第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その九百八
―――亡命呪術師どもは、古いエルフの骨を手に取った。
それぞれが確認していくポイントが異なっているのが、一種の特徴かな。
ある者は頭蓋骨に執着して観察し、別の者は上腕骨に。
脚の骨を調べ上げる者もいれば、骨盤についての者もといったようにね……。
―――人体は臓腑や部位によって、魔力的な特徴が異なるものだから。
呪術を組み上げるときにも、それぞれどの部位に術を施すかで。
効果や機能が変わってくるものだろうさ、つまり彼らは。
レヴェータによって、『極めて分業化させられた祭祀呪術の専門家』なのさ……。
―――情報管理としては、実に正しいかもしれない。
レヴェータは彼らの研究成果を、傲慢なほど『総取り』することができたのさ。
逆に言えば、今この『交流が許される場所』を与えられた呪術師どもは。
これまで抑制されていた好奇心を、大いに爆発させてもいる……。
―――ノヴァークには、この呪術師らの協力的な態度が滑稽に見えたかも。
つい数時間前まで生き残ることに執着していたはずが、研究の虫へと変わっている。
秘密保持契約なんて、すっかりと破棄していた。
最強の呪術師のひとり、レヴェータが不在の今では裏切りだって怖くない……。
「皇太子殿下が生存されていたときは、こんな情報漏洩をしようものならば」
「とっくの昔に、あの世行きでしたでしょう」
「知ってはいたけれど、ずい分と残酷な男だったんだね。皇太子レヴェータ殿下」
「え、ええ。天才ではありましたが。呪術の知識も理解も、それに……センスも。大陸史上最大の呪術師にだって、なれたかもしれません。惜しい……とも、言えませんね。彼が亡くなったおかげで、私たちは解放されたのですから」
「しかし、保護されてもいただろう?」
「それは、たしかに」
「望んだ形ではありませんよ。強いられたんだ。自由はなかったが、それでも……」
「いい暮らしだっただろう。そして、十分な研究資金を得ていたことも、オレと少尉は把握済みだ。嘘をつく必要はない」
「……祖国を、裏切ったわけじゃない。呪術を研究することで、世の中に貢献したかったんだ。より強い素材や、戦闘技術の研究。私たちは人類全体の発展に貢献したかった」
「あんたらの哲学については、興味はない。この呪術について、報告してくれよ。嘘は、つくなよ。オレはそういうの、見抜くのが得意だし。レヴェータ殿下ほどじゃないにしても、残酷なのは確かだ」
「わ、分かっているよ。このエルフは、『トゥ・リオーネの神々』への祭祀呪術の生贄だった。復讐神を呼び出して、戦闘に利用するために」
「彼女を生贄にすることで、戦士たちは戦闘能力を分け与えてもらえた。そういう仕組みになるよ」
「戦争には、打ってつけか。これは、『エルトジャネハ』の祭祀呪術とは、どんな関係がある?」
「源流は、同じでしょう。『古王朝』時代に開発された呪術が、『西』にも流れた。あるいは、大陸北西部に……すべての呪術のルーツがあるのかもしれません」
「マジか?北西部なんて、荒野ばかりなんじゃ?」
「『荒野になるほどの破壊を、呪術か悪神が招いた』という考えもあるのですよ」
―――ノヴァークは呪術師の言葉に、畏怖と興奮を同時に覚えていた。
現在の大陸北西部は、たしかに不毛の土地と言える。
そこから無数の民族が、大陸の各地へと流れていった。
少なくとも千年以上前から、その流れはあったわけさ……。
―――『古王朝』が栄華を極めた千年前よりも、はるか昔に。
大陸北西部に強大な文明があって、そこで『何か』が起きていたのかもしれない。
歴史学者たちは、文献的にも発掘調査的にも確実な考察を組み立てられてはいない。
しかし、一部の状況証拠めいたものはある……。
―――ほかでもない、猟兵にしてソルジェの妻のひとり。
ロロカ・シャーネルの種族、ディアロス。
『ユニコーン』という、特殊な錬金術と生物の融合体を使役する種族。
彼女たちが『ただの北方蛮族』などと考えるのは、大きな間違いさ……。
―――血の気の荒い発泡蛮族のノリは、もちろん併せ持ってはいるものの。
『霊槍』や『ユニコーン』という、『錬金術的生物兵器』を使っている。
ディアロスの文明は、『古き北西の文明』の継承者とも考えられる。
部族間の争いが多すぎて、歴史的な系譜は失われてしまっているのが残念だね……。
―――ロロカの趣味のひとつが『発掘調査』なのも、自身のルーツの補完行為だ。
誰しもが強烈な趣向を発揮するわけじゃないが、歴史とルーツの探求は。
知的好奇心の対象として、普遍的な趣味と言えるだろう。
誰もが歴史の一端ではあるから、それに触れたがるものさ……。
―――分からないならば、なおさらのこと。
ディアロスの『水晶の角』、冶金に『霊槍』に『ユニコーン』。
あきらかに他の地域の北方蛮族とも、『プレイレス』系文明とも趣が異なる。
『大陸北西部に偉大な呪術・錬金術文明』があった、なかなかにロマンだ……。
―――オットー・ノーランも、いつか足を運んでみたがっている地域さ。
過酷な荒野に、吹きすさぶ砂嵐と猛吹雪と豪雨に毒の沼地。
趣味が冒険という彼ならば、過酷な自然との対話だって楽しめるだろう。
軍人が征服欲を発揮しがたい不毛の土地が、現代の『大陸北西部』ということさ……。
「あんな場所に、そんな偉大な文明があったとか……荒れ果てた理由が、祭祀呪術だとか、神々のせいだとか。マジで言ってるのかよ」
「呪術の系統を、より追跡できたなら。興味深い物語が見つかるかもしれません」
「レヴェータ殿下が執り行った祭祀呪術により、『エルトジャネハ』や殿下ご自身の怪物化。死者の兵器化などなど。呪術がもたらす可能性は、強烈なものです。もしも、『大陸北西部』にそれらのルーツがあったならば、永遠の不毛の土地ぐらい、創り出すのではないでしょうか」
「……あんな光景を見て、ノヴァーク殿は祭祀呪術の力を過小評価できますかな?」
「……『トルス』も、破壊し尽くすような勢いだったな。軍隊さえも、超越していた力だったのは確かだ……兵器としての力は、分かっているよ。しかし……今は……歴史のロマンよりも、この祭祀呪術についてだ。オレたちは、少尉の願いを叶えないとならない。ライザ・ソナーズ姫さまを、神として復活させるんだ」




