第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その九百
―――クロウ・ガートの祭祀呪術を得たことは、シドニア・ジャンパーにとって。
かなり立場を良くしたらしい、彼女はレヴェータにも情報を隠し通す。
ライザ・ソナーズこそが、シドニア・ジャンパーの真の主であり。
レヴェータは強大な呪術師で皇太子でもあるが、忠誠心の相手ではない……。
「よくやりました。呪術については、シロウトなもので。少しは、殿下のことを理解するためにも。そして、呪術の脅威にさらされないためにも、理解は深めておくべきです」
「ええ。姫様。オルテガの、リヒトホーフェン伯爵について、気になる情報もありますが」
「祭祀呪術や、古代の呪術について、お互いの研究を交換し合っているのね。その点だけを考えれば厄介ではありますが、リヒトホーフェン伯爵は非常に好ましいビジネス・パートナーでもある」
「皇帝に対しての忠誠心はそれほど高くなく、医療に対して熱心。調査すれば、出てくるのは善徳ばかり。ご令嬢を病で亡くされたのは、大きな悲劇ですが……有能な娘婿が支えています。しかし」
「祭祀呪術についてのリスクを、過小評価する気はありません。ですが、私は『次の世界の構造』を練らなければなりません」
「御意に。レヴェータ殿下を、新たな皇帝に据えたとき。反乱が起きないようにしなければならないことは、私も理解しております」
「権力の移行でしくじる可能性はあるものです。皇帝陛下は、人種政策に対して厳格過ぎる。人間族だけの世界など、本来のファリスの思想ではありませんもの」
「敵意は、人をまとめやすいものです」
「その通り。しかし、それが本当に豊かさにつながるものであるとも思えません。私はね、もっと、豊かな世界を夢見ているの。この巨大な乱世が終わったら、ヒトは歴史上、最も大きな夢を実現可能な時代に入るでしょう。それは、古王朝にさえ成し遂げられなかった時代なのです。その世界は、おそらくは混沌と矛盾に満ちた旅立ちになる。そのとき、旧き伝統でファリスの真の願いを形にしたいの」
「それは、どのようなものでしょう?」
「争いの少ない時代であり、経済の発展と、人々の苦しみが少ない時代よ。ファリスはいつも豊かさと平和を求めて来た。それらは敵意に基づいたものでは、そもそもない。大きな発展の時代を、誘導するために……旧き伝統は偉大な指針になるわ。亜人種にだって、協力してもらう必要はある。『奴隷貿易の女王』の言葉としては、矛盾があっても」
「姫様は、より豊かな未来を夢見ておられるだけです。しかも、そのためには。現実の苦しみを直視し、忍耐力を発揮しながら、自己犠牲も選べる。現実的な方針で、一歩ずつ、権力への道を進まれております。偉大な行いと呼ぶほか、ありません」
「ありがとう、シドニア・ジャンパー。貴方のような才能ある女性から褒めてもらえるのは、心強いものよ。女が権力を得ると、おじさまたちが邪魔をしたがるものですから」
「本当に、良くない行いだと思います。しかし、戦争は、チャンスにもなった。男たちが戦死した結果、我々にも社会進出の機会となっている」
「そうね。戦死していく人材の多さと、損失を考えれば、とても悲劇的であり、非効率的な被害ではあるのだけれど。それでも、いい点としては、そこに尽きるかもしれません」
「人類の半分は、女です。それを抑制してきた社会では、実力も半分しか出せない」
「乱世の時代が終われば、いい時代になる。レヴェータ殿下も、女性には優しいのよ」
「……ご注意を。その認識は、期待が混じっているかもしれません。呪術の実験のためになら、そして……自身の芸術性のためならば、奴隷を生きたアートとして使うことにも、ためらいがない。彼は、潜在的には、おそらく……とても、女性に対して、恐ろしい価値観を有しておられると思います」
「詐欺師としての視点からのアドバイス、とても大きなものね」
「はい。ろくでもない男については、よく知っていますよ。レヴェータ殿下には、いくつかの弱点があります。彼は、きっと……女性というか、自分以外の誰かを、本当の意味では愛せない人物だと思います。姫様の、婚約者となられる方に対して、とても失礼な物言いなのは、理解しております。罰は、いくらでも受けます。しかし、それでも、お耳に入れておきたい、率直な意見なのです」
「ええ。分かってる。それに、私が目指す新しい世界では、立場に囚われない発言も欲しいのよ。新しい世界には、心の……精神性や、知性の豊かさというものがいる」




