第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その九百十九
―――ノヴァークは実にこざかしいところがあり、口とは裏腹に冷静だった。
あちこち視線を慌ただしく動かして、状況把握に努めている。
地上を見つめ、期待してもいたよ。
自分を奪還するために帝国兵どもが、動いてくれるのではないかと……。
―――地上は彼が思うよりもはるかに破壊が進んでいて、士気は壊滅していた。
指揮系統はすでにストレガの双子たちが、仕留めていたよ。
ノヴァークは分析する、この拠点を指揮する者たちの弱点。
それは出世欲と、多様性というものだった……。
―――メイウェイ軍の襲来に備えて、無理やり寄せ集められた組織だ。
士官らは主導権と指揮権争いに、情熱を注ぎ過ぎている。
だからそれぞれが手駒の兵に命じていたんだ、『ライバルを守るな』と。
露骨に言えば、見捨てろと言ってしまっている……。
―――士官という指揮系統の要を、守る力が薄かったんだよね。
『西』の辺境軍において、士官に出世している者には特徴がある。
それなりに強く、槍働きで功績を稼いだ者たちばかりということさ。
彼らは戦闘が起これば、十大師団の者たちとは別に前線に出たがる……。
―――それは名誉ある現場主義者であって、悪いことではないのだけれど。
ライバルが多すぎて、統率に各集団においては。
孤立無援の状況を招き、我々の襲撃時にも各個撃破をしやすくさせた。
悲惨な地上の状況を見つめながら、ノヴァークは舌打ちする……。
「やれ過ぎだろ、まったく……ッ」
「バラバラに、行動し過ぎなんだよね」
「……ガキに、バカにされてやがる」
「あなたも、仲間をバカにしているね」
「仲間なんかじゃ、ねえよ。役立たずどもだ。あいつら、あれだけいて。ろくに抵抗も出来なかった」
「ノー。私たちの攻撃が、圧倒的であっただけであります」
「一瞬で、あそこまで破壊されて……今だって、お前らが空中にいるせいで、消火活動をやれちゃいない。消極的に弓を空に向けて構えているだけでは……何もやれはしないのに」
「ふーん。ちゃんと、私たちが消火活動を妨害しているって、分かっているんだね」
―――そうだ、ターゲットを拉致したのに上空を離れていない最大の理由。
それは帝国兵どもに、食糧庫や宿舎につけた火を消させないためだ。
上空を警戒させ、備えさせる。
あるいはムダに矢を撃たせることで、消火活動がやれなくなるわけだ……。
―――バラバラな指揮系統を、さらに切断してやるように攻撃したことで。
統率力は崩壊しつつあり、消火をするか防戦をするかに迷いが生まれている。
ゼファーは上空を飛び回るだけで、敵の状況を悪化させているわけだよ。
我らがキュレネイ・ザトーの、賢明な戦術というわけさ……。
「こんなに、空を飛ぶということを、利用できるのかよ」
「竜騎士って、そうなんだよ。すごく有能なの!」
「……偉そうに。魔物に頼った、邪道な戦術だろ」
「竜は竜だから、魔物じゃないよ」
『そーだよ、りゅうは、りゅうなんだぞー』
「……どう考えても、魔物だろうが」
『りゅうは、りゅう!』
「魔物に頼ろうとしているのは、そっちのはずなんだよね」
―――ノヴァークはノーリアクションを貫く、いや貫こうとした。
だが、その内心には動揺がある。
ミアはともかく、キュレネイはしっかりとそれを見抜いてしまう。
不自然に押し黙り、ミアの言葉から逃げるように身を逸らしたから……。
―――オペラ座で女優を護衛して、見守って来たおかげだ。
演劇術の基礎を、キュレネイは習得してしまっている。
わずかな動きに、いやわずかだからこそ誤魔化しの利かない動きを。
ルビー色の瞳は、つぶさに観察して感情に翻訳していくのさ……。
「図星を突かれると、態度に出るものであります」
「詐欺師らしく、嘘をつこうとしているってこと?」
「クズ野郎らしいですね。人道を外れた者は、正しい道を進めない」
「……うるせえよ。情報を口にしないのは、正しいだろう。お前ら、敵なんだから」
「それはそれで正しいであります。しかし、小僧」
「誰が、小僧だ」
「本名は、マリウスだった。それでいいでありますか?……ああ、黙らないように。ナイフでチクっと刺すことになる」
「ふざけんな。くそ、くそ。どうなってる……」
「お兄ちゃんがね、教えてくれたんだよ。すごい呪術師でもあるの」
「……呪いで、オレを……探った……」
「ホッとしているであります。つまりお前は上司を庇えると感じ取った。こちらの捜査は特殊なものであり、人間関係を攻略したものではないと。そこは、評価してやろう」
「……頑張りがいが、あるってことだ」
「賢いであります。そう、努力は許される。拷問に耐えて、肉を潰し、骨を切られる音と痛苦に耐えながら、シドニア・ジャンパーのために無言を貫くのも、愛情であります」
「え、えぐいですけど。せ、戦争なので。覚悟してて、く、くださいね」
「……うるせえ。オレは脅しには屈しない」
「必要なら、いくらでもやってしまうであります。私は、とくに。情緒的な葛藤が少ない、『危険な子』でありますので」
―――我らが『番犬』、キュレネイ・ザトー。
ソルジェに、『貴方のための残酷だ』と主張した乙女だ。
ノヴァークが犯罪と戦乱の現場で、主に愛を見つけたように。
キュレネイもまた似た部分が、確実に存在していた……。
「忠誠心は大切であります。私は、ソルジェ・ストラウスのための残酷であります」




