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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その八百九十三


「の、ノヴァーク!?」

「あ、ぐう!?」




―――勇気は素晴らしいものであり、愛情と献身もまた素晴らしいものだ。

それでも、すべての美徳が何かを得られるわけじゃない。

呪術の化身が放った闇色の槍は、ノヴァークが掲げたイスを直撃している。

見事にノヴァークはその軌道を読み解いてはいたが、イスは脆さがあった……。




―――鋼であれば防げたかもしれないものの、いや彼の技量では大きさが足りない。

自分がどれだけ戦士としては弱いのかも、よく理解したうえでの計算だ。

怖かっただろうに、死ぬ可能性だって想像していたはずだろう。

それでも少年は、『運命の悪女』を庇ってしまったのさ……。




―――よどんで狂った関係から、詩的な美しさを持つまやかしが登り立つ。

そんな事態もあるものだ、不良少年が女詐欺師を庇うだなんて。

間違いだらけの関係なのに、どこか劇的なものだ。

ソルジェはもちろん、むしろボクのような詩人はこの献身に美を見つける……。




―――引き裂かれながら、ぶっ壊れてバラバラになってしまったイス。

槍が少年の肉体に突き刺さっていく、まだ厚みに欠く若すぎるそこに。

シドニア・ジャンパーが、弱体化をさせていなければ。

もう数秒でも術が長続きしていれば、彼も肉片になっていただろう……。




―――イスよりも、少年の体の方が当然のことながら脆いからね。

乾いた木はそれなりに硬い、およそヒトの骨よりも圧倒的に。

それを粉砕する威力が、ノヴァークの脇腹をかすめていた。

シドニア・ジャンパーを狙っていたから、角度が狂っている……。




―――幸運でもあるし、勇気の勝利でもあった。

踏み込んでいたから、軌道を変えるほどの衝突力が確かに生まれていたのさ。

二の足を踏めば、そんな力は生まれずに深々とえぐられていただろう。

危ない真似だが、ソルジェは戦士としてボクは詩人として褒めてやれる……。




「『よくやったぞ。それでいい。死にかけていたことは、見逃してやろう。女のために死ねば、それはそれで名誉ではある』」




「く、ぐううっ。痛い、よ……ッ」

「邪魔を、するからだ!!」




―――シドニア・ジャンパーは珍しく感情的で、それが少年には嬉しい。

不発に終わった呪術の暗殺者は、もう長くは動けないようだ。

残されていた力を、短期間の爆発に使用するタイプに変わっていたからね。

力は尽き果て、動きが遅くなり……。




「燃えろ!!この、バケモノめ!!」




―――『炎』の魔術で、呪術の影を焼き払う。

というより、圧力を使って押し返したようだ。

それで時間を稼げれば、それで良かった。

そうこうしているうちに、もはや呪術に殺傷能力はなくなっている……。




「ノヴァーク!!おい、ノヴァーク!!大丈夫か!?」

「う、うう」




―――名前を呼びながらも、呪いの残存を警戒しているのは彼女らしいかも。

ノヴァークを大切に思っていないわけじゃないが、最優先事項ではない。

もちろん、彼女自身に匹敵する存在ではなかった。

恋愛の残酷な非対称な序列は、たとえ命を賭けて守っても変わらない……。




―――運命の悪女をモノにするのは、とても困難なことだ。

古来、歌にされてきたように。

多くの男が弄ばれて、けっきょくは破滅の引力に囚われる。

そこの儚さに、詩人は何かしらの感性をかきむしられるんだ……。




「これ、は……」

「やばそう?オレ、死んじゃうのかな。死にたくは、ないんだけど」




―――軍人でもあるし、須弥山の修行の成果かもしれない。

応急処置は完璧だった、まあ致命傷じゃないと判断したときから。

すでに女狐の目は、狡猾な品定めをしていたけれどね。

大切な部下ではあるが、部下は彼女にとってはけっきょく道具なのさ……。



「安心しろ。死ぬことはない。派手に痛いのは、皮膚を多めに斬られたからだ。深い部分まで、突き刺さっちゃいない。こんな傷では、死ぬ方が難しいんだ」

「そう、かよ。くそ、ちょっと……ダサいな」

「いやいや。献身的な態度は、褒めてやれるぞ。それに……」




―――ノヴァークは自分を見下ろしてくるシドニア・ジャンパーの目に、身震いした。

ゾッとするほど美しくもあったからだが、それがそんなに美しい理由はただ一つ。

愛情なんてものじゃなくて、『利益だと判定したか』だ。

そんな視線を向けられても、若い心は間抜けまでに興奮している……。




「オレじゃ、ないよね。オレ自身じゃない。そうだ、その興味は、これ、かよ」

「ああ。呪術を、肉体に受けたな。これは、しつこい呪術だ。死にはしないし、ほとんど消えかけてはいるが、だからこそ、ノヴァーク。君の肉体そのものが『保存容器』として使えそうなんだよ」




―――自分の部下を、呪いの『保存容器』にするなんて。

とてつもなく邪悪な判断だよね、人徳ある者ならば怒るべき発言だ。

しかし、稀代の詐欺師が口走っていることを考えると。

ある意味、妥当だったのかもしれないのが悲しいね……。




「オレ、つまり。少尉の役に立てそうってことだよな?」

「ああ。役に立つとも。この呪術はね、かなりユニークだ。おそらく、クロウ・ガートのオリジナルであり、それはつまり」

「アンタがお熱の祭祀呪術、それに似ているというわけか」

「ああ。おそらくね。絶対とは言えないけれど、『生きた呪術』を回収できるのは素晴らしい学びになるものだ。若い肉体は、呪術を刻み保存するには適している」




―――ソルジェは思い出す、須弥山の呪術は『肉体を変異』させるものだ。

少女をおぞましい怪物に変えて、兵器として好きなように使役する。

そんな真似がやれてしまうのが、須弥山の呪術の特徴。

シアンだって『真なる虎』という、肉体変化に近しい強化の呪術を使えるわけで……。




―――『虎』が入れ墨をするのも、おそらくは。

『呪術を肉体に保存する』という考えが、発端にある文化だったのだろう。

シドニア・ジャンパーは、それを使おうとしているのさ。

愛おしくも愚かしい、勇敢な少年の肉体を自分の野心のために使うのだ……。





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