第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その八百九十九
―――メイウェイの自制心は、功を奏するかもしれない。
時間をかければ彼の目指す道は自動的に、満たされていくだろうから。
だからソルジェはフォローの言葉なんて、不必要だと判断する。
それよりも集中力と好奇心が、呪術の見せてくれる新たな価値に惹かれた……。
―――大学半島の学術機関の研究ビジネス、『発明品』は多岐に及ぶ。
経営の方法そのものまでもが、その分類に属しているのが新鮮だったらしい。
ありとあらゆる行為を、学問が強化していく。
民間の錬金術師たちとは異なり、『興味本位の研究』が積み重なることで……。
「『面白いもんだな。目的意識自体が、なんというか。必死なヤツらよりも欠けているはずなんだが。たとえば、そう。クロウ・ガートだ。あいつも天才呪術師で、大学教授でもあったし、祭祀呪術を再生してみせた厄介な男ではある。目的が明確なんだが、それでも、大学の力を求めている。こいつも理解しているみたいだ。必死にひとつの目標を追いかけているだけの自分では、届かない領域ってもんがあると』」
―――ソルジェは御存じの通り、とてもアホだけれど。
戦いの文脈を読み解くことに関しては、誰よりも鋭いのさ。
ソルジェはクロウ・ガートの腹を読むことで、学問の本質を読解している。
学問の不思議なところ、予定と異なる発明の強さってものさ……。
「そうです。学問とは、一種の遊びのようなところもある。『追及』そのものですからな。合理的な行いとは限りません。むしろ、遠回りすることで、多角的に物事の価値を見つけていくようなもので。クロウ・ガートや、私のような呪術師は、大学機関のそれとは異なり、実践的な部分にのみ集中してしまうのですよ」
「ふむ。それは、興味深い。君らのような集中の仕方とは別に、ランダムな。予定されていない部分からの『追及』が、結果的により高度なものを生み出すと」
「もちろん。時間はかかりますよ。基礎研究というものは、結果に結びつきにくいものと言える。だからこそ、個人ではその道を追いかけにくいものだと、古代の『プレイレス』の人々は悟った。それゆえに、大学というものを作り、個々の目的達成ではなく、学問の全体的な発展を目指した」
「『やはり、知れば知るほどに恐れ入る。北方の国家は、ろくに大学なんて作れなかったからな……ああ、帝国を倒したら、マジで大学とやらに入ってみたくなる』」
―――豊かな研究というものが何たるかを、ソルジェは学んでいくのさ。
グラム・シェアもそれを理解して、警戒をしていた。
豊かな『追及』の力を持つ大学半島が、何処までの強敵になり得るのか。
実に冷静な男であり、悲劇的な運命の体現者でもある……。
―――警戒していた力に、結果として敗北したわけだからね。
大学半島で生まれた力が、第九師団を崩壊させたわけだ。
グラム・シェアの命令の通り、シドニア・ジャンパーは調査していく。
大学側からの資金が、危険な組織へ流れていないかを……。
―――各都市国家の銀行への送金の流れ、反乱の火種はどこにでもあったから。
それらを大学半島が資金援助および、理論武装していたとすれば。
第九師団からすれば、驚異的な敵になるからね。
事実、『コラード』に逃れていたカール・エッド少佐も本の虫だった……。
―――大学半島からの知識だけじゃなく、執着していたのは仇敵の本だけどね。
守備と兵站線の達人、マイク・クーガー少佐の本だが。
勝利のすべてが研究の成果ではなかっただろうが、勝利の鍵にはなっている。
学問の持つ力は偉大であり、政治的・軍事的な力そのものに似通っていた……。
―――シドニア・ジャンパーの調査結果をまとめるのが、ノヴァークの仕事になる。
彼女は部下を育成しようとしていたらしいから、いい教育方法だったかも。
重要な報告書をまとめさせながら、シドニア・ジャンパーは呪術の研究だ。
クロウ・ガートの書類を読み漁りつつ、ノヴァークの腹を診る……。
「やはり祭祀呪術の応用したものだ。『神格』さえも作り得る力……」
「あのビュンビュン伸びて、オレや少尉を串刺しにしようとしたアレも、祭祀呪術で作りだした神さまもどきか?」
「そのようなものらしい。呪術の文脈……からくりのようなものがあってね。消費される魔力に応じて、様々な効果を表現するように仕込むのだが」
「数学っぽいね。そういうの」
「ああ。まさに、数学だよ。祭祀呪術の場合は、人々の意識にある世界観みたいなものにも依存していて……ああ、説明するのが難しい」
「難しくて、当然だろ」
「うむ。祭祀呪術というものは、呪術のなかでも最上位のものだ。呪術師だけの呪術ではなく、その地域、その国家そのものに根差す、『歴史』のような巨大な概念に働きかける力だ。無数の秘術を駆使し、けた違いの数の生贄を捧げてこそ、ようやく成り立つ」
「……じゃあ、オレの腹でくすぶるこの呪いは、『けた違いの数の生贄』を捧げていない出来損ないってところか」
「そんなところだよ。だがね、生贄や、祭祀を大きく、多く、行うことで。この呪いだって、『神格』を持ち始めるかもしれない。古く強い呪いを、ここまで再現して、使いこなせた者はいまだかつていないが……それでも、足りない。クロウ・ガートは、英雄じゃないからだ」
「無数の生贄を、用意できないか」
「『歴史』という概念に見合うほどの勢いで、生贄を用意する必要がある。これは、つまり。端的に言えば、戦争を使うこと以外に、祭祀呪術の真の完成はない」
「陰気な呪術師には、戦争のリーダーになるのは難しそうだ」
「そもそも、クロウ・ガートはそれを望んでもいない。狂気の人物ではあるものの、権力への欲求が大してないんだ。それが、いわば、彼の限界でもあり……良心的と呼んでも良さそうな部分だな。その呪いは、数名の乙女しか犠牲にして作られていない」
「……亜人種の奴隷娘たちを、生贄とか実験台にしたとすれば。気持ちがいいものじゃないけどね。オレは、ハーフ・エルフなんだから」
「人間族の奴隷も使っているようだぞ。彼が学長殿に向けた告白によれば」
「誰からも嫌われそうな性格をしていそうだよね。呪術師に持っている、負のイメージそのもの過ぎるよ」
「そうだな。私には、良いイメージを持つといい。政治的野心を理解している。より良い世の中のためになら、どんな尊いものさえ踏みにじれるんだ」
「そいつは、呪術師に持てそうなイメージだよ。そもそも、祭祀呪術に、相性が良さそうだ」




