第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その九百三
「『ああ。そうか。シドニア・ジャンパー。お前は、確かにとんでもない忠義者だよ。死んだぐらいで、あきらめない。終わりにさせようとしない。まともではないが、愛であり忠誠だと言える。それは、オレにも出来ない道だった。ガルーナの哲学では、ストラウス家の愛においては、死者に二度目の命を与えることを良しとはしない。死も、また、尊いものだと信じているのだから。しかし、お前はガルーナ人でも、ストラウスでもない』」
「……それは、つまり」
「復活させようというのですか。祭祀呪術の秘奥を尽くし、命を模倣しようと……いや、あるいは、ヒトではない存在へ昇華させようというのでしょうかな」
「『後者だろうな。シドニア・ジャンパーを、『エルトジャネハ』だとか、女神イースのようなもの。あるいは、ギルガレアのようなものでもいい。ヒトの信仰心と祭祀呪術、そして大量の生贄を捧げることで、『神格』へとしたいのだろう』」
「神を、作る。自分の死んでしまった主を、そんな形で……」
「『愛と忠誠だな。そして、もちろん狂気でもある。オレは、妹セシルをそんな形で復活させようとは思えないが、誰もが同じ答えに行きつくわけじゃない。シドニア・ジャンパーは、ライザ・ソナーズを神に作り変えたがっている』」
「愚かな行為に、思えるが。祭祀呪術には、実際、そのような力がある」
「『あるぞ。レヴェータ自身が、死んでも、よりろくでもないバケモノになって復活しやがったんだからな。本人そのものではない。面影を遺した、何か別のものではあるだろうが』」
「完全な蘇生も、復活もあり得はしません。しかし、かつての本人よりも力強い『何か』に変えてしまえる」
「ふむ。しかし、ストラウス卿も強大な呪術を『プレイレス』に施した」
「『その通り。『プレイレス』では、やれない。だからこそ、ちょうどいい。『西』がこの野心の現場とすればいい。シドニア・ジャンパーの本拠地ではあるからな』」
「やれやれ。ただの詐欺師であれば、気が楽だったのに。『エルトジャネハ』のような、呪術で動く凶悪な兵器を生み出すリスクもあるわけだ」
「『ライザ・ソナーズをバケモノにはしたくないだろうが、実際のところ、見た目がヒトのすがたでよみがえったとしても。中身まで、かつてと似ているとは言えないだろう。『ゴルゴホの蟲』で編まれた、偽りの存在になるかもな』」
「ゴルゴホとも、接触が?」
「『リヒトホーフェンがしていた。譲り受けている可能性は、十分にある。譲ってくれないなら、詐欺で掠め取ったかもしれないな』」
「とんでもない呪術師が、またひとりか。野放しには、できない。ストラウス卿、彼女の居場所を、探るべきだ」
―――ソルジェはうなずきながら、『逆流』を再開する。
シドニア・ジャンパーの腹心というか、一番の理解者として。
ノヴァークは熱心に、命じられた任務のすべてに尽くしていく。
競馬詐欺もそうだし、呪術師の『亡命』も手伝っていた……。
「十大師団においては、呪術師の居場所は少ないからね。オレたち、辺境軍でなら、怖い『カール・メアー』の『血狩り』の恐怖もなければ、呪術師に対しての検閲もない」
―――呪術師という立場は、それなりにリスクもあるものだった。
社会からの偏見も受けやすいし、ソルジェを筆頭に呪術師の全員が変わっている。
レヴェータの不在、そして第九師団の崩壊により。
『プレイレス』にいた帝国軍系呪術師と言うべき者どもが、路頭に迷っていた……。
―――レヴェータの命令により、祭祀呪術やその応用の術を研究していた者。
シドニア・ジャンパーが確保したい対象は、そういった連中だったのさ。
せまい業界ではあるから、見つけやすかったらしい。
誰もが大なり小なり、レヴェータの関係者だった……。
「レヴェータってヤツは、本当に用心深いというかね。全体像が、分からないように仕事を依頼していたんだよ。個別の呪術師たちは、何を研究させられているのかも、把握しちゃいなかったかもしれない。レヴェータは、研究成果だけ回収していき、祭祀呪術をほとんど完璧に使いこなしていった」
―――人格面はともかく、プロフェッショナルとしては優秀な考えをしていたね。
さすがは皇帝の息子というべきか、ヒトを扱うことに関しても超一流。
呪術師たちの研究成果のほとんどすべてを、独り占めしていく構造を作った。
異常なまでの用心深さは、父親を警戒してのことだろうか……。
「皇帝ユアンダートは、呪術を禁じている。息子がそれに手を出すどころか、下手すれば帝国軍にさえも壊滅的な被害を出してしまうような祭祀呪術を復活させてしまった。ユアンダートは、暗殺を仕掛けたとしてもおかしくはない。それがダメなら、拉致して、監禁するでもいい。レヴェータは分かっていた。祭祀呪術があれば父親を殺せる可能性が手に入るし、逆に、父親から殺されるリスクだって背負うことになる。だから、こっそりと。姑息な情報管理で、祭祀呪術の研究成果を独占していった」
―――例外がいるとすれば、呪術の師であるクロウ・ガートだけだろう。
レヴェータが心底、尊敬していたほとんど唯一の人物じゃないだろうか。
クロウ・ガートも弟子を信用し切っていたかはともかく、憎んではいなかった。
ソルジェによってクロウ・ガートが仕留められたから、師弟関係は消え失せた……。
「『帝国系の呪術師どもは、逮捕されていったはずだが。しくじったかな。その圧力が、『西』やその他の土地への亡命願望を募らせちまったわけだ』」
「そこに、シドニア・ジャンパーと、ノヴァーク少年がつけ込んだ。安全な場所へ逃げられるのならば、いくらでも研究成果とやらだって、差し出しそうだが?……むろん、私は研究者でも呪術師でもない。ただの想像に過ぎないのだが」
「正しい認識ですよ。呪術師は、肩身がせまい場合も多い。他の土地に逃げ出しても、異端者として迫害されるリスクはつきまとう。庇護者が、欲しくなるものだ。しかも、直近まで、皇太子という強大な権力に守られていたのなら」
「『なかなか難しいな。祭祀呪術が、外部に広まって欲しくはなかったのだが。何せ、有効だからな。生贄次第で、神を作れるのだから』」




