第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その九百二十一
「……信じねえぞ。そんな言葉は」
「信じることを望んでいるわけではないであります。望んでいるのは、ルールの把握」
「つまり、オレが……非協力的な場合」
「手足は、いくつあるのか。そして、切り落としても死には直結しない便利な指は、果たしていくつあるのか。数えてみるといいであります」
「ゲリラや盗賊が、言いそうな脅しだぜ。一応、あんたら、正規軍じゃ?」
「傭兵ではあります。しかし、そう。事実上、我々はガルーナ王国軍の兵力になる予定の立場であります」
「なら、後々のためにもそんな行いをするべきじゃないよ」
「ノー。国際的な立場を確立するためにも、恐怖の対象は何人かいた方がいいであります」
「君みたいな、若い女の子が?」
「お前よりは年上であります。人生経験は豊富。そして、知性の上でも」
「オレより賢いだって?誰かに依存しないと、戦えないタイプだろ?」
「忠誠と依存の違いを知っているでありますか、詐欺師よ」
「知らねえよ。どっちも、似たようなものに見える」
「た、たしかにっ」
「ジャンさん、敵の言葉に同調しないでよ」
「見損ないました。軽率です」
「す、すみませんっ。で、でも似ていたように思えてしまったので……」
「そーかも。でも、けっこう違うよね」
「ジャン、立場を考えるであります」
「た、立場……」
「猟兵は、命令を受けるものであります。しかし、我らが忠誠は自発的なもの。猟兵と騎士は、ほぼ同じ存在であります。我らは職業倫理に基づいて、恐怖や痛苦の道を選んだ。受け取るべき対価を、心から信じながら」
「依存は、違うってのかよ?」
「イエス。お前は、その典型的な男。邪悪な行いなしでは、生きられない。シドニア・ジャンパーへの依存を捨てたとき、お前は大義を失うであります。我らは、どんな状況でも成すべきことを成し遂げる。お前は、つまり、命じられて動くだけの道具に過ぎない」
「……オレを、こけにしてやがるな」
「シドニア・ジャンパーや詐欺行為に、お前は依存しているだけでありますよ、家出少年。家出するときは、もう少し可愛らしい行為をするといい」
「キュレネイもね、家出したんだよね。軍隊目掛けて、単騎駆けしてた!!」
「イエス。実に可愛らしい家出でありました」
「価値観が、ついていけねえよ。お前ら、ほんと……どんなバケモノなんだ」
「バケモノではあります。我らだけで、数百人どころか、もう一桁上の敵を混乱に陥れた」
―――黙りたくなかったと、ノヴァークは考えていたのだけれど。
ついその上下の唇は強く結ばれて、唇の下にしわが浮かんでいた。
忠誠心よりも依存心が大きな少年には、この空間があまりにも怖かったのさ。
自分が十人いても勝てない相手に、包囲されている……。
―――依存心だけの少年だとすれば、きっと押し黙ったままだろうね。
でも、ノヴァークにはいくらかの忠誠心があったのは確かだ。
他動的な依存心とは異なる、自主的な忠誠心が。
彼はかつて誓ったのさ、シドニア・ジャンパーの忠誠心に忠誠を誓うと……。
「い、言わねえぞ。オレは、絶対にだ。どんなに強い連中に、八つ裂きにされたってな。シドニア・ジャンパー少尉を、どんな女だと思っている?お前らは、魔王の部下かもしれないが、オレはな……彼女の部下なんだ。彼女が、どれだけのことをしたか?しようとしているのか?わからねえだろ」
「す、すごく。シドニア・ジャンパーのことを、す、好きなんだね」
「悪いかよ、犬野郎」
「う、ううん。すごく、それは、きっと……す、素晴らしいことなんだって思うよ。自分よりも大切なものがあれば、ひ、ヒトって、生きていきやすくなるから。君は、きっと……多くのものを、た、大切には思えないけれど。ひとりの女性のことは、じ、自分より大切だって思えているんだね」
「うるせえ。知ったことか。お前なんかに、答えてやらねえよ」
「素直じゃないんだ。そういうセリフを使う男の子、こないだ読んだ小説でもいた」
「意地っ張りになるのよね。自分に自信がないから、虚勢を張る」
「分析するんじゃねえ。オレは、そんな童貞臭いヤツと一緒にするな」
「いずれにせよ、ノヴァーク。あるいは、マリウス」
「ノヴァークだ。マリウスは、とっくの昔にオレが殺した。あの日だ、ああ、あの日から、お前が言う忠誠心とやらが、きっと芽生えた。依存も含んでいるだろうがな!!」
「立派なものであります。どちらも、ヒトにはおそらく必要。強く生きるために、柔軟に生きるために。お前は、その大切な心の機能をどちらとも、たった一人の女に捧げている」
「うるさい、それがどうした」
「そいつを殺されたくないなら、いくらでも情報を吐くだろうという法則を、私に教えてしまったということでありますよ、ノヴァーク」
―――ノヴァークは、とても怯えたんだ。
全身が鞭打たれたみたいに、強く震えてしまう。
首に力を入れて、何かに備えるような姿勢を作った。
耐える姿勢、何かに耐えるために……。
「忠誠心のある者には、選択肢が許されるであります。誰かのために、喜んで死ねる。誰かのために、何もかも捧げられる。誰かのために、どんな罪でも背負える獣になれるのだ。ノヴァーク。お前は、きっと、この私の無表情に、何かを見つけられるであります」




