第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その九百六
「城塞都市『クイント』は、商いの街ではありました。国境がそれなりに近いものの、たやすく侵略軍に落とされるような地理でもありません。そう、たとえ。『ペイルカ』が領土的野心から侵略軍を送り込んだとしても」
「『だろうな。この急峻な地形に、ケットシーの戦士たちがいるのなら』」
「戦力の五倍はかかりそうだ。数か月の戦闘も」
「『プレイレス』の都市国家においては、『王の一存』などありえません。議会の承認を得なければ、戦争継続のための予算もおりません。つまり、『クイント』奪取には、あまりにも費用がかかりすぎるわけです。軍人よりも商人たちの権力の強い『ペイルカ』で、この土地の侵略を企画するのは困難なのです」
「『しかし、奪えば。『西』全体を侵略しようとするときの橋頭保にはなる』」
「そうです。そのため、『西』を侵略するときに、帝国軍どもは初期にこの『クイント』を陥落させました。レビン大尉も、そのときの戦功によって出世を果たしたのですよ。彼もなかなか大した兵士ではあるのです」
「意外にも、気に入っているのだな」
「ええ。腐れ縁も、愛おしくなるものですよ。孤独な状態だったのです。瘦せ衰え、死にかけるような孤独のなかで、友情と呼び難い縁も貴重なものだ。メイウェイ殿も、その種の知人はおられるでしょう」
「……何人か、思いつく」
「『オレはちゃんとした友人枠で頼むぜ。腐れ縁じゃない。強烈なビジネス・パートナーってものさ』」
「もちろん。腐れ縁などではないよ。もっと、何か偉大で政治的・軍事的なものだ」
「『戦士の縁だな。それでいこう。さてと、続きを頼む』」
「ええ。『クイント』の特徴は、軽快なケットシー戦士たちと険しい立地。そして、国境線も近いことから、経済的な流通網もある。貧しくなりそうで、意外と金と人材の流動性が高いのです」
「『面白そうな街だな。猟兵探しをするときにも、その種の街にはよく足を運んだ。有能な人材を見つけ出しやすくもあるし……その逆も、また然りといったところか』」
「まさに。『クイント』の特徴でもあるのが、不法なビジネス集団の存在」
「ふむ。マフィアの類かな?国境沿いの山岳地域には、実にあるあるだよ」
「『クイント』は、『プレイレス』に流入する麻薬の拠点でもありました。もちろん、『クイント』の行政側は、それを望んでいるわけではありません。『プレイレス』からの政治・軍事的な介入を招くリスクもありますし、治安が悪くなる。犯罪組織を調子づかせるなど」
「『戦士を派遣して潰そうとしても、これもまた土地が犯罪者どもの手助けをしてしまうわけだ。山に逃げれば、隠れられる』」
「そうです。『クイント』の長年の課題ですな。麻薬の原材料となる植物というものは、不思議と荒れ地でも生えるものです。また、高山地帯では……薬草全般の育成が遅くもある」
「『その結果、『薬効が高い』ものが生えてくるってわけだな。薬草医でもある嫁エルフから、しっかりと習っているぞ』」
「麻薬組織にとっては、居つきやすい場所か。『クイント』の治安維持組織は苦心しただろうね」
「『だが。何事にも副産物ってものがあるもんだぜ。おそらくそいつらがゲリラ戦の主軸にもなった。麻薬の取り締まりについては、帝国軍の管理の方がキツイ。ビジネスなどと呼ぶべきではないが、麻薬売りがやれなくなった分、反発もする。『クイント』の公的な軍事力が、合流したかもしれん』」
「ゲリラ落ちする騎士や軍人は、実に多いからね。荒事が必要となるから、マフィア側だって重宝するだろうし、復讐心につけこんでの利用もしやすくなる」
「ほほほ。私を見ながらですか。メイウェイ殿は、風刺のセンスがありますなぁ」
「悪く言うつもりはない。ただ、乱世とは、そういうものだということさ」
「『良くも悪くも、非合法の組織が根付きやすい土地だ。ゲリラとしてがんばってくれているのなら、オレたちからすればありがたい』」
「協力すると?麻薬組織でも、かい?」
「『その土地に応じた理由ってものがあるものだ。犯罪者や悪人と呼ばれた存在でも、実際に接近してみれば分かり合える部分もある。騎士たちだって、戦う場が必要だ。それが騎士団でなかろうとも、敵に剣を向けられる場所こそが必要となる。『自由同盟』を提供してやれるぞ』」
「悪人ごと、『自由同盟』に引きずり込めばいいと?」
「『まあ、そんなところだ。オレたちは少数なんだ。ちょっとでも、寄り集まって大きくならねばならん。反帝国で一致できるのなら、敵の敵は、やはり同類。むろん、あまりにも邪悪であれば、成り立つ論理ではないがね。オレだって、貴族の家に生まれた竜騎士だ。倫理観ぐらいはあるぞ』」
「分かっているとも。疑っているわけじゃない。ただ、あまりにも雑多で巨大な組織となってくると、組織哲学に揺らぎも生まれるものだ。今は、反帝国で一致できているが……」
「『遠い後世においてまで、平和な同盟が無条件に続くなどとは限らん。しかし、商売とマトモな治安が維持されていけば、そして、お互いがお互いを容易く攻め滅ぼせない程度の軍事力があれば、これまでの時代よりは争いというものは少なくなるだろう。良くも悪くも、反帝国戦争を乗り切った『未来』というものは、戦が少ない状態になるとオレは考えているぞ。傭兵団の経営者としては、困ったことだがな』」
―――ソルジェはアタマが悪いけれど、戦については人一倍くわしいからね。
歴史の本も読み漁っているし、過去の戦を歌にした吟遊詩人の曲も大好きだ。
『小規模の戦』が多い時代が、何百年も続いてきたけれど。
帝国みたいな巨大な国家と、それに対する『自由同盟』が誕生した結果……。
―――世界における戦の数そのものは、減っていくだろうと予見している。
おそらく、それは正しいものだろうね。
戦についてソルジェや、ガルフ・コルテスの思想が間違いを踏むとは思えない。
強烈な大戦争の時代の有終の美、『集大成』として『白獅子』は猟兵を作った……。
「『何にせよ。非合法な組織と商売の下地があるのなら、ノヴァークがやって来た理由もよく分かる。ここには、呪術があるぞ。『トゥ・リオーネの神々』についての。オレはな、プレイガストよ。つい先日、罪科の獣神、ギルガレアに直接言われたんだ。神々に注意しろと。その翌日、女神イースと殺し合う羽目になったが、それで終わりじゃないかもしれんな』」




