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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その八百八十三


―――誰もが正確な歴史なんて、分からないものだよ。

君は四十七日前の朝ごはんを覚えているかな、ボクは日記に頼れば思い出せる。

でも、調味料がどんなものだったのか。

あの卵焼きを見つめながら、クラリスにどんな進言をしたのかまでは分からない……。




―――いくらかルード王国や、現在進行形の対帝国戦争について。

歴史を紐解く上で、微妙に重要な言葉を述べたハズのなのに。

戦士たちの死傷者数や、ルード王国の国庫に対して。

なかなか無視しにくいレベルの言葉を、告げているのだけれど……。




―――外交会議っていうスケジュールがあったから、書き忘れている。

議事録に全てを残せるほど、歴史ってものは小さくはない。

この詐欺師の女狐の言う通り、歴史に嘘はつきものだった。

正確さの風化は早く、重要事項はくるくると変わっていくものだからね……。




―――ボクらは正しさをうつろわせながら、適当なつじつま合わせをする。

書き換えられた議事録だって、詰めば歴史の山よりも高くなりそうだ。

ノヴァークは古びた歴史の残存物を見下ろしながら、目を細める。

これらを使った詐欺には、どんなものがあるかさえ考えていたのさ……。




「歴史って、文脈だもんね。そういうの、ヒトは過大に評価しちゃう。つながりたいから。帰属意識っていう本能が持つ、卑しい部分だ。『あなた方は古王朝時代の名家の末裔であり、この骨董品に刻まれている家紋から、推定した家系図に関わりがあるようです』。それだけでも、何人か『プレイレス』の金持ちたちは、騙せるだろうか。レフォード大学の教授と、その教え子という肩書きでもあれば」

「私と君で、『プレイレス』の街を回るわけか」

「うん。かなり、稼げるんじゃないかな。帝国軍に抑圧されている状況だ。この土地の人たちも、大きな負け犬コンプレックスに囚われていると思う。ちょっとでも、自分がマシな存在だと思いたくて、嘘だと分かりつつも喰いついてくれるかもしれない」

「まあ、悪くはないシナリオだ。詐欺師は、シナリオが書けなくちゃやれない。欲望と不安につけ込むような物語は、切れ味がいいものだ」




―――歴史を探求する学問の場の一角で、詐欺師たちは不穏な会話を楽しむ。

冷静なシドニア・ジャンパーも、邪悪な理論を話すときは口角が上がった。

ソルジェはノヴァークの視線を借りて、それを見ている。

ノヴァークは分かりやすい少年だ、好きな女を喜ばせたくてしょうがない……。




「君たちが、クロウ・ガート教授の言っていた……」

「来たよ。有力なパトロンの部下に対して、取るべき態度か?待たせ過ぎだよ」

「授業が、あったのだ。学生たちとの議論も大切なのだよ」

「そうかい。でも、発掘のための活動資金だって、学生との議論と同じぐらい大切なんじゃないの?」




―――発掘チームにチーフは、若者からすればベテランで。

賢者からすれば青臭い、そんな年齢の男だったよ。

二十代後半あたりで、春でも日に焼けた額を持つ男だ。

赤土を掘り返す喜びを持つ、巨人族の研究者だった……。




「挑発的な態度だな、若者らしい。まだ、大学に入る年齢に、わずかばかり達していないように見受けられる」

「どうだっていいだろ。オレは、羽振りのいいクロウ・ガートの関係者だ。あんたの態度を上に報告すれば、それなりの裁きを下せる」

「法律家気取りかね。なかなか、君の部下は元気そうだ」

「乱世だ。多少の暴力性も、許容してもらえる時代だろう、チーフ」




「……そうだろうね。大学半島には干渉しないという名目は、君たちの堂々とした訪問で破られつつある。学長が不在の日で、良かった。亜人種と帝国兵がもめるなんて事態になれば、不測の事態を招いたかもしれない」

「安心してくれて構わないよ。私はそれを望まない。ライザ・ソナーズ中佐も、この土地の不可侵さを保つことには苦心しておられる」

「……奴隷売買の、女王か」

「そうだ。それでいて、世の中の複雑さゆえに。亜人種の庇護者でもある」




「亜人種の庇護者か。どうにも、議論したくなるが……」

「帝国軍人と、その種の議論をする意味をチーフ殿は見つけられないだろう。平行線のままの議論だ。私の認識と、貴方の認識が、交わる可能性はゼロだ」

「大学に属する者として、議論の放棄などしたくはない。しかし、今は……優先したいものだ。何の用かな?祭祀呪術に関する発掘品は、提供しているぞ。契約の通り」

「把握している。貴方には学術的興味を満たす機会と、少しばかりの医療的な提供が必要だ」




「……うちの子供の病気まで、知っているのか。脅すつもりなら」

「脅すつもりなら、もっと言葉を濁らせるよ。私の脅迫は、恐怖を主軸にデザインされているものだから。想像力を駆使させるために、あえて、欠落させる。とくに、考えるという行いに長けているターゲットにはね。安心するといい」

「安心など、とっくの昔に……出来なくなっているさ。学生たちは血気盛んだ。自警団が大きくなれば、君らが大学半島を侵略する口実を与えてしまいかねない。この場所の、奇跡みたいな時間が、終わってしまうかも。学生たちは、そのリスクが、まだ骨身に染みちゃいない」

「イルカルラの隊商の生き残りが、先代学長に拾われた。奴隷にされそうだった貴方は、そうして学問の道に。知っているよ。物語について詳しくなるのが……私の。会計将校の業務を、やりやすくするのだから。すべての人に、固有の事情があるのだからね」




―――何でも知っている女狐を、詐欺師らしく演出している。

ソルジェは詐欺師の手法を学びながら、気に食わないが有効策だと認識した。

チーフの動き、巨人族の落ち着いた知識人の所作さえも。

シドニア・ジャンパーは女狐の視線で、『鑑定』しているんだ……。




「『いい目だぜ。呪術師の目つきってのは、だいたい暗く荒んでいるものだが。お前の師匠は、詐欺師のおかげかな。静かで、吸い込むような観察者でもある。巨人族にカードゲームで勝てそうだよ。オレも、ちょっとは参考に使いたい。芸風には、合わんかもしれないがね』」




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