第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その九百十一
―――レヴェータとライザ・ソナーズの指輪は、愛とか執着とか。
そして強烈な古い呪術で、結ばれていたようだ。
指輪だけじゃないかもね、ありとあらゆるプレゼントが呪術で汚染されていたかも。
おぞましい行いなのか、そもそも愛ってそういう恐ろしい側面があるような……。
―――愛と呼ぶべきなのか、社交界の花のような二人の間を結び付けていた存在を。
世の中はあまりにも複雑で、男女と政治的・経済的利益の間は混沌そのものだった。
詩人が永遠の時間を使いながら、酒場で無限詩を作って歌うのも分かるだろう。
興味深くはあるよ、あらゆる恋人たちのあいだにある関係性ってものが……。
―――酒場はとくにいいよ、理性をオフにしてもいい場所だからね。
誰もがかぶっている仮面や、理性や倫理や文化的な抑制ってのも外れてしまう。
いつかロロカ・シャーネルは、予言していたものさ。
表情や態度さえも、符号化して記述する評価の仕組みが成り立ちそうだと……。
―――芸術への攻撃でもあるような気もするけど、賢者の言葉は正しいものさ。
数十年、あるいは数百年の先には符号化された評価によって。
皇太子レヴェータと『奴隷貿易の女王』ライザ・ソナーズの愛も、分析されるかな。
破滅的な恋愛の歌が、分析なんかに引き裂かれるのも哀しくはあるがね……。
―――賢者の言葉は、いつか時の蓄積が叶えてしまうものだ。
我らが最高頭脳、ロロカ・シャーネル大先生さまが言うなら間違いない。
解剖学と心理分析の合わせ技が、仮面じみた恋愛を紐解くのさ。
だが、まだボクたち詩人が創作する予知のある時代なのだよ……。
―――ボクが予想するに、レヴェータは間違いなくライザ・ソナーズを愛してはいた。
ただし捧げるタイプの愛ではなく、見返りと依存を求めるような愛だ。
支配したいだけ、とも言えるかもしれないシロモノだったろう。
オモチャあつかい、奴隷あつかいという評価だって相応しいかもね……。
―――逆らわない永遠の純愛があれば、レヴェータは人の道の範囲にとどまれたかも。
しかし、そんな純愛なんてものは王侯貴族の愛の現場には欠片もない。
ああ、たまにはあるかもしれないけれど。
ほとんど愛などありはしない、ボクとクラリスは特別枠さ……。
―――母親が父親を暗殺しようとして、逆に殺されてしまったからか。
男女の恋愛に対して、レヴェータは何やら理想が高くなっていたんだよ。
絶望的に酷い恋愛の末路みたいなものを、目の当たりにしたというのに。
理想を低くするどころか、逆に高めてしまうのは彼の『歪み』かもね……。
―――『取り返さなくちゃ』、なんて幼稚で傲慢な叫びがあったのかも。
レヴェータにとって、父親殺しを企んだ母親の返り討ちによる死亡ってものは。
修正したい何か、なかったことにしたい痛み。
そういったものであったのは、おそらく間違いがなかったんだ……。
―――ライザ・ソナーズの愛情が、真実に満ちていれば。
何かしら現実は変わっていたのかもしれない、少なくともヤツ自身は満たされた。
だけど恋愛はひとりじゃできない、相手がいるんだよ。
レヴェータは純粋な愛を独占できなかっただけで、暴挙に走った……。
―――殺して奴隷にしようとしたんだろうね、でも不思議なことに。
『死体人形での理想の夫婦ゴッコ』までは、しなかったんだよね。
愛が冷めてしまっていたのかもしれない、裏切りに傷つけられて。
恐ろしい愛情だし、身勝手極まりない押し付けだったものの……。
―――レヴェータの恋愛は、理想とは程遠い何かだった。
酒場で歌うとするのなら、どう考えたって悲しみの物語になる。
偽りの愛され方しか、与えられない哀れな男。
怒りに任せて、愛しいはずの女を殺す……。
―――愛しているのに、殺せてしまうなんてね。
逆らわない人形にすれば、幸せだと本気で思ったのかもしれない。
逆らわない死体人形は、きっとレヴェータを傷つける暴言も態度もないだろう。
だけど、得られるものがあるとは限らないよね……。
―――空虚な何かを悟ったから、『死貴族』を戦力として使ったとしても。
ライザ・ソナーズを復活させて、恋人にしようとはしなかった。
殺したときに、何かを悟ってしまったかもしれない。
壊すことや壊れることで、本当に自分が大切にしているものが分かるものさ……。
―――ライザ・ソナーズの血に染まった死体は、思っていたほどの愛を想起しない。
レヴェータがやらなかった理由は、価値や意味がその行為に乏しいと思ったから。
大した成長だよね、本当に身勝手ではあるけれど。
レヴェータは悟った、自分が『自由』であるための方法のひとつを……。
―――他人に縛られないことさ、ヤツの恋愛には欠片もなかった。
ライザ・ソナーズの愛は、束縛と支配で構成されているからね。
多少の愛情はあっただろうが、レヴェータの母親と同じく政治的動機のためだ。
殺そうとはしなかったが、支配して道具にしたがっていた……。
―――自分が女王になって、世界をより豊かにするべきだと。
その手腕はあったかもしれない、少なくともレヴェータよりはね。
惜しい野心家ではあったが、恋人にするのは個人的にはごめんだ。
踏み台みたいな愛は、男にだって辛いものだよ……。
―――不貞の裏切りをするには、レヴェータは相手が悪すぎた。
ソルジェたち猟兵暗殺チームが、暗殺を実行するよりも先に殺されるなんて。
『パンジャール猟兵団』から獲物を奪った者は、数えるほどしかいない。
壊れた愛の裏側にある衝動を、賢いライザ・ソナーズも見誤っていたのかも……。
―――だが、間違いなくレヴェータのせいでもある。
純愛を捧げられるような、純粋な男じゃなかったのだからね。
フェアじゃない、破滅の運命だよ。
すべての悲恋と同じように、最初から結末なんて見通せるほど問題があった……。




