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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その九百二十二


―――哲学は難しいもので、それを理解するには人生の経験値が要るものだ。

キュレネイの人生は過酷なものだから、ちょっとノヴァークごときじゃ分からない。

本物の忠誠心の化身なんてものは、家出少年の延長みたいな彼とは違い過ぎる。

それでも怖さと愛はあるものだ、理解できた法則性はひとつ……。




―――キュレネイ・ザトーは、ソルジェのためなら何でもするだろう。

どんな残酷な行いでもすると、分からされてしまっていた。

燃やされていたのはノヴァークがいた拠点だけじゃなく、あちこちだからね。

帝国兵を丸ごと焼いた川近くの林なんて、猛烈な火災になっていた……。




―――空を焦がす黒い煙を見つめつつ、ノヴァークは目を細める。

見たくない現実がある、察したくない底なしの恐怖がある。

猟兵たちはとてつもなく恐ろしいものだ、敵からすれば死神の群れよりも怖い。

そんな我らに怯えたせいでもあるが、その行動には感心してやれた……。




―――動く、隠し持っていたナイフを使いながら。

自分を拘束しているロープを切って、身投げしようとしたのさ。

矢も届かない安全圏である今この高さから落ちれば、もちろん死ぬ。

彼はシドニア・ジャンパーのために、発作的に死のうとしたんだよ……。




―――もちろん、そんな真似を猟兵は許すはずもない。

死を強いられる者は、生だって強いられる。

自殺しようとしたノヴァークのナイフを、ミアの指が抜き去っていた。

キュレネイは追加のロープで、ノヴァークをさらに縛り上げている……。




「死んだりしたら、ダメだよ。あなたは、お兄ちゃんの捕虜なんだから」

「イエス。死ぬ権利など、とっくにお前からは奪われているであります」

「くそ、くそ!」

「だが、死をもってまでシドニア・ジャンパーを守ろうとしたことについては、褒めてやれる。それは、私が団長に抱いている忠誠心にも、とても近いものだ」




―――愛の告白も同然なのだけれど、当人はともかく周りの猟兵は気づかない。

ミアはまだお子様だし、双子たちも情緒が育っていないし。

ジャンも、まだ恋愛については洞察なんて働きやしない。

キュレネイの愛情は、とてつもなく深くて濃密過ぎるものでもあるからね……。




「し、死にたく……ねえ。でも、でも……」

「お前は依存を強いられているのだ。忠誠心でもあるが、同時に、それは自発的な衝動でもない。シドニア・ジャンパーに刻み付けられた行動でもあるのであります」

「うるせえ。決めつけるんじゃない」

「イエス。たしかに、決めつけるのは良くない。だが、死ぬことはあきらめるべきだ。洗いざらい話してくれるのなら、そして、状況が許すなら。お前もシドニア・ジャンパーも死なないであります」




「信じられるかよ。だが、それでも……」

「舌を噛んで死ぬのも、無理だからね」

「うるせえ。やらねえよ、そんな真似は」

「生きて自分とシドニア・ジャンパーのために、情報を吐くことであります。そうでなければ、お前たちどちらともが無事な結末から遠ざかる」




「……まるで、それがあり得るかのようだ」

「イエス。十分に、あり得る。ライザ・ソナーズの『真意』を尊び、帝国と戦う気なのであれば、我らが団長はお前たちを受け入れるであります」

「受け入れる、だと?」

「帝国を打倒するために必要な戦力として、お前らだって迎え入れるのだ」




「……そうでもしなければ、勝てないからか?」

「勝つために、すべてを使い尽くすのみ。帝国は巨大でありますが、お前たちの忠義は、帝国そのものにあるわけではない。妥協点があると、団長は考えておられる」

「……オレたちを、どう使う気だよ?」

「莫大な資金と、呪術的な知識。そして、帝国軍への情報伝達の力。利用価値は、十分にあるであります。それに、動機も」




「あんたが、少尉を見つけ出せなければ。傷一つだって、少尉につけられないんだぞ」

「ノー。真実に由来するウワサが、すでに流れ始めているであります。シドニア・ジャンパーは、遠からず帝国軍内で孤立する。そして、そうなったとき、最も恐ろしい彼女にとっての殺人者は、何も私たちである必要もないのであります」

「……少尉の、傭兵部隊が暴走するとでも?」

「イエス。軍隊内部で孤立したとき、大金を隠し持っているかもしれない者の末路は、いつだって悲惨なものであったであります」




―――キュレネイの言葉には、真実ばかりしかいないわけじゃないけれど。

今回のそれについては、実に正しい予測だっただろう。

シドニア・ジャンパーが自分のために用意した、強大な傭兵たち。

傭兵たちの多くが、くせ者ぞろいだった……。




―――唇を噛む少年がいた、ノヴァークは恐怖し懸念している。

自分と同じほど、シドニア・ジャンパーを守ろうとする者なんていない。

裏切り者の背負った罪は、決して許されるわけでもない。

『殺してもいい理由』を傭兵が手に入れたとき、どんな真似をすのか……。




「分からないわけ、ないであります。お前は、たくさんの死を見て来たはずだ。その死の山に、お前とお前の愛しいシドニア・ジャンパーを捧げることになっても、いいと思うのならば。沈黙を貫くがいい」

「……ソルジェ・ストラウスになら、直接会えるなら、話してやってもいい」

「イエス。団長は、喜ぶだろう」

「くそ。魔王と、交渉かよ……とんでもない日だ」





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