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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その八百九十五


―――新たな『道具』に堕ちた、あるいは価値が上がったのか。

ノヴァークにとっては、どっちでも良かったのだろう。

巨人族のチーフが戻って来ると、彼は大きな戸惑いと後悔を背負った。

多くのものを裏切ってしまったような気持ちに、なってしまったからだよ……。




―――教育者としての彼は、学問に対して情熱的であり紳士的だった。

多くの学生を善き方向に導くため、あるいは学問そのものを極めるため。

その種の努力を惜しんだことは、ほとんどなかったのだ。

あまりにも多忙なときは、もちろん除いてね……。




―――今この瞬間だって多忙であり、脅迫めいた状況そのものにあったけれど。

あの生意気な若者を救えなかったことを、彼自身の罪に思い始めている。

魔女にそそのかされる若者、その種の伝承に彼は詳しいのさ。

あらゆる地域の文化史に、魔女と交わり滅びの軌道に乗ってしまう伝説がある……。




―――女性に魔性を見つけられるのは、間違いなく男にとって幸福だからかも。

酒の肴に語り合い、酒場のホールの暖炉の前で歌われるには最適な物語だ。

教訓と冒険と悲劇と、ほとんど例外なく淫らな交わりの香りまでついてるからね。

原始的な静寂をたたえた雪深い夜には、魔女と若い男の破滅の歌が酒に合う……。




―――北方の魔女たちの伝承を想いながら、チーフは少年の未来を悲嘆した。

祭祀呪術の容器にされて、長く生きられるものだろうか。

ノヴァークが考えているよりは、ずっと深刻な現実が待っているだろう。

それだというのに、魔女にそそのかされた彼は笑顔で誇らしそうに……。




―――死を植え付けられたようなものである、その横腹を見せるのさ。

脂肪のついていない若い腹は、熟練の戦士ほど鍛えられていないのに。

美しさがあったけれど、獣のようなタトゥーを彫られた今は。

チーフにはとても汚らわしく見えて、無知な笑顔は罪悪感を煽るのだ……。




「どうだい、オッサン。カッコいいだろ。一人前の戦士ってカンジになれる」

「愚かな、ことだ。呪いになど……しかも、古く、強烈な呪術を研究する男の呪いを、その身に宿すなどと。さっさと、解き放つべきだ。軍人よ、君だって女性だろう?」

「女性だ。そして、会計将校である。私にとって、『軍の資産』を補強することは使命なのだよ」

「その少年のことを、『軍の資産』などと呼ぶべきではない。あまりにも、不謹慎だよ」




「チーフ。考え過ぎるな。彼の意志でもあるのだよ。この任務に、身を捧げるのは。人ってね、そうだろう?誰しも、誰かの役に立ちたいと願う」

「未熟な少年の心に、つけ込んでいるだけだ。君は、とても邪悪だよ。私が知っている、古き魔女たちの伝承に、同じ質を見つけられる」

「失礼だぜ、オッサン。オレの意志にとっても、少尉の使命感にとっても。少尉は会計将校なんだ。『損得勘定の魔女』であって、然るべきなんだよ」

「そんな認識は、早急に改めるべきだ。軍人だって規律は大切だ。まして、予算を扱うのなら。規律の無い予算の管理者なんて、腐敗の温床になる。そもそも……若者の命を、顧みない行為なんて、軍人としてもヒトとしても間違っている。いいかい、少年よ。君は、間違った道を進もうとしているのだ」




―――必死な願いが届くほどの距離に、心と心がいるとは限らない。

このときも、もちろんそうだったのさ。

それでも教育者らしく、告げておくべきだとチーフは考えていただけ。

底なしの堕落に進む、正しい軌道から外れてしまった若者を星の数ほど見てきても……。




「いつか、私の言葉を思い出してくれることを望む」

「そんな日は、来ないね。オレの父親にでも、なったつもりかよ」

「教育者の性というものだ。助言をしておくぞ、君は破滅の道にある」

「だから、何だって言うんだ?」




「自分の命や、人生そのものの価値を、ちいさく見積もるな」

「価値がないさ。価値がないから、それが欲しくてオレみたいな若いヤツらはあがくんだよ。どんな痛みにも耐えて、どんな末路だって喜んで……」

「刹那的な選択は、自暴自棄そのものだぞ」

「うるせえよ。ああ、ほんと。マジメなオトナってのは、役に立たないアドバイスばかりをしてきやがるぜ」




「『悪ガキらしい悪ガキだ。祭祀呪術にまつわるようなものを、腹に抱えているっていうのに。しかし、気持ちも分かるぞ。それがどこまで凶悪なシロモノなのか、お前は分かっちゃいない。恐ろしいものが何なのかさえ分からんという若さは、行動力の源でもある。夏まで生きていた。この日から。それで、十分な奇跡じゃある……問題は、ちゃんと今でもお前はそれの容器のままなのか。それだと、こっちとしては楽になるんだがな』」




「そろそろ失礼するよ、チーフ殿。そちらの助言、私は記憶しておこう」

「若者の命を、それに……少年の感情をもてあそぶな。大人だろう、君は」

「学生たちを相手にしている仕事なら、よく見聞きするものじゃないか?若者をたぶらかす、良くない大人たちの存在を」

「自分で、言うな」




―――嫌悪と軽蔑の表情を向けられたとしても、この女狐が傷つくはずもない。

誇りにさえ、思っているようなのだからたちが悪い。

あらゆる悪女は、どうしてこうも耐久性が高いのか。

むしろ悪評や軽蔑や警戒を、シドニア・ジャンパーのように愉しんでいる……。




―――ゾッとするような、悪女の笑顔に。

賢者は破滅を見て、恋に溺れる若者は幻惑された期待を抱く。

運命に裏切られても、後悔するなよという説教の声が。

恋する耳に届くなんて、あり得なかったんだよ……。




「では、これで。学長殿にも……もちろん。クロウ・ガートにも告げないように。私はどれだけの人数だって、報復のためには殺すよ。未来の予防のために。分かっているだろう?私の妨害をするような態度を見逃してやるのは、今このときが最後だ」




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