第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その九百十四
「ヒトの持つ戦い方では、後手に回るだろう。だからね、シドニア・ジャンパー少尉は、ヒトの持つ力を超える方法を、きちんと見つけているんだよ」
「もったいつけるなよ。あの竜を、どうにかしなければ。メイウェイの軍を止められそうにねえ」
「呪術で、魔物を操る。向こうも、それをしているだろ。竜という魔物を、呪術で操っているんだろう」
「ま、魔物の、兵器化というわけか」
「『オレは呪術でゼファーを操っているわけじゃないぜ。竜に共に在ることを認めてもらえたから、一緒にいられるというだけのことだが。まあ、そこらについては語るまい』」
「魔物の兵器化、か。いい案とは言えないが……」
「『対策としては、悪くない。魔物を不用意に使えば、痛い目に遭うというのがオチではあるが。その種の挑戦が、上手く行ったという試しを聞いた記憶はないが』」
「ほかに手段がなければ、選ぶだろう。私だって、竜と戦うことを考えれば、既存の戦術だけで挑もうとは思わない」
―――評価されることを、ソルジェはもちろん好むよ。
とくに竜や、猟兵たちを評価されることは自分を褒められるよりも嬉しいほどだ。
だからこそ、メイウェイの評価の言葉には感動さえ覚えそうになる。
あのメイウェイに、『正当な戦術』だけでは勝ち目がないと称えられたのだからね……。
「『西』には、魔物が多く住んでいる。『プレイレス』のように、魔物退治の文化があったわけじゃないし、都市国家の戦力では、それを成し遂げられなかった。もちろん、帝国軍だって、魔物退治は限定的にしか、この土地で行えちゃいない。この土地の魔物は、それなりに強いからね。ときに、軍隊だって圧倒するんだ」
「それは、分かっている。輸送部隊を襲われて駆り出されたが……」
「返り討ちにされただろ。『西』の民に訓練を施された、特殊な猟犬だけが、魔物の探知を確実に行える。君たち帝国兵は、率直に言って、この土地の人々からは嫌われているからね」
「貸しては、もらえなかったな。取り上げたところで、犬は、飼い主以外には懐かない」
「とくに『トゥ・リオーネの神々』の土地においては、猟犬という存在は、特別なんだ。他人に貸すなんて真似は、やらないよ」
「……お前、その言い方ということは」
「そうだ。現地採用の人員だ。シドニア・ジャンパー少尉自身に、取り上げられたから。こうやって彼女のために働いている」
「そうかよ。どうりで、色々と詳しい。お前、魔物退治に軍が向かったとき、助言はしなかったのか?」
「その場にいれば、当然、言うべきことは言っただろうさ。だが、オレはその場にいなかっただろ?いたのか?」
「いいや。いなかった。すまん。すまんな。戦友を、魔物の掃討作戦で亡くしてしまっているんだ」
―――『西』の土地の、特殊な猟犬文化。
それが魔物退治には、不可欠なのだと言う。
独特な呪術の存在も、大陸北西部の文明の系譜を継ぐからだろうか。
ユニコーンほどではないだろうが、この地の猟犬は特殊らしい……。
「『プレイガストよ。この土地の猟犬について、詳しいか?』」
「もちろん。この土地の猟犬は、呪術を与えながら育てる。私の初期の研究テーマでした」
「呪術を与えながら……?それは、どうやると?」
「呪術を刻んだ肉や血を食わせながら、通常の訓練も同時に行っていく。仔犬のころから、しっかりとそのどちらもやり遂げると、『トゥ・リオーネの猟犬』の完成というわけです」
―――いびつではあるが、有効そうなハナシではあったよ。
呪術で歪めてしまった猟犬は、普通の犬の範疇を超えてもおかしくはない。
ソルジェも気づいている、この漁村に近づいたときに見たのさ。
やけに統率の利いた猟犬たちが、村を守るように徘徊していたからね……。
「『そいつは、実に頼れる猟犬たちだな!』」
「ええ。頼れますとも。魔物狩りをするときには、特別に」
「戦にも、使えるのかな?」
「もちろん。使っていますとも。帝国軍の侵略を止めるほどには、決定打にはなりませんでしたが。根絶やしにされず、生き残る程度には、『西』の諸都市国家の戦力に貢献したというわけです」




