第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その九百十二
「呪術は最初から用意されている。だからこそ、ライザ・ソナーズ中佐の復活は、とても容易いものになるでしょう」
「……それが、専門の呪術師の意見というヤツか」
「意見というよりも、事実ですとも。私たちは、祭祀呪術の運用者になる」
「気に食わない、発言だぞ」
「私たち、ではまずいでしょうか。つまり、その」
「シドニア・ジャンパー少尉が、すべての中心にいるってことを、忘れてもらっては困る。お前たちは、かつてと同じように、断片的な立場だ。主導権を取るのは、こっちなんだよ」
「しかし、私たちの協力がなければ―――うう!?」
「脅迫なんて、させないでくれよ。オレはね、もう少しスマートな悪人であるつもりなんだ」
―――ずいぶんと手慣れた犯罪者になりつつある、それなりの場数を踏まされたのか。
ライザ・ソナーズが死んでからの数日間、ノヴァークも濃密な時間を過ごしたらしい。
ナイフを呪術師の首に突き付けて、切っ先で皮膚を弾かせるように傷つける。
わずかな血ではあるが、痛みを伴う出血だったよ……。
―――亡命呪術師たちは、認識をあらたにしている。
この目の前にいる少年を軽んじては、命がなさそうだと。
彼らは彼らだけで集まり、情報を共有することを禁止させてしまったよ。
もしもそれを許せば、祭祀呪術の詳細をより理解してしまうからだ……。
「若いからって、舐めるんじゃないぞ。呪術をオレに対して使おうとすれば、全員、片腕を切り落としてやるからな。脅しじゃないってことを示すためにも、今ここで」
「や、やめてくれ!!わ、私の指に……っ。た、頼みます。逆らわないから。これまで通り、ちゃんと、働くから」
「分かったよ。ちょっと残念だけど、勘弁しておいてやる。だから、さっさと」
「わ、分かった。それぞれの部屋に、向かうとしよう」
―――呪術師の道は、呪術師に聞くべきってことだろう。
シドニア・ジャンパーの指示の通りに動くことで、ノヴァークは主導権を握れた。
分散された宿舎のあいだに連携はなく、ノヴァークは呪術的知識を独占できる。
彼自身はまだ呪術師としての腕は未熟であり、他の詐欺師事にも多忙であったが……。
―――情報を編集する力については、すでにかなりの腕前になっている。
詐欺新聞を構成できるほどだからね、良くも悪くも手慣れていた。
祭祀呪術がどのようなものかを、ノヴァークは学ぶ。
複雑怪奇に組み立てられたそれは、彼の若い知的好奇心を満たしていった……。
「千年前か、それよりも古い時代の呪術のくせに。なんて、洗練されているんだろうな。ちいさな呪術だ。とてつもなくちいさくて複雑な呪術の連鎖が、反響し、共鳴し合うようようにお互いを増幅していくってことか」
―――その情報を、研究者たちは断片的にしか理解できていなかった。
レヴェータの狙い通りであるし、レヴェータの行為を継承した詐欺師どもだけが。
正確に祭祀呪術の巨大さを、把握していく。
『プレイレス』の各都市のあいだにもあったように、世界の文脈がこの地にある……。
「生贄の主体となったエルフ。他の都市国家のエルフ氏族全体にまで、呪術が及ぶような仕組みになっている。『トゥ・リオーネの神々』全体を、つなぎ合うような仕組みってわけか。こんな壮大なスケールでありながら、稼働している呪術の……それを動かしている魔力そのものは、とてつもなく精密だ」
―――彼はいい教育を受けていたから、情報を組み立てる力も。
祭祀呪術について、知的な考察を行えもする。
とくに数学的な素養の高さが、この分析には有効だったらしい。
数式を頼りにすることで、祭祀呪術のデザインに想像がつくようだ……。
「『賢いガキって、ことでいいよな?』」
「そうですね。まさに、賢いガキ。自分がどのような危険な呪術に接しているのか、徐々に分からなくなっているのでしょう」
「力に溺れている、と?」
「『もっとポジティブなものだろうぜ。本人としては、自分の力が強化されていくような感覚を楽しんでいるだけに過ぎない。無邪気なもんだぞ』」
「それがまた、無知であることの証明にもなりますよ。祭祀呪術の計算式で、その祭祀の規模を把握しているハズなのに。数千から、数万人の魂を、捧げるようなデザインです。虐殺を計画する必要だって、出てきています」
「その代わりの、戦争か」
「呪術の媒体を、探るべきです。おそらくは……いいえ。決めつけてしまうのは、よくありませんね。ストラウス卿、ノヴァークから」
「『ああ、続きを引き出そう。こいつは、おそらく、口を滑らせてくれそうだ』」




