第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その九百十五
「『いい犬たちだ!ヴァルガロフにも闘犬の文化があったが、『西』の猟犬たちは素晴らしいパートナーらしいなぁ!』」
「具体的に、どのように貢献したんだろう?」
「敵の追跡や、早期発見。そして、時には攻撃にさえも使われるものです。呪術によって改造された猟犬は、主に対して誰よりも忠実な道具になる」
「道具、か。ドライな言い回しではあるが、その評価に相応しい行動なのだね」
―――メイウェイにも動物愛がある、とくに馬に対してのものが。
騎兵として長く生きて来たから、馬という戦争の消耗品に対しての哲学がある。
馬がどれだけ忠実なことか、それは普通の猟犬にだって劣らない。
しかし、呪術でまで強化すれば『何』になるというのか……。
―――メイウェイは理解しているよ、『ユニコーン』になるのさ。
呪術錬金術で兵器化された存在、それがディアロスの『ユニコーン』。
猟犬もまたそれに近しい様式の果てに、強化されるというわけだよ。
メイウェイはその猟犬たちを、魔犬のように考えている……。
―――その認識は、実に的確なものだと言えたね。
『トゥ・リオーネの猟犬』たちは、魔犬のように優秀であったし。
魔物を見つけ出してくれる、強力な猟犬だ。
それを使いこなし、シドニア・ジャンパーは……。
「『魔物を呪術で縛り、竜対策として使う気らしいぜ』」
「……ストラウス卿、嬉しそうだね」
「『もちろんだ。戦ってみたい。戦士としての本能だ。強い魔物と、殺し合う。最高に楽しい時間じゃないか』」
「気持ちは、分かる」
「『そうだろうな。メイウェイ、お前は名誉や武勇に飢えている』」
「すでに、それなりの名誉はあると思っているんだが」
「『それ以上が、欲しいのさ。戦士というものは、そういう生き物じゃないか』」
「戦場にいれば、たしかに。その願望からは逃げられない」
―――英雄たちは、非常識なところがあるものだった。
呪術で強化された魔物と、戦いたがっている。
自分の英雄譚の一部に、コレクションしておきたいのさ。
プレイガストは目の前の血に飢えた英雄たちを、ありがたく思っていた……。
―――『トゥ・リオーネの猟犬』にも、呪術に操られた魔物にも。
恐怖を抱かないなんて、とんでもない精神力であり自信だった。
レビン大尉と比較してしまうのは、レビン大尉にはかわいそうなことだね。
だが、プレイガストはそれをしてしまう……。
―――レビン大尉が英雄になれないのは、究極の勇気と自信を持たないから。
そして、明確な実力不足でもある。
だが、実際のところ力よりも自信の方が深刻かもしれない。
体格だけならばソルジェにだって、彼も負けちゃいないけれど……。
「『楽しみだ!!シドニア・ジャンパーの呪術で、操られた魔物とやら!!』」
―――天地がひっくり返っても、レビン大尉には無理な発言だっただろう。
ソルジェは本心で、待ち望んでいるのだ。
困ったことではあるけれど、それがストラウス家に生まれた者の宿命なのさ。
『戦場で死に、歌になれ』なんていう一族は異常ではある……。
「つまり、シドニア・ジャンパーは……少尉は、竜対策のための魔物を?」
「ああ。オレたちのシドニア・ジャンパー少尉が、竜を倒す魔物を手に入れる」
「……魔物に、魔物を狩らせるのか……だが。その猟犬たちは……お前が?」
「手配したのは、オレだ。『西』の生まれだから、金を使えば、猟犬をそろえられる」
「裏切り者だな、お前は」
「裏切りが、悪いことか?オレはな、人生をぶっ壊されながら、理解したんだ。自分が本当に、選ぶべきものが何であるのかを」
「……シドニア・ジャンパーは、どこに?」
「言えない。特別な軍事作戦の最中だからな。言えるわけ、ないだろ?それに……」
「知っちゃいない、わけか?」
「……そうだ。悪いか?」
「『嘘が下手だな。オレには分かるぜ、ノヴァークよ。お前の拗ね方には、特徴がある。詐欺師らしく、普段から被害者面だが。自分の評価を下げるような演技に、苦痛を伴うのだ。お前にとって、シドニア・ジャンパーはとても大切な女か。ああ、分かるぜ。愛しい女のためなら、名誉が傷つくことも厭わないと、本気で信じたがるものだ。実際は、難しいことだがな。とくに、お前みたいなガキには』」
「とにかく。シドニア・ジャンパー少尉と、レヴェータ殿下を信じろ。竜だろうが、メイウェイだろうが、倒すさ」
「……選ぶぞ。オレは、レヴェータ殿下を信じる」
「それでもいい。構わないさ。オレたちの旗印は、殿下になるんだから」
「……裏切るなよ。オレたちを」
―――シドニア・ジャンパーは、名誉を失いつつある。
戦場でウワサが広まるのは早く、とくに悪評の場合は確実なものだ。
誰もが犬死にしたくないから、良い情報にも悪い情報にも敏感になる。
情報工作は『西』の帝国軍全体を蝕み、ボクらに有利な状況を作りつつあった……。
「『さて。そろそろ、こちらも動くとしよう。ノヴァーク。ノヴァーク、お前と、直接会うのが楽しみになった。ゼファー、キュレネイに伝えろ』」
『おっけー!『どーじぇ』からの、めいれいを、つーたえるねー!!』
―――キュレネイ・チームは、とても忙しかった。
帝国兵への攻撃を繰り返し、戦力を削ぎ落す。
そして、追加されたオーダーにも応えてくれたわけだよ。
ノヴァークと帝国兵どもには、地獄の時間の始まりだった……。
―――帝国兵どもの詰め所であった酒場、その近くにあった食糧庫が爆発する。
ゼファーの『火球』がそこを直撃したのさ、威力は控え目であったけれど。
十分だ、引火すれば小麦粉の袋も倉庫だってあっという間に火の海だ。
その爆撃の音に酒場が揺さぶられた直後、ゼファーが酒場に着陸する……。
『ちゃーくち!!あははははは!!』
―――天井を貫き、壁をなぎ倒しながら。
愛らしく笑う我らが黒き仔竜は、ターゲットを捕捉する。
『ドージェ』から魔眼を伝って見えていた通り、ノヴァークがいた。
恐怖で腰を抜かす彼と、酒のおかげで恐怖を克服した帝国兵が……。
「りゅ、竜が……ッ」
「蛮族連合め、仕留めてやるぞ!!」
「ば、バカ。やめとけ―――」
「―――逃げられる相手なら、逃げる!!逃げられないなら、戦うのが兵士だ!!」
―――ああ、我らがミア・マルー・ストラウスは喜んでいたよ。
勇敢な戦士と戦い、その手に掴む鋼で殺すことは何よりの名誉だ。
ストラウス家に生まれなかったとしても、運命がストラウス家に導いた少女。
ソルジェの妹らしく、ゼファーの背から飛び降りる……。
「勝負だよ、オッサン!!私の名は、ミア・マルー・ストラウス!!ストラウス家の竜騎士だ!!」
「小娘であろうとも、容赦はしない―――」




