第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その九百十三
―――ノヴァークは詐欺をするのが、楽しくて仕方がない。
愛しい運命の悪女、シドニア・ジャンパーの願いのためでもある。
それ以外については、どうでも良くなりつつあった。
それほどシドニア・ジャンパーを愛する彼は、酒場の悪口に過度な対応をする……。
―――帝国兵にケンカを売り、結果として打ち負かされたのは数十分前のこと。
レヴェータの生存を偽りながら、口車に乗せて窮地を逃れつつある。
帝国兵はレヴェータの生存を、信じようとしていた。
巧みな話術というものは内容よりも、態度と演技で構成されるものだから……。
「レヴェータ殿下が、軍をまとめてくださる。『西』に取り残されているオレたちの、絶対の指導者として。オレたちには、まとめ役がいるだろ?……東から、蛮族連合が攻め込もうとしているのなら、とくに」
「それは、そうだ……現状は、極めて悪い。メイウェイは、恐ろしく強いぞ」
「知っているよ。第六師団で、アインウルフ将軍の片腕だった男だ。そのアインウルフ将軍だって……」
「蛮族連合に寝返ったというハナシなら、オレは信じないからな」
「信じなくても、別にいいよ。メイウェイが蛮族連合に合流した最大の理由が何なのかを考えれば、答えはあんたにも分かるだろう」
「……それでも、信じねえぞ。オレはアインウルフ将軍のファンなんだ」
「そうか。それでも、いい。問題は、つまり、メイウェイの方だからだ」
「どうにかしなくちゃならん。今こそ、動かなければならないのに。まとまりが……」
「信じろ。皇太子レヴェータ殿下を旗印に、オレたちが結束すれば、蛮族連合にもメイウェイにも負けない」
―――帝国兵どもは、不安なのだよ。
強烈なメイウェイの進撃に蹴散らされて、反撃のために敷いた最終防衛線も。
ソルジェたち『パンジャール猟兵団』の合流により、打ち破られている。
破壊工作もたっぷりとだ、夜襲のための戦力は瓦解し……。
―――シドニア・ジャンパーの悪い噂も、流れている最中だ。
『西』の帝国兵どもは、何でもいいから自分たちの『中心』を求めている。
レヴェータという権力者なら、問題はない。
『プレイレス』で行った数々の悪事も、『西』の帝国兵どもは知らないからね……。
―――帝国軍内部が『自主的に流布した』、雄々しく戦ったあげくに戦死した。
その種の名誉に飾られた嘘を、末端レベルの帝国兵どもは半分以上信じている。
皇帝ユアンダートへの敬愛は、陰りつつも存在していた。
それに、不安だからこそ盲目的に頼れる何かを探すものだ……。
「レヴェータ殿下の、兵になりたいという願望はあるだろ?」
「……もちろんだ。シドニア・ジャンパーの部下には、なりたくないが」
「大きな誤解があるようだが、少尉よりも殿下の部下になれば将来安泰だという理屈として、怒らずに聞いてやることにするよ」
「レヴェータ殿下は、どこに?」
「極秘事項だ。オレだって知らないさ。シドニア・ジャンパー少尉と、彼女の集めた傭兵部隊が匿っておられるから、安心するといい。じきに、立ち上がられるだろう」
「そうしてもらわないと、我々はメイウェイに血祭りにされかねん。あいつは、今朝まで『ペイルカ』にいたはずなんだ。それなのに……」
「安心しろ。殿下の軍になるということは、帝国本国からの援軍も、速やかに駆けつけてくれるということだ」
「挟み撃ちか。それは、実に……」
「戦果を挙げられそうだろ?ベテランの兵士なら、考えているはずだ。故郷に豪邸を建てるための大きなチャンスが、戦場には転がっているのだとね」
「生き残るためにも、帝国市民権のためにも。故郷に残した家族のためにも、大金を稼いでおきたいんだ。いつまでも、若くはない。年を取れば、戦争もやれなくなる。このままでは、故郷に戻ったところで……」
「あんたの父親や叔父たちと同じように、農夫に戻る。貧乏な」
「知らないだろうに。オレを、オレの故郷を」
「日に焼けた肌と、土仕事に枯れた爪を持っている。どこの土地でも、農民出身者は分かる。大差ないだろ」
「お前は、違うようだがな。商人の息子あたりだろ」
「そうだ。きっと、商人の息子も、大差ないんだろう。この世のどこでも似たようなヤツばかりだ。とにかく、信じろ。最後のチャンスだぞ」
「……オレは、帝国兵だ。信じるも何もない。戦うだけだ」
「少し士気に不安を覚えるが、納得してやるよ。皇太子レヴェータ殿下の家来として、オレたちはチームなんだからな」
「『そいつは分かった。お前の詐欺の手口や、ハッタリの使い方も。なかなか意地の悪いヤツだが、お前程度のガキにしては、よくやっている。褒めてやるから、オレに教えてくれ。教えてくれるなら、その目の前のお前をまだ信じ切れてない兵士を、確実にお前の仲間にしてしまう魔法の言葉を教えてやるぞ』」
―――『アドバイス』を心の内側から聴きながら、ノヴァークはうなずく。
自分の言葉の弱さと、虚構を見抜かれるリスクに彼は内心恐れを持ってもいたから。
ソルジェは、同意してくれたノヴァークに対して。
呪術のつながりをつかいながら、囁いて教えてやったんだ……。
「レヴェータ殿下は、最高の呪術師なんだよ。彼なら、彼なら。竜騎士ソルジェ・ストラウスさえも倒せるんだ」
「『嘘だがな。ヤツは、オレもゼファーも倒せなかった。だが、その男に希望を抱かせてやったはずだぞ』」
「竜騎士を、倒せるのか……それは、それは、非常に、ありがたい。最悪の戦況になれば、西に逃れ、山を使った籠城戦しかない。そのとき怖いのが……空を飛ぶ、竜。山の砦のアドバンテージが、消えてしまうからだ。頼む。教えてくれ。嘘じゃないなら、どんな呪術を使って、竜騎士を止めると言うのだ!?」




