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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その八百八十五


―――這いまわる『足跡』たちを見れば、心はとても不安定になるものだよ。

床ならばともかく、壁や天井の『足跡』は気持ちが悪くなるし。

今回に至っては、窓ガラスにさえもベットリとした赤い痕跡が這っていた。

チーフはそれに怒りを満たし、ノヴァークは恨みを見ている……。




「い、怒りに満ちているんだ……っ。が、学者にとって、研究資料というものは命そのもの。い、命を使って、私たちは学問を表現しているのに……すまない、すまないっ」

「違うさ。ずっと、ずっと恨んでいたんだろう。呪術師として生きられないから、苦しかったんだろ。優秀じゃないか。呪術師としての力を、見せつけたがっているように見えるぞ、オレには」

「そんなことは、ない。彼は、じゅ、呪術師ではあるが。クロウ・ガートの本質は、学者なんだ!?」

「祭祀呪術なんて、強力な呪術に恋焦がれている男なんだぞ。学者の顔は、そいつの一部しか表現していないって思わねえのかよ?」




「君は、自分のなかにある負の感情を、大人に向けたがっているだけだ」

「それが、悪いのかよ。大人や世界って、立派か?……『ほんとうの自分』を、持てる力や、立場や……正体を……ぜんぶ、まともに評価してくれるっていうのかよ!?」

「……まさか、君は……」

「嫌いだぜ。見抜こうとするな。教師ぶって、ガキの何もかもを分かろうとするとか、しなくていい。中途半端な、ことになるんだから」




―――ノヴァークにとって、『ほんとうの自分』でいられる場所は。

今このときでは限られている、すべてを知っているシドニア・ジャンパーのとなり。

それを除けば、けっして『マリウス』を守れない両親のそばぐらいか。

たった二つの場所を除けば、世界のどこにも居場所はない……。




「力を、見せつけてやれよ。クロウ・ガート!!」

「挑発を、するんじゃない。少尉。少尉殿、早く。呪術を。彼の様子が、何か変だ!!呪術に、干渉されているのではないか!?」

「オレは、自分の意志に基づいて発言している!!」

「……黙れ。君は、きっと……『狭間』なのだろう。知っている。いるよ。何人も。亜人種と人間族のあいだにだって、いくらでも愛は成り立つんだから。まさか、帝国軍人が……君を、受け入れるとは」




「うるせえ。ぶっ殺すぞ。その口、閉じてろよ」

「……分かった。せめて、祈る。黙した口の、奥にある心で」

「偉そうに。腹が、立つよ」

「落ち着きたまえ。クロウ・ガートの呪術を、鎮めにかかるぞ」




―――シドニア・ジャンパーは、ナイフを取り出した。

白い会計将校用の手袋、前歯を使ってそれを噛みながら取り去った。

意外と小さな手をしているんだと、ノヴァークの心は弾む。

少年の恋心は些細な部分に、妙な納得を探すものさ……。




―――白い指先が、ナイフの刃先に触れる。

指先に傷が入って、赤い血がゆっくりとふくれるように湧き出した。

シドニア・ジャンパーが狙ったのは、封筒に刻印されている郵便印だね。

そこに呪術の中心があると、ソルジェもすでに見切っている……。




―――命懸けで戦った敵の性質について、戦士はよく覚えているものだから。

クロウ・ガートという老いた呪術師の戦術傾向は、慎重に慎重を期す。

気を隠すには森の中、牧歌的で見慣れたかすれた郵便印。

そこは呪術を隠すには悪くないし、そもそも郵便を経由していないものだ……。




―――かつて使った封筒を、利用したのか。

そもそも印鑑自体を偽装したのかもしれないね、財力と人脈は十分にある。

いずれにしても、それなりの観察眼があれば一目瞭然ではあった。

ソルジェに魔眼がなくても、きっと見抜いていただろう……。




―――シドニア・ジャンパーが呪術を使う、自分の血を刃に塗りたくることで。

その刃にはうっすらと魔力と呪術の層が構築されて、そいつを使い。

印に潜むクロウ・ガートの呪術に対し、串刺しを試みた。

ナイフが分厚い封筒の奥にある書類を傷つけないよう、ていねいな横刺しだ……。




―――削り取るようなイメージだ、ソルジェはボクより適切な判定をしたと思う。

ボクと違って、とっくに一流の呪術師でもあるからね。

呪術に対しての洞察は、専門家に違いない。

シドニア・ジャンパーは印の刻まれた封筒の一部を、切り取ってしまう……。




「それが、呪術の……」

「呪術の中心だ。ほうら、見ろ」

「う、うごめいている。少尉殿、さっさと」

「もちろん。処分するとしよう」




―――床に捨てると、魔術で『炎』を呼んだのさ。

かなりの精度の魔術であり、上級戦力とすべき腕前だろう。

切り取られた封筒の一部は、焚火に突っ込んでしまった野ネズミのようだ。

じたばたと暴れ、苦痛を表現していたよ……。




「あ、『足跡』が、ふ、増えている!?」

「走り回ってやがるな。増えてるんじゃない。苦しくて、もがいてやがるんだ」

「その通りだよ、ノヴァーク。この呪術たちは、私を襲いはしない。もうしばらくすれば、ほら……消えていく」

「……ほんと、だ。チーフさんよ、オレの上司。スゲー有能だな。冷静沈着だった。あんたは、あわて過ぎだ」




「く、クロウ・ガートをよく知らないからだ。彼は、自分の研究のためなら、どこまでだってする。そういう、き、危険な学者なんだ」

「危険な相手には、逆らわないのかな。そんなだから、『プレイレス』も『西』も、帝国軍の所有物に、堕とされちまうんだ」




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