんだ……。
「ノー。逃げるなであります。指を、切り落とされたいのか?」
「……くっ。くそ、脅すなよ」
「ノー。お前は、早く立場を分かるといい。団長はやさしい。それは真実でありますが、私は彼のためにあらゆる汚れ仕事を成し遂げる立場であります。その意味が、分かるか?賢い商人の息子よ。分からないなら、勉強料として親指をひとつ―――」
「―――ハハハハ!!ああ、どうだ。メイウェイ、プレイガスト。オレの猟兵は、カッコイイだろう!!」
「クールだね。そして、君に忠実そうだ」
「忠実なのであります。メイウェイ、私はあなたが想像する以上に、忠誠心がある」
「疑うつもりはないさ。君は彼のためなら、どんなことでもするだろう」
「ノヴァーク少年。私はプレイガスト。君に知られているかは分からないが、呪術師である」
「……知っている。幽閉されているヤツだ。ソルジェ・ストラウスに、解放されたのか?」
「なるほど。呪術師にまつわる情報に、ずい分と詳しくなったようだ。シドニア・ジャンパーは、いい弟子を作ろうとしたのようですな」
「有能な女だ。大がつくほど詐欺師だが、優秀ではある」
「……少尉を、し、知っているのかよ」
「お前よりは、知っちゃいない。やったことのいくつかを、お前を通じて知っただけだ。この、魔眼の力を使ってな」
―――魔銀の眼帯をずらして、金色にかがやく魔眼を見せつける。
ノヴァークはその魔眼のかがやきを見ると、肩を大きく揺らしてその場にへたり込む。
心臓が暴走する、恐怖感も暴走していた。
怖くて怖くてしょうがないのさ、ヒトの目ではなかったからね……。
「言ったろ。怖がるなと」
「イエス。立ち上がるであります。でなければ」
「わ、分かった。た、立つ。脅すな……っ」
「さっさと立つであります。私を、怒らせたいか?」
―――歯ぎしりする、今にも泣きだしそうなほど歪んでしまった顔でね。
悔しいやら怖いやら、そして情けなくもある。
反骨心のある詐欺師のつもりだった、ついさっきだって兵士にケンカを売れた。
だが、魔王ソルジェ・ストラウスは別格だったんだよ……。
―――竜を操り、猟兵たちを従える。
『自由同盟』の幹部の一人であり、『プレイレス奪還軍』の総大将を務めた男。
帝国兵の死体で、山を作ったような怪物だった。
心臓が口から出るような仕組みの動物だったなら、ここにそれを吐いていたさ……。
―――ふらつきながらも立ち上がる、膝に両手を突きながらね。
弱々しい表情をしたくないのに、今にも失禁してしまいそうだった。
魔王ソルジェ・ストラウス、そのとなりにメイウェイと。
皇帝の恨みを買い幽閉された、凶悪な呪術師プレイガストまでいる……。
「な、何の悪だくみをしているんだよ」
「聖なる計画だ。オレたちはファリス帝国を打倒するために、全力を尽くす。その一環として、お前に聞きたいことがある」
「な、なにも…………」
「無理はするもんじゃない。シドニア・ジャンパーを売れと言っているわけじゃない。お前には、一種の仲介役になってもらいたいだけだ」
「ちゅ、仲介役だと……?」
「そうだ。オレは欲しいものがある。ひとつは、お前らが集めに集めた……というよりも、帝国兵どもから巻き上げた金だ」
「オレたちが、勝ち取った金だぞ」
「そういう認識をしていいのは、帝国軍の敵だった立場の者だけだろう。オレたちならば、そうなる。しかし、お前やシドニア・ジャンパーがやるのなら、完全な裏切り行為だ」
「……お、オレたちは…………」
「ああ。黙らなくてもいい。ノヴァーク、お前たちの忠誠心がライザ・ソナーズに向いているのは理解している」
「ど、どうして……いや。そ、そのおかしな目玉のせいかよ」
「ククク!おかしな目玉か。おびえずにケンカ売ってくれるとは、気に入ってやれそうだ」
「お、お前なんかに、き、気に入られたいわけじゃな―――」
「―――口には気をつけるであります。お前は、本当に。イライラさせる」
「う、うぐ!?」
「詐欺師ごときが、私の団長の前で威張る権利はない」
―――右肩の関節を極められながら、ノヴァークをソルジェの前に突き出される。
キュレネイはいつでも、その関節を破壊してやれたものの。
痛みを与えるだけで、実際には行わなかった。
ソルジェの命令を待っていたからだし、力は示すだけでいい……。
「ルールは、すでに伝えているであります。得るものが欲しければ、饒舌になれと。追加で、ルールを。私を、怒らせるな。以上だ」
「わ、分かった……ッ。くそ、質問が……あるなら、言え。話せるかどうかは、内容次第だってことぐらい、分かるだろ」
「拷問されたがっているのか、うちの美しい猟兵に?」
「そ、そんなわけないだろ。オレは……っ」
「ああ。冗談だ。分かっているとも、お前はシドニア・ジャンパーが大切なんだな」
「……うる、さい」
「照れるなよ。乱世では、信じられるものが少ない。そんな時代で、信じたいと思える女に出会えたのは、実に幸運なことだ」
「オレを、オレたちを知っているような態度は、やめろよ」
「確かに。呪術でお前たちの関係性を探るなど、褒められた態度ではないな。しかし、これも戦争なのだ。ガルーナ人は、戦争において手段を問わないが、勇猛果敢である戦士には、敬意を捧げる。基本的に、お前のように帝国になびいたガキは嫌いだが、反骨心そのものは好ましく思ってやれる。褒めてやっているんだぞ、ノヴァーク。だから、可能であれば素直に口を割って欲しいところだ」




