第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その九百十
―――ライザ・ソナーズの死体を確保されていた、あり得た悲劇なのか。
それとも、この場の出まかせだったのか。
その精査についての権限を、おそらくノヴァークは持っていない。
そこまでの信頼を勝ち取れる者は、この世にいないだろうからね……。
―――シドニア・ジャンパーの忠誠心は病的かつ、徹底的なものだから。
主の死体をどこにどう保存しているのか、誰にも理解させちゃいないさ。
いくつか偽装遺体だって、作っているだろうよ。
隠蔽するための作戦として有効な方法であり、死体保存と共に偽装者もいるのさ……。
―――戦場から故郷に送り戻される遺体というのも、当然ながらあるからだ。
高貴な身分の者たちや、裕福な者たちには死体輸送のための財力はある。
帝国軍が善意で戦死者を送り届けてくれる場合もあるが、全てではない。
確実に遺体を回収したければ、専門家たちを雇うべきだった……。
―――輸送のため馬車と、防腐処理を施すための専門家は必須だね。
内臓を抜いて防腐処理液をたっぷりと注射したり、あるいは呪術で腐敗を防いだり。
死体輸送には都市伝説と心霊話と、強烈な個性を有した職業集団がいるものだ。
呪術で死体を動かす者たちも、実際にいるらしいね……。
―――死霊使いの伝説は、そこらから生まれたものだった。
高貴な者の遺体は、遺産相続その他もろもろの作業を円滑化してくれる。
貴族の死は、証明しなくてはならないことが多いものだよ。
下手に少ない証明方法であれば、悪用もまた容易くいなるからだ……。
―――領土や遺産欲しさに、娘や息子に殺されるなんて。
悲劇的なくせに、貴族社会においては『あるある』なのだから。
死体の運び屋たちは、遺産相続ビジネスの一角を担っている。
歴史の表舞台に彼ら彼女らが登場することは少ないものの、必要な職業だ……。
―――貴族の死に伴いがちな、秘密についての管理者も多い。
『ルードの狐』だって、最初は墓守だったというウワサもあるほどさ。
かつてのガルーナ王国にいた密偵たちも、墓守だったとか。
伝説の闇に隠れながらも、それらの実在は疑い難いものがある……。
――誰しもが死ぬし、高貴な者ならばら誰しもに相続のトラブルは起きた。
名のある者は、『確実に死ぬ必要がある』のさ。
可能ならば、戦場などでのいきなりの死ではなくてね。
『西』の土地にも、その種の職業集団がいるはずだ……。
―――ソルジェは探るべきターゲット・リストに、新たな項目を加えていた。
山猿程度の知性しか持たなくても、重要な項目については記憶が利く。
山鳥が数千か所のドングリの貯蔵場所を、ちゃんと覚えているのと同じこと。
さて、呪術師どもの授業は続く……。
「レヴェータ殿下は、おそらく。『死者の家族』をお作りになろうとしておられたのでしょうな」
「ずいぶんと、気持ち悪い単語が飛び出したものだね。オレの感想、間違ってる?」
「いえいえ。おそらく、正しい認識と結びついて率直な言葉でしょうとも」
「夏の怪談話を聞こう。どういう、狂気的でおぞましい行いなのかな?」
「死体を呪術で操るのですよ。腐敗させずに、自分の意のままに動かす。『死体人形』ですよ、動いて、術者のための言葉を繰り返すでしょう」
「根の暗い、行いだね。生きた家族の代わりに、死体で家族ゴッコ?」
「『裏切らない』という利点は、あるでしょうから」
「オレは、裏切られたとしても。死体よりは、生きている相手の方が幸せだと思うんだけれど?アンタらほどになっちまうと、そうでもないってわけだ」
―――これだから呪術師は、嫌われてしまうのだ。
ノヴァークの顔も態度も、そう言いたくて仕方がないようだったらしい。
当然ではある、ボクだってその場にいれば嫌悪をあらわにするよ。
死体で家族ゴッコ、どう考えたって常軌を逸した狂気だね……。
―――しかし、率直な利点もあった。
あまりにも不毛な言葉ではあるが、『裏切らない』のは確かだ。
レヴェータは理解していたのだろう、本物の愛など手に入らないと。
自己努力や諦観ではなく、よりにもよって死体で家族ゴッコ……。
―――選ぶべき道を、思い切り誤っているのがレヴェータらしい。
天性の傲慢さと、後天的な増長がある。
他人の命ならば、いくらでも冒涜してやれるのさ。
まあ、自分の命さえも呪術の生贄にしてしまうような人物だったしね……。
「レヴェータ殿下は、慎重にして、時に大胆と言える。躊躇がなくなられる。祭祀呪術など研究していれば、御父上である皇帝陛下から、いったいどれほどの罰を受けるものか。考えられなくなっていたのでしょう」
「殺す気だったんだろう。そしたら、皇帝陛下の死体人形で、仲良く家族ゴッコを拡充させられたんじゃないか。ほんとうに、吐き気がする連中だ。皇帝一族は、何を考えているのか……」
「いずれにせよ。ライザ・ソナーズさまが『手に入らない』という可能性も、殿下は考えておられたはずです。呪術が、刻まれている」
「……その刻まれた呪術を、利用できるって?」
「左様でございます。魂や記憶、性格に深層心理。精神構造のすべて。それらを情報収集に使っておられたと思うのです。そして、それらを『蓄積』しておられた」
「どこに、貯め込んでいたってんだ?」
「おそらく、指輪あたりかと」
「指輪か。姫様に、レヴェータは送っているよな。もちろん……呪いたっぷりの、婚約指輪かよ。上流階級の恋愛や婚約話ってのは、どうして戦争よりも悲惨なのか」




