第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その九百二十三
『もどって、きーたよー!!』
―――ゼファーの巨体が、地面へと降り立った。
戦士たちは歓声と拍手で、我らが仔竜の帰還を歓迎してくれる。
戦果はすでに伝わっていたからね、猟兵が行った追撃の数々は帝国軍を揺さぶった。
今夜のうちにも反撃が来ていたかもしれないが、その可能性は潰えつつある……。
―――学生たちも、若さだけではどうにも耐えられないほどに疲れていた。
行軍というものと、戦場に向かうというストレスは心身を消耗する。
多くの学生たちにとって、戦闘経験さえろくにないのだ。
連続での戦闘は避けるべきだと、賢い学生たちはその身で悟っている……。
「どいつもこいつも、オレと変わらん年齢じゃないか……」
「が、学生たちだからね。当然だよ」
「戦士として、一人前だよ。戦場に赴いて、勝利に貢献したんだからね!」
「ケットシーのガキは、ずい分といびつな思想をしてやがる」
「そう?一人前の戦士としてみなせるのは、戦場を知っているかどうかだよ。道場で強い人より、ちゃんと殺し合いで使えた人の方がいいもん」
「君たち、その子への教育方針をあらためるべきじゃないか?」
「ノー。ミアは実に正しいであります。お前こそ、『西』の男の一人として戦場で死ぬべきだったかもしれないと思わないのか?」
「思わねえよ。そういう生き方、ガラじゃねえ。だいたい、オレは『狭間』なんだぞ。自分の正体を隠して、生きて来たんだ。そんな生き方しか出来ない場所のために、死ぬってのか?」
「ひねくれているんだねえ。可愛くないよ、ノヴァークは」
「ひねくれているのは、オレのせいじゃない。世の中のせいだ」
「詐欺師って、情けないヤツばかりなのかな?」
「きっと、そうなんでしょうね。戦士としてみなせない男だもの」
―――猟兵の女性陣は、なかなか価値観が歪んでいるのかもしれないね。
乱世を生き抜く女戦士なのだから、それも仕方ないことだろうか。
ゼファーから乱暴に引きずり降ろされたノヴァークに、学生が詰め寄る。
敵意を向けながら、キュレネイに聞くのさ……。
「捕虜ですか?だとすれば、収容施設まで連れていきますが?」
「ノー。大丈夫であります。こいつは我らが直接、尋問してやる予定だ」
「なる、ほど。何か、我々にやれることはありますか?」
「休憩することであります。警戒を密にしすぎだ。体力を温存することも、戦場では大きな戦略貢献になるであります」
「はい!分かりました!」
「敵はね、かなり前線から距離を取っているんだよ」
「そう、聞いております!」
「寝れる人は、しっかりと寝てていいよ。みんな、緊張し過ぎてるからね!」
―――若者らしく、過緊張はつきものだった。
それに比べて、メイウェイ軍の戦士たちは思い切り休息していられる。
歴史上最大の進撃を果たした彼らは、疲れ切ってもいたからね。
学生たちという援軍のおかげで、ゆっくり休むことが出来た……。
―――彼らはこの行軍を経て、最強格の戦士という自信を得ている。
少なくとも、一個の軍団としての自信は高まっていた。
歴史の一ページを飾る立場になった自覚は、得難い充足を戦士にもたらすものだ。
彼らは『西』の帝国軍勢力に常に勝る、体力が十分であれば……。
「……サボって、寝てやがるベテランばかりだ」
「自信があれば、眠れるものであります」
「そういうもんかよ。クソめ。調子に乗っているな……」
「これだけの距離を、たった半日で進んだのから。当然であります」
「……マジで、『ペイルカ』からここまで来やがったのか?それに、そもそも……この村は、なんだよ?地図には、なかったはずだ」
「エルフの隠れ村だよ。帝国からも、『西』の人たちからも隠れ切っていたみたいだね」
「……呪術を、使ってやがるのか」
「詳しそうでありますな。『西』には、このような土地が他にも?」
「知らねえよ。知ってりゃ、攻略させていた」
「裏切り者発言だ。やっぱり、こいつろくでもない」
「斬り捨ててやるべきじゃないかしら。せめて、何かしらの罰を」
「他人に罰せられる理由はねえぞ。オレの罪なんて、小さなモンだ」
「ひ、ひねくれてる」
「『蛮族連合』どもめ、オレを見てんじゃねえよ!!」
「強気だね。そうか、すぐには殺されないって分かっているから」
「調子に乗っているんですね。なんだか、嫌な態度だ」
―――メルカの双子たちから嫌われながら、ノヴァークは連行されていく。
ボクとしては、これだけ多くの敵兵に囲まれた状態での悪態を取れる根性は。
そこそこ評価してやりたくなるものだよ、たとえ虚勢であったとしてもね。
英雄でさえも、こんな状況になれば不安に震えるものだったから……。
―――内心の不安は、かなりあった。
自分の口から心臓が飛び出したとしても、ノヴァークは驚かなかっただろう。
バクつく心臓と、流れ出る汗。
これから魔王と出会うのであれば、しょうがない現象だった……。
―――敷設された軍用テント、『自由同盟』の軍旗たなびくそこへと近づく。
足が凍てついたように止まり、絡まりそうにさえなった。
メルカの双子は、この小人物が怯えていることに気づき。
意地悪な笑みを浮かべるのさ、乙女らしく素直なところがある……。
「ビビっているね。ソルジェ兄さんに」
「当然ですね。お前の生殺与奪を握っている方なんですから」
「うるせえ。クソ、クソ……っ」
「団長、ノヴァークを連れて来たであります」
「おう。ご苦労だったな!!」
―――凶悪そうな声だ、いかにも北方野蛮人の声らしく。
そんな失礼な感想を、ノヴァークは抱いた。
『西』だって辺境ではあるけれど、『プレイレス/文明の中心地』の近傍だ。
北の果てより、都会の自覚があったのさ……。




