第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その九百十八
―――束縛されるまで、十秒もかからない。
我らがキュレネイ・ザトーの拉致技術は、何とも手早いものだからね。
縛り上げられたノヴァークは、すぐにゼファーの背の上だ。
ジャンや双子たちも、計画通りのタイミングで戻って来てくれる……。
―――『巨狼』に化けたジャンに、二人して乗っていた。
弓で手当たり次第に殺しながらもね、敵の包囲は完成しつつある。
問題はなかったよ、壊れた家屋を踏み台にして飛べばいい。
ジャンは長大なジャンプの果てに、ゼファーの背へと飛びついた……。
『みんな、のったね!!』
「うん!!ゼファー、飛び立てー!!」
『えへへ!!らじゃー!!』
「う、うおおおおおおおお!!?」
―――ノヴァークは恐怖に震え、情けない叫び声を放った。
空を飛ぶことを喜べない者は、一定数いるものでね。
誰もがソルジェのように、空を無条件に好むわけじゃない。
ストレガの双子たちでさえ、最初は空に恐怖したのだから……。
「お、落ちる……っ」
「落ちないよ。敵の矢も、もう届かない高さだ。夏の日はね、上昇気流が元気なんだよ」
「風を、読み解いてるってのか……」
「イエス。ミアは、最も新しい竜騎士であります」
「竜騎士は、赤毛のソルジェ・ストラウスじゃねえのかよ」
「それは、私のお兄ちゃん」
「お前、ケットシーで」
「関係ないであります。ミアは、我らがソルジェ・ストラウス団長の妹。文句があるでありますか?」
「な、ないよ。ないから……」
「ならば、黙っておくであります。突き落としたくなってしまうので」
「……そんな気、ないくせに」
「試してみるには、悪くない日差しであります」
「や、やめろよ。無表情で脅迫するの、怖いんだから……あ、ああ。ちくしょう。マジで、飛んでやがるのかよ。この高さ……正気かっ」
「こ、コツは、あれです。し、下を見ないことだよ」
「お前も、捕虜か?」
「え、えええ!!?ほ、捕虜なんかじゃ、ありませんよお!?」
「ジャンさんは捕虜じゃなくて、猟兵のひとりだよ」
「とても強い、『狼男』なんです」
「……情報は、あったな。だが、マジか……こんな、冴えないヤツが?」
「失礼な子。ジャン、ぶん殴ってもいいよ」
「い、いえ。そ、その。ボクが本気で殴ってしまったら。げ、原型をとどめないことになりかねないから……っ」
「……言ってくれるぜ。だが、そう、だな。『呪われた血』は、バケモノじみた筋力に恵まれると聞く」
「呪術師らしく、くわしいであります」
「オレが、呪術師だと?」
「イエス。詐欺師でもある。お前のしてきた行為は、こちらも把握済みであります」
「……そんなはずは、ねえ」
「競馬新聞で詐欺を働いている。架空のレースまで作り、お前は、帝国兵どもが命懸けで稼いだ金を奪い取っているであります」
「……なんで、そこまで知ってやがる……い、いや。そうか。さっきから、アタマの奥で、何かがごちゃごちゃと……しゃべるような感覚は……ストレスじゃなく」
『それは、『どーじぇ』のじゅじゅつだよ』
「……ドージェ、だと?」
「私たちの兄、ソルジェ・ストラウス兄さんのことだよ」
「お前を呪いで追跡していた。竜の……魔眼の力からは、逃げられない」
「合点がいった。そうか。つまり、オレは……やらかしたわけじゃない」
「ええ?拉致られているのに?」
「これからソルジェ・ストラウス団長のもとに、連行するであります」
「……落とされて、死ぬよりはマシだ。そう思えば、ちょっとは覚悟もしやすくなる。お前ら……ほんと、ヒデー連中だぞ。オレが目当てというだけなら、こんなに……」
「戦争であります。可能な攻撃目標は、出来るだけ叩いておくのが定石。違和感があるでありますか?私たちが、お前の仲間である帝国兵どもを十数人また殺したぐらいで。詐欺師のお前は、痛くも痒くもないはず」
「クズに、くわしいつもりかよ」
「イエス。ヴァルガロフの地下水道で育った女は、誰よりも悪党に詳しい」
「……ヴァルガロフ生まれか。くそ、くそ!!少尉が、大嫌いな街の生まれに、拉致されるなんて……」
「ほんとうに、仲間のことを考えてないんだね」
「落としてやりたくなる態度とだけ、伝えておきます」
「うるせえ。オレは、連中の仲間じゃない。オレは……オレの仲間は、少尉だけだ」
「シドニア・ジャンパー。その名前を、ばれているであります」
「……違う少尉だ。シドニア・ジャンパーなんて、知らない」
「ノー、嘘が下手であります。お前の行動は、とっくに……バレているし、団長の呪術の力を推し量ろうとしてもムダであります。竜の力は、読めない」
『そうだぞー。りゅうとりゅうきしのちからは、おまえなんかにはわからないんだ』
「……魔物のくせに、しゃべんじゃねーよ。くそ、クソ。役立たずの帝国軍どもめ。オレを、守ってみせろよ!!」
「にらみつけれるなんて、性格悪いんだね」
「帝国兵どもにも、お前とは異なり抵抗の意志を示した者は大勢いた」
「知ったことか。オレは、べつに……帝国軍の仲間だったつもりはない」
「そ、それは、都合が良すぎるよ。帝国軍に、ね、寝返ったような立場だって聞いている」
「オレは、最初から……っ。シドニア・ジャンパー少尉のためだけに、働いているだけだ。それなのに。くそ。オレを、オレを、どうする気なんだよ、お前ら……っ」




