第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その九百一
―――ボクたちに正義があるように、敵にも正義があった。
それを知る機会は、素晴らしいものだろう。
ソルジェはライザ・ソナーズの世界観を、気に入りつつある。
誰もが複雑な乱世を生き抜きながら、それぞれの夢があったのだと……。
―――ライザ・ソナーズの夢は、ボクたちの目指す『未来』と似ていた。
誰もが生きていてもいい世界を、心の底から願いながらも。
現実的な道を模索していたんだよ、奴隷貿易の女王と罵られつつ。
この乱世で一番かもしれないロビイストだ、彼女の目論見は進んでいく……。
―――ソルジェたちの介入の結果、レヴェータに殺されなければ。
彼女はレヴェータを新たな皇帝にするために、ユアンダート暗殺に動いたのかも。
レヴェータもユアンダートへの劣等感を求め、父親殺しを成し遂げたかも。
我々の戦いの軸は、大きく変わっていたのかもしれない……。
―――レヴェータに政治的な意志は、それほど強いモノじゃなかったから。
ライザ・ソナーズが『女帝』として、帝国の方針を変える日があれば。
たとえば『自由同盟』との和解だって、起きた可能性があったのさ。
歴史にもしもはありえない、その切なく儚い妄想を懐かしむだけ……。
「お優しく、大陸よりも大きな夢を抱く姫様に。私の忠誠を。詐欺師として生きてきましたが。今後は、貴方のための悪となりますので。信じてください、我が主よ」
「ええ。もちろんよ。何度も確認しなくてもいい。きっと、貴方は私たちの作る世界において、何か偉大な役割を果たすでしょう。正しい存在へと、いつか帰還させます。その日まで、罪に耐えてください」
「はい。その言葉をいただけるだけで。私はいくらでも罪の道を進めるでしょう」
「いつか、夢は叶うわ。世界は野蛮さや無知から解放されて……能力のある者が、祝福される世の中がやってくるの」
―――『死貴族』として立ちはだかった、ファリスの騎士たち。
バハルとセリーヌ、アンクタンとコペンバーグ。
死後もライザ・ソナーズに忠誠を尽くした者たちの主は、偉大な女性ではあった。
乱世には多くいる究極の女傑のひとりであり、何か大きな希望と可能性の化身……。
―――ソルジェは再び、怒りに心を満たすのさ。
「こんないい女を、殺しちまうなんて何事だ」。
ライザ・ソナーズの暗殺のために、襲撃をした張本人ではある。
だが、殺したのはレヴェータだ……。
「怖い恋愛をしているのよ。愛人を囲うのは、貴族のたしなみだけれど。私は、レヴェータさまを、本心からは愛せない。傷つけないために、愛人がいるの。おかしなことでしょうか」
―――男が浮気性なように、女性だって浮気性なこともあるというだけだった。
いつかバレるかもしれない偽りの愛が、ついにバレてしまったとき。
レヴェータが用いた祭祀呪術の生贄にされたのは、姫君とその家臣たち。
不実な愛の罰は、さまざまな大きさで降りかかるものだけれど……。
―――ライザ・ソナーズと、彼女のための騎士団が滅びてしまったのは。
いささか被害が、大きすぎるというものさ。
もったいなかったよ、共闘する『未来』もあったのかもしれないのに。
本心を伝え合えない、凶暴な政治力学に軋む時代というのは不自由なものさ……。
「おかしなことではありません。貴族の愛は、そういうものです」
「でもね、シドニア。レヴェータさまは、お母さまを亡くされているの」
「たしか、幼少期に」
「彼女はファリスの旧い勢力の一員として、急進的な改革を進めるユアンダート陛下を暗殺するために、送り込まれた暗殺者でもあった」
「それは、つまり……皇帝陛下が」
「ユアンダート陛下は、剣の達人です。若かりし頃は、戦場で名を馳せた豪傑。寝込みを愛する妻に襲われたとしても、生き延びて、殺してしまわれた。幼いレヴェータさまは、それを目の当たりにしてしまったの。なんて、悲しい人なのでしょう」
「乱世です。あり得るハナシに、過ぎません」
「そうかしら。そうなのかも。でもね、シドニア。どこか、運命を感じるの。私の本性が、レヴェータさまにバレたとき。きっと、同じような結末が起きてしまうのではないかと」
「そんなことには、なりません。姫様。姫様のような知的な女性は、最後まで男を騙し切るものです。真実の愛では、ないかもしれませんが。同情心はある。それは、一種の愛情ではあるのです。大丈夫。姫様は、正しい結末への道を歩みます。私が、対策を練るからです。祭祀呪術の脅威は、必ず、無効化します」
―――詐欺師の約束ではあったものの、それは本心からの約束だった。
儚い予想を最愛の姫君が口にしたときから、研究はより熱心なものになる。
レヴェータに政治的な価値がなければ、暗殺計画を放っていただろうね。
シドニア・ジャンパーは、レヴェータを警戒するようになった……。
―――祭祀呪術の使い手である以上に、壊れた人格の持ち主として。
母親を父親に殺された男の心境を、想像するなんて機会は人生に一度もなくていい。
しかし、実際にそんな目に遭わされ男と対峙する日が来る。
暗殺したいのに、皇太子という立場はどうしても手放せなかった……。
―――祭祀呪術の研究は進む、レヴェータの怪しげな呪術の集いの裏側で。
シドニア・ジャンパーはレヴェータから指導も受けたし、生贄も用意した。
あまり楽しい行為ではなかったが、『必要経費』と割り切ったんだ。
正義ではなに、実用的だったのかもしれない……。
―――耐えがたい嫌悪を覚えつつも、姫君は皇太子のそばに。
偽りの愛に気づかれたせいで、殺される運命を予見しつつも。
逃げなかったのは夢の大きさのせいか、それともレヴェータへの愛情か。
偽りでも愛してはいたのさ、完全ではなかったとしても……。
―――そこはライザ・ソナーズのヒトとしての弱点であり、限界ではあった。
シドニアが祭祀呪術の始動と、レヴェータによる暴走と。
ライザ・ソナーズが生贄として、殺されてしまったことを知ったとき。
瀕死のケガを負わされた獣のように、シドニア・ジャンパーは夜空に叫んだ……。
―――偽りだって、愛なら美しかったのさ。
困ったことに、それもまた。
ゆるぎない真実であり、悲しさの根源だ。
だが、呪いの資料は遺産としてシドニア・ジャンパーの手のなかに転がり込む……。




