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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その九百十六


―――声さえも切り裂くような、疾風の残酷さだよ。

加速したミアの速さに、すべてが置き去りにされる。

帝国兵は一瞬で懐に入られて、剣でミアを斬ろうとする。

しかし、その斬撃が通り過ぎた場所にいたのはミアの影に過ぎなかった……。




―――空振りしたというよりも、空振りを強いられたんだ。

ミアは武術の達人ではあるものの、腕力だけなら目の前の男にも負ける。

だから工夫を使う必要があるんだ、ミアの技巧は常に幾重の力学で編まれている。

囮であり誘いであり実際の攻撃であり守備でもあり、精神的であり物理的な戦術だ……。




―――ヒトの『動き』を分析するために必要なのは、四つの要素でね。

『質量/重いか軽いか』、『時間/短いか長いか』。

『空間/内向きか外とつながっているか』、『流れ/文脈』。

古来、確立されている動きの分析の方法だよ……。




―――どんな武術のコーチでも知っているだろうし、知らなくても実践している。

それだけ普遍的であり、けっきょくはこれらの四つの要素に分類されるんだ。

ミアはそれら四つの要素を、すべての動作で同時に使いこなしている。

軽い動きを見せた、跳躍の軽やかさから敵はミアのサイズを見失っている……。




―――同時に軽さから重い動きにも変わった、急に止まることで動きが読めなくなる。

ミアの動きは常に細かく変わるけれど、右に動いた時間は短くて。

左に動いた時間は長かったから、予想を立てにくくなる。

力をため込むために全身の関節を閉めて、小さくなった次の瞬間は逆をやった……。




―――全身の筋肉と関節を解放して、飛び跳ねていたのさ。

『流れ/文脈』は、ゼファーと他の猟兵たちの襲撃と連携しつつ。

単騎で仕掛けているような、矛盾性も持っている。

ミアはキュレネイとゼファーに合図も送っているよ、目立てとね……。




―――それだけで敵はすでに意識の何割かを、持ち去られているんだ。

ミアだけに集中すべきなのか、ミア以外にも集中しなくてはならないのか。

四要素の順逆、つまりは八種類の使い方の魔法を動きに重ね合わせている。

だからこそ、それをやられると達人だってついていけないのさ……。




―――古典的で誰でも知っている、実にありふれた『動き』の法則性。

それをミアは巧みに折り重ねて、敵と自分と周囲のすべてに振りまいた。

敵はミアに無限の可能性を見せられる、どう動くのか見当もつかないわけじゃない。

あまりにも多くの可能性を見せつけられているから、圧倒されるのさ……。




―――斬撃は無慈悲なまでに、しかし慈悲深く痛苦の時間を刹那に短縮した。

敵兵の首はナイフにかき切られて、ミアの好戦的な笑顔を見ながら絶命する。

飛び去ったミアの影のとなりで、血を噴きながら死者へと落ちる。

膝から崩れ落ちていく敵は、すぐさま意識を失った……。




―――考え方はさまざまあるけれど、死に行く瞬間はどうあるべきだろうか。

それぞれの思想と価値観の領域には、もちろん踏み込むような無作法はしたくない。

でもね、ただの戦士が戦場で感じ取る率直な一般論として。

長く苦しむよりは、きっとマシなんだよ……。




―――刹那の苦しみのなかで、究極の武はあまりにも優しく見えた。

血の雨自体は壮絶なもので、周囲に集まる帝国兵どもを射殺す猟兵の技巧は残酷だけど。

少なくとも、ミアのナイフはここで起きているあらゆる殺りくのなかで。

いちばん安らかなものだったというのは、おそらく確かなのさ……。




―――『巨狼』に噛み殺されて壁に投げつけられる者が、潰れる音がした。

ノヴァークは理解が追いつかない、猟兵の力がどれだけのものか。

『プレイレス』での戦闘で、遠くから見ていたはずなのに。

近くで体験している今は、あまりにも恐ろしいものだったようだ……。




―――しょうがないよ、大陸最強の猟兵である。

逃げようとした、それは正しいけれど。

我々を相手にするときは、まったくもって成功の見込みなどない。

『パンジャール猟兵団』と戦うのなら、あきらめなくちゃならないことは多い……。




「た、助けて―――」

「イエス。逃げなければ、脚も腕も切り落とさないでいてやるであります」

「な、なんだと……っ」

「選ぶであります。クソ詐欺師野郎には、同情すべき理由もない」




―――殺さなければ、別にどうでもいいからね。

腕や脚が二つか三つなくなったとしても、口があれば話せるのだから。

キュレネイ・ザトーは信頼を裏切る者が、心から嫌いだ。

『番犬』、裏切り者を殺す役目を自らに背負った乙女の瞳は氷より冷たい……。




―――ノヴァークは理解した、無表情のルビー色の瞳の温度をね。

だから、彼らしく正しく行動した。

武器を捨てて、その場に伏せた。

降伏の姿勢をして、生きることを望んでくれたのさ……。





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