第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その八百八十二
―――レフォード大学に彼らが向かった理由は、呪術師クロウ・ガートのせいだ。
二年前に大学を去ってはいたけれど、彼の人脈はいくつもある。
ソルジェたちが調べられなかった人脈だね、発掘仕事を行う研究チーム。
クロウ・ガートはレヴェータからの援助で、研究資金は豊かだったから……。
―――本来は付き合いのなかった労働力とも、金で買収することが可能だった。
学者仲間からは嫌われる行為だったらしいが、クロウ・ガートは気にしない。
研究は金がかかるものであり、金がものを言う分野でもある。
詐欺師コンビは、発掘者たちの集まる詰め所へと向かった……。
「学生たちは、オレたちを嫌っているね。あんたひとりでやって来ていたら、絡まれていたかも」
「ボディーガードをしているつもりかな。たくましくなったものだ」
「あんた、オレが兵士たちにボコられているところ、見ただろ?」
「殺される寸前だったな。それでも、野良犬みたいに噛みついていた。弱々しく、心の底では怯えていたように見えたが」
「弱さについて分析し過ぎるのは、意味ないことだ。オレは、つまり。意外と、勇敢だってことさ。あんたの部下として、相応しいだろう。度胸があるって要素は」
「おしゃべりな点もな。さて、彼らは……まだか」
「授業でも長引いてるのかも。研究者たちって、学生の相手なんてしなくちゃならないらしいから」
「……研究に没頭できれば、もっと学問は進むのだろうが。戦争の、悪いところではある」
―――詐欺師ではあるが、知識に対してはどん欲さがあるようだ。
まあ、学者たちが考えているような美徳ではないだろうけれどね。
シドニア・ジャンパーが求めているのは、詐欺師らしく自分に有益かどうかだけ。
道具としての学問さ、それも悪いことではないけれど……。
―――不良少年のノヴァークと同じように、彼女も世の中を攻撃したがっている。
詐欺師の特徴かもしれないし、くしくも政治家にも似ていた。
政治力のためではなく、ただただお金のために。
科学への好奇心は平和や社会の発展ではなくて、我欲を満たすための方法模索だ……。
―――利己的な詐欺師は、それでも乾燥した木箱のなかに並ぶ発掘品を見つめる。
それらは古王朝時代の発掘品たちで、歴史的な価値が隠れているかもしれないものだ。
無価値な歴史の遺産だって数多くあるから、専門性がなければ価値は見えない。
だが情熱さならば、考古学について素人である詐欺師にだって見抜ける……。
―――慎重さと丁寧さと、洗練された現場でのプロセスに従っていた。
古い赤土のなかで朽ち果てながらも、どうにか千年かそれに近しい世紀の風化に耐え。
大昔の魔銀や、陶器の欠片たちが並んでいる。
タグ付けされたそれらは、発掘場所と日付が正確に記されていた……。
「そんなものに、興味があるんだね」
「大人になればなるほど、歴史に対しての率直な興味というものが増えていくものさ」
「そんなものかな。まだガキのオレには、歴史なんてものに興味はない……」
「歴史を知れば、人をより騙せるぞ」
「マジか。それは、そう言われると。どうにも、ちょっとは興味が湧いてくる」
「人は歴史に対して、何かしらのつながりを持ちたがるものだ。それは何も歴史好きの偏屈な老人たちだけではない。この大学の主力産業が、歴史であるように、普遍的で大金を投資すると多くの者が納得できてしまう、価値あるものだ」
「つながり、ね。『プレイレス』の連中は、偉大な古王朝時代の継承者としての地位を、いつも探しているってことなのかな?」
「そうだ。誰もが誰かの子の子の子。その種の世代間のつながりに、興味を抱いてしまう。帰属意識というものが、本能的にあるのだ」
「じゃあ。本能なら、騙せるよね。再現率の高い行動なんだから。単純なパターンで、しかも、あらがいがたい。詐欺の罠を仕掛けるには、ちょうどいいわけか」
「財宝探しを建前に組織された、調査機関は数多くある。騎士団や、役人たちの組織。夢見がちな金持ちの施設組織もだ」
「歴史へのコンプレックスを使えば、詐欺が可能……しかし財宝探し、か」
「若者にも、歴史への好奇心ぐらいあるらしくて、お姉さんは安心したよ」
「金目の財宝についてさ。財宝、実際のところ。ハナシは聞く」
「『西』にも、その種の物語は多くあるらしいからね」
「さっすがだね。あんた、とっくの昔に調査済みってことか。たくさんの伝説はある。実際に見つけたってハナシも……真偽は、ちょっと自信が持てないけど」
「『西』には大陸北西部から、多くの亜人種種族や、人間族の一団も移入してきた。『プレイレス』から、逃げ落ちた政治家や、追放された軍人も数多い。外からの集団が、かなり入植してきた歴史がある。軍資金や、犯罪で得た金を隠している場合だってあるさ。数が多いとまでは、言えないが」
「うちの父親たちも、探そうとしていた」
「知っている。調べているから。エルフ族の埋蔵金。帝国軍との戦いに使おうとしていたようだが、賢明な判断をしたようだ」
「そうだね。怪しい発掘者たちがやってきて、根拠に乏しい『発掘品』を見せた。エルフたちが使っていた魔銀……赤く錆びていたから、質が悪かったけど」
「大陸の北西部集団の魔銀は、錆びることを否定しなかった。純度の低い魔銀金属は、大量生産が可能になる。移民しなくてはならない状況では、質よりも数を取ったのだろう」
「そう。説得力は、あったらしい」
「だが、そこが怪しくもあった。いかにもらしい情報を提示し、欲望をくすぐるのが」
「詐欺の、基本だよね」
「ああ。騙されなかったのは、君の父上殿の知性のすばらしさだ。皮肉ではなく、本心から称えるべき選択だ。歴史には、嘘がつきものだから」




