第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その八百八十一
―――『コラード』の海賊たち、彼らから攻撃されるリスクを考えたのだろう。
シドニア・ジャンパーらを乗せた船は、遠回りに北上する航路を選びながら。
大学半島を目指した、『ペイルカ』に向かう商船を遠くに見つつ。
ノヴァークにとって、その商船たちは親しみ深いものだった……。
「『西』と『プレイレス』のビジネスは、支配関係が明瞭だったんだ。オレたちが少しばかり儲けて、商社を大きくしてしまうと。罰するように奪っていく。安く買い叩かれて、『プレイレス』のビジネスに取り込まれるんだ。悲しいかな、それを自分で目指しもする商人も多い。市民権をくれるんだよ。どこかの帝国が、模倣しちまったモデルのオリジナルってわけさ」
―――若者らしく、不満は多くある。
ノヴァークは昼食代わりのパンに噛みつきながら、商船をじっとりと見つめた。
裏切り者だらけに見えるのも、しょうがない。
その洞察は真実の一面ぐらいは、見抜いていたのだからね……。
―――『西』の商人たちの構造的な問題、『西』が絶対に豊かになれない理由。
優良なビジネスを作り上げても、けっきょくは『プレイレス』に奪われる。
放牧された家畜のようなもので、どんな日々の努力も搾取される運命だ。
経済というものは残酷でね、努力の産物だって金で買えてしまう……。
「けっきょくさ。一番の強者以外は、食い物にされちまうってコトかな」
「一番の強者さえも、食い物にされるぞ。帝国軍も私たちに食われている。皇帝陛下も、完全無欠な幸福を得られていない。愛妻に暗殺されかけて、息子に恨まれている」
「……悲劇的だね。じゃあ、きっと。全人類どいつもこいつも、犠牲者ってわけかよ」
「そうかもしれない。それで、いいとも思える。その認識ならば、あらゆる者に対して無慈悲になれるだろう」
「犠牲者には、権利がある。オレにも権利があるってわけだ。奪い返すために、奪ってもいい。そんな気持ちになれるね」
―――大学半島に到着すると、ふたりは若干の敵意を向けられた。
帝国軍少尉の軍服は、学生たちを警戒させるし。
怒りを向ける理由にもなる、レフォード大学の学生たちは自警団を作ったばかり。
カイ・レブラートがその首魁であり、参加人数は五千人近くだ……。
「レブラート家はエルフの大商人だ。金持ちなら、一部の地域に居場所を得られる。すべては金で買えるからね」
「……数か月後には一万人に達し、主要な軍事力の一角になるかもしれない」
「そこまで、レブラート家の跡取り息子が優秀だろうか?」
「五千人、君は集められるかな?」
「意地悪な質問だね。そうだな、オレにはきっと、無理だ」
「刺激を受けるといい。同世代の活動は、嫉妬を抱きやすくて成長の素材となる」
「そうだな。レブラート家が五千人集めるなら、オレは六千人、騙してみせる。今年前半の目標だ」
「いい刺激だな。さてと、大学に向かうとしよう」
「敵意に満ちた大学だ。入学しなくて、本当に良かったよ」
「レフォード大学の生徒になる予定がったのか?だとすれば、うらやましい」
「少尉は、大学に興味があるんだ?」
「数学についてね。じっくりと探求する時間を、作りたくもある」
「詐欺の力を強めるためか。熱心だよね、ここの軍隊ゴッコやっている自警団の連中みたいだ」
「軍隊ゴッコ、か」
「練度が、低く見えるよ。幼稚な印象がある。第九師団の兵士ほど、洗練されてもいないし。『西』の雑兵連中ほど、ワイルドでもない。何ていうか、教科書じみた動き、かな」
「そこそこ優秀な動きだ。しかし、単調さはある。複雑な訓練内容を行うには、まだ学生たちの基礎能力が足りていない。だが、遠からず……練達は、成るだろう」
「そうかい?自己満足で、終わるんじゃないかな」
「知恵ある者が、参加している。やがては、有効なメソッドを学生たちに施していくだろう。そうなれば、ひとつだけ驚異的な力を得るはずだ」
「どんなものかな。オレには、ちょっと分からないけど」
「想像すべきだ。これも、学習だからね」
「…………むだに、元気に見えるな」
「そうだ。いい線に、着目している」
「……元気なら、あれか。行軍能力」
「若い軍勢の最大の武器だ。一晩休めば、かなり回復してしまう。移動能力だけで、勝利を得た軍隊は少なくない。使いようによっては、強大な力だ」
―――ソルジェは感心している、シドニア・ジャンパーは多くを的中させた。
賢い女性は好み、自分にない属性に男は惹かれるものだからね。
ソルジェはしっかりと『学習モード』に、入っていく。
敵の行動から学び取るのは、ソルジェの得意分野だからだ……。
―――シドニア・ジャンパーの考え方を、どうにか一部ぐらいは盗みたい。
情報収集のための呪術の最中でも、強力な学習意欲がある。
詐欺師の思考を追体験する機会は、英雄的な戦士には稀有な機会だ。
ガルフが彼女に出会えたならば、いくらでも酒を奢ったに違いない……。




