第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その八百九十七
―――高圧的な態度ではあったものの、シドニア・ジャンパーはマシだった。
『プレイレス』の大学半島の存在価値を知らない、大半の帝国兵と違ってね。
彼女は学問そのものを大切に考えているし、愚かなことが嫌いなようだ。
呪術師は性格の良し悪しはさておき、基本的に知的な人物が多い……。
「『プレイガストよ。シドニア・ジャンパーの行動を、『見れて』いるんだが。これは、どう解釈すべきだろうか?』」
「竜の呪術は強さがあるようで。対象人物が、シドニア・ジャンパーにまで及んだ可能性もありますが。ターゲットとなっている少年の深層心理が、見せているものかもしれません」
「『なるほど。後々、聞きかじった事実を、ノヴァークは見ている……腹に、呪術を抱えているのだからな』」
「ええ。祭祀呪術かもしれないもの。強力な古王朝の呪術に似たものが、その少年の腹には宿った。呪術の干渉性は、かなり広いものですから。共鳴しているのかも」
「呪術とは、そこまでの可能性があるのか?」
「もちろん。ストラウス卿のものは、特別でしょうが。また、祭祀呪術の研究者が使った術も、例外には漏れない。魔術に比べて、極めて小さな単位での魔力の動きになるものですが、それゆえに繊細かつ……共鳴性がある」
「小さすぎて、共鳴するのに必要な魔力も小さいから……共鳴しやすい、のか」
「さすがはメイウェイ殿。まったくもって、その通り。呪術は伝染性を有しているものも多い。まるで、病気のように」
「その言い方は、警戒したくなるのだが?」
「至極、正しい反応です。伝染性の呪術は、危険なものが多い」
「ストラウス卿は、無事なのか?」
「『オレは大丈夫だ。アーレスがおよそ守ってくれているよ』」
「呪術は『魂』を模造して、他者に宿らせもする。通常は短期間ではありますが、竜のそれはまた異なるでしょうな」
「『とにかく、オレのことは心配しなくていい。マズそうだったら、距離を取るぐらいの判断はするさ』」
「分かった。私には分からない分野なのだ。任せるしかないが、重々、祭祀呪術に襲われないようにしてくれ」
「『ああ。あれには、いい思い出はない。とくに、クロウ・ガートと、そのクソ弟子、レヴェータのものにはな』」
―――このシドニア・ジャンパーは、もしかしたら少年の願望なのかもしれない。
毅然に働き、亜人種にも人間族に対してもどちらの別もなく厳格だった。
それを望んでいるのかも、少年は運命の悪女に支配されたがったりしている?
ソルジェもボクもそれについては同じ予測だ、『おそらくそうだろう』……。
―――理想が重ねられたせいで、もしかしたら真実ではないシドニア・ジャンパー。
彼女は学問を愛し、ライザ・ソナーズとレヴェータが天下を取ったら。
この大学半島の学問を『新たな帝国』の知的な基礎にしたいと、考えていたらしい。
それはなかなか合理的な判断というか、やれるならどこの王も選んだろうね。
文化や科学や知性の傾向ってものは、『移植』するのが手っ取り早いものだ……。
―――世の中を安定させるための力は、基本的に三つあるとされている。
『ルードの狐』の哲学では少なくともそうで、それらの三つとはこうだ。
『治安を司る軍隊』と、『おかしな金の流れを許さない税制』。
そして『啓蒙可能な知性』であり、これらを兼ねそろえた街だけが平和である……。
―――シドニア・ジャンパーは、大詐欺師なので治安の破壊者ではあるけれど。
いつか体制側の重役にでも、なりたいと願っているのかもしれない。
実際、彼女が掠め取った莫大な帝国軍への給金。
それを献上されたなら、小国のひとつだって任せたくもなるだろう……。
―――『税制』の破壊者は、グラム・シェアの依頼をこなしていく。
学生自警団が食料を過度にため込もうとしていないか、武器と鋼の量に変動は?
薪やランプ用の油、船の修理あるいは『密造』に使えそうな木材量のチェック。
グラム・シェアは大学半島を侮ってはいなかった、なかなかの将軍だよ……。
―――間接的にソルジェにも、生きた勉強となっていたね。
グラム・シェアは将軍であるだけでなく、一時的に『プレイレス』の統治者だった。
軍事面かつ政治面で、どういった点に着眼すれば管理が可能となるものか。
それを学ぶには、この追体験は得難い経験となるものだろう……。
―――しょせんはソルジェ・ストラウスだからね、アタマが悪い。
学問として教えるよりも、実際にその場に放り込んだ方が修得は早いのさ。
形として捉え、それを瞬時に模倣することに関しては大陸トップだからね。
グラム・シェアの統治と管理のコツを、ソルジェに教えるのに向いた状況だ……。
―――グラム・シェアは経済、物資面の動きだけでなく。
大学半島内の人材の動きにも、大きな関心を示していたことが分かった。
半島内にある各大学内の生徒および教員の交換、留学について調べさせている。
シドニア・ジャンパーの調査力から、大学側はそれらの動きを隠せなかった……。
―――まあ、大学側も普段から重要視しているからだよ。
『人材交流』が自分たちの研究や知識を、大きく加速させると知っているのさ。
ソルジェはそのあたりを、26才になってようやく理解しつつある。
北方野蛮人に対しての我々の努力は、それなりに形になって来つつあるようだ……。
「『スゲーな、レフォード大学ってのは。学問に対して、そこまで追及しているとは。『人材交流』。なるほど、当然だな。新しい知人から、得られる見識はおよそ新鮮なもんだ』」
―――いつかガルーナ王国に大学を建てるのだ、大学半島から教師を招いて。
そんな決意をさせるには、十分だったようだ。
ルクレツィア・クライス率いる天才錬金術師たちだけでなく、大学教授まで。
ソルジェは知的人材に対して、なかなか貪欲な考えを持っているらしい……。
「『学生たちが都市を運営しているとは聞いていたが、面白いな。銀行みたいな真似しているぞ。『大学が金貸しと投資もしてる』のか』」
「そうですとも。大学半島は自治性を高めるために、自ら資金獲得能力を有した大学が多い。錬金薬や、建築工学……古くは、冶金の技術まで。多くの知識を開発し、それを販売・運用する商人たちのギルドを作り、そこに資金を貸し出して、増やしたのです」
「見事なものだね。学生たちが、それを運営していたとは。まあ、学者たちや大学そのものも関わっていたのだろうけれど」
「『戦ばかりでは、鍛えられん脳みそだな。研究し、新たな発明を作り。それを売ってくれるギルドまで主催し、そこで金を増やして……増やして金で、大学半島の自治を『買った』のか。むろん、研究を続けることで、自分たちの価値を高めながら。ああ、ちくしょう。スゲー地域だな、『プレイレス』。ロロカやガンダラが、この土地で書かれた本をオレに読めというわけだぜ』」




