第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その八百七十九
―――港に着くと、春の日差しが心地よかった。
ノヴァークは父親からしつけられた通り、商人の行動をしていく。
行商人や漁師や船乗りたちの様子を見て、どんな商いが順調なのかを探っていた。
自分でも王道の商人に、戻れるような気はしていなくても……。
―――幼い頃からのしつけの通り、港の状況をしっかりと把握していく。
その癖を、ちょっと前のノヴァークなら拒絶していただろうね。
だが、今となっては詐欺のための手段として受け入れられている。
これもノヴァークにとっての成長だし、客観的に見れば堕落でもあった……。
―――自分でも理解しているからこそ、ノヴァークは自己満足を得られる。
ボス猫にでもなったかのような足取りは軽く、港の光景を見渡す顔は嬉しそうだ。
ただの反抗期にありがちな、クソガキっぽさは大いにあるものの。
すでに多くの詐欺を、シドニア・ジャンパーとしてしまっている手練れの悪人だ……。
―――主に帝国兵相手の詐欺だから、ノヴァークの心は痛んでいない。
帝国兵の給料を奪い取るなんて、むしろ英雄的な行為と言えるのだから。
『西』でも帝国でもない、どっちつかずの中途半端な立場。
それこそが、この反抗期の少年にとっては居心地が良くてたまらない場所だ……。
―――港には第九師団の支配下にある商船が、到着している。
小型の軍船も、その警備につく予定のようだ。
岩礁地帯にある『コラード』に、反乱勢力がいるからだね。
カール・エッド少佐と、アントニウスたちのことさ……。
「反乱軍があきらめ悪く、孤島でサバイバルをしているわけだ。海賊に、堕ちながら」
「ゲリラに身をやつしてまで、自分たちの意志を貫く者たちもいるのだよ」
「……詐欺に手を染めながら、姫様にお仕えする我々と同じように?」
「どこか似ているところはあるだろう。反逆者としての道を選ぶのは、かつていた場所から追い払われた者の自己主張だよ」
―――帝国軍第九師団、とくにグラム・シェアを敵だと認識しているところでは。
『コラード』の海賊たちと、彼女たち詐欺師に共通点はある。
だからといって、交わることはないけれどね。
ああ、『海賊たちの襲撃で物資を失った』という詐欺は何度も実行しているけれど……。
―――中海輸送を守る義務があったのは、レイ・ロッドマン大尉だ。
つまりはライザ・ソナーズの、政敵の一人だったからね。
その評判を落とすことに、シドニア・ジャンパーは積極的だったわけさ。
組織内政治の権力争いというのは、実に醜いものがある……。
―――まあ、長い目で見れば我々にとっては大きなメリットだけどね。
彼ら彼女らが内部対立してくれていたおかげで、勝機を得られたわけだ。
海に乗り出す船のなか、シドニア・ジャンパーとノヴァークは新聞を読んでいた。
自分たちが作った競馬新聞ではなく、帝国系銀行が主催する新聞社のものさ……。
―――そこに書かれてあったのは、帝国軍第七師団の崩壊について。
ルード王国が勝利した、ルード会戦についてだよ。
ボクたち猟兵たちと、クラリス指揮下のルード王国軍の戦いについてだ。
ああ、もちろんあまり良くは書かれてはいなかったね……。
―――こちらが卑劣な戦術を駆使し、魔物と協力しただとか。
策略が飛び交うのは戦場の常であるし、竜は魔物と言えば魔物だからね。
ソルジェの変装だとか、ボクの女装だとか。
敵将に化けて好き放題に暴れた結果までは、書かれてはいなかったよ……。
―――分析不足だとも言えるし、戦場の詳細がそのまま伝わるはずもない。
情報はどんどん劣化しながら、ふたりの詐欺師の目に届いた。
どんな評価をするべきなのか、シドニア・ジャンパーは迷う。
帝国軍の疲弊については、彼女は誰よりも知っていたが……。
「十大師団が、初めて負けた……か」
「どう考えるべきかな?オレは、誤報だと思っていたけれど……実際は、本当だったみたいだね。帝国系の新聞まで、書いてしまっているから」
「十大師団同士にも、対立関係はある」
「じゃあ。これは、誤報?」
「……いいや。信じがたいことではあるが、名もなき小王国の軍が、帝国軍の主力の一角を倒してしまった。戦争とは、そもそも……不確定なところもある」
「何かが、変わってしまったのかな?」
「今のところは、それほど大きな変化ではない。無数の勝利のなかの、ただひとつの敗北に過ぎないから。だが……これは、構造的な問題だろう」
「つまり、帝国軍全体が弱くなってきている」
「戦争をし過ぎているし、侵略して奪った土地の経営にも、失敗が見え始めているのも確かだ。兵站が弱体化していなければ、軍勢の主力が負けたところで、追加の援軍で対応すれば良かったのだが……後方支援のための軍が、動けなかった」
「バルモアを警戒してのことだね。東の果ての彼らは、そもそも数が多い……反乱を起こせば、帝国にとって最も厄介な敵になる」
「そのあたりを、計算されて突かれた」
「……なるほど。帝国にも、限界がある。それが、よく分かったよ」




