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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その九百四


「……となれば、だ。ストラウス卿。『生贄』とは?」

「『ふむ。『西』の帝国兵の給料だけなら、笑えるんだがね。そうないだろう』」

「経済的な被害は巨大であるものの、呪術の生贄としては足りない。命、血、新鮮な絶望。詐欺では、鈍さがあります。祭祀呪術や、邪悪なまでの呪術というものは、もっと、おぞましくて然るべき」

「『まあ。『それ』なら心当たりはあるな』」




―――ソルジェは指差すだけで事足りる、この戦場そのものだよ。

散る命と、血まみれな新鮮な絶望はそこらに転がっている。

『戦争行為』そのものを生贄にするのならば、祭祀呪術の燃料には十分かもしれない。

これ以上に、ヒトを死なせる方法もないだろうからね……。




―――プレイガストは、感嘆の息を吐いた。

何のことはないよ、『その手があったのか』と思っている。

プレイガストは苛烈な復讐者ではあるし、狂気的ではあるが。

人々を無作為に犠牲にしようとまでは、思えないところがある……。




―――教育者としての経験が、彼に倫理観の制約を与えているのかもしれない。

どれだけ『敵』を殺せても、味方まで殺そうなどとは思えなかった。

それは非合理的な行いであり、あまりにも残酷な道であり。

どう考えても正しくなかったが、生粋の詐欺師はやり遂げる……。




「『第九師団が敗北した以上、やがては『西』に『プレイレス』や『自由同盟』の軍が派遣される展開は決まっていた。読めたことだ。どこか、そこら中に。呪術を張り巡らせているのかもしれん。たとえば』」

「競馬新聞、熱心に、兵士たちは持ち運んでいる。手堅く賭ければ、自分たちの金を、増やせると信じていますので」

「それに。物資もだよ。会計将校なら、軍事物資の物流全体に影響を与えられる。食事に毒のようなものを混ぜる……」

「『シドニア・ジャンパーは怒りまくっている。自分自身に。何だってやる。手段は、おそらく一つじゃないぜ。賢いヤツの『攻撃』ってものは、複雑に連携していて、容赦ないもんだ。とっくの昔にやっていたプランAがついえたならば、プランBにした。間違いなく新旧どちらのプランも利用し尽くそうとするぞ』」




「『逆流』と、『アドバイス』で聞き出せますかな?」

「『やってみているさ。魔眼は、そもそも。真実に近づいていけば、洞察の力が上がるもんだ』」

「竜の知性を、借りられるのですね」

「『おそらく。アーレス。250年も生きた、人間観察に長けた古老。ヒトよりずっと賢ければ、見える範囲も多いんだろう。ああ、ほら……見えてきた』」




―――シドニア・ジャンパーは、プランB以降を始動させたのさ。

プランAはライザ・ソナーズのための、莫大な資金の確保。

暫定的なプランBは、ライザ・ソナーズ神格化計画ってところだね。

会計将校であり稀代の詐欺師でもある彼女は、仕事が早くて強烈だ……。




「本気で、言ってんの?」

「もちろん。本気だ。インクに血を混ぜる」

「……いくら何でも、足りないと思うけど」

「問題ない。『西』の人々が、いくらでもいる」




「……オレも、『西』の人々だって、忘れていないかい?」

「ノヴァーク。頼むよ。私の血だけじゃ、足りないんだ」

「……うん。それは、そうだ。そもそも、オレは、もうとっくの昔にノヴァークだ。マリウスじゃない」

「何もかも、その名付け親にくれとは言わないよ。でもね、見逃してくれるとありがたい。黙っていてくれ」




「オレと、あんたの間だけの秘密になるなら。もちろん、黙っておいてやるよ。破滅の道かもしれないけれど、それでも、すごく。居心地がいいんだ。あんたのそばは」




―――愛おしさは、何だって許容してくれるのかもしれない。

『運命の悪女』の壊れた笑みは、香り高さがあるものだ。

壊れるほどに、ヒトの内側が見えていく。

悪女の内側の切実さに触れるのは、17才の少年には甘美な痺れを伴った……。




「『悪いな。お前だけの記憶は宝物だろうが。『逆流』させてもらうぞ。魔眼で覗く。無作法な行いなのは分かっているが、お前は拷問にだって耐えるだろうし。お前のような恋愛に殉教しそうな男は、オレの説得なんて耳が受け付けんだろう。いっしょに、どん底に落ちていく行為は気持ちいいか。愛ってのは、深いほど最高だってのは、オレにも分かる』」




―――深い愛情でもあるし、浅はかな欲望でもあったかも。

ノヴァークには哲学はない、愛情と依存による体温が欲しかっただけでもある。

シドニア・ジャンパーでなければ、そこまで悪を貫ける女性でなければ。

この少年だって、もうとっくに逃げ出していたかもね……。




「『知っているか。ちょっとだけ、大人のお兄さんが真実ってものを教えてやる。シドニア・ジャンパーは、お前を愛しちゃいないんだ。これっぽちも。愛を利用して、操ろうとしているだけ。お前も分かっているな。だから、それだけ必死になる。愛と呼ぶべきものじゃない。ただただ痛みを紛らわせようとしているだけだ。彼女を、破滅から救えるとすれば。お前が、今よりちょっと大人の男になるしかない』」




―――いい『アドバイス』だったのかもね、ノヴァークには届いたようだよ。

少年らしく、大人になりたがるような本能があった。

賢くもあるから、自分たちの運命の末路だって見えている。

神さまを生み出せる可能性は低く、もしも生み出せたとしても偽りの存在だ……。




「『面影でしかない。本人ではないのだ。ライザ・ソナーズを模造した女神が、お前の愛しいシドニア・ジャンパーを、どこまで満たせると思う?結果は、見えている。満たせられはしない。本物の命に、代わりはいない。さみしいが、死者との距離は、絶対なんだ。大切な人々の死が、教えてくれる。命というものは、ほんとうに……悲しくて、限界があるものだ。シドニア・ジャンパーを守らないか?オレたちは、分かり合えないかもしれないが。手を組むことはやれるかもしれんぞ。最高の詐欺師の弟子よ、オレを利用する気概を見せてみろ』」



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