第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その八百七十八
―――シドニア・ジャンパーは、ずいぶんと手広く仕事をしていく。
ライザ・ソナーズからの援護と、第九師団内での政争の裏側でね。
マイク・クーガーやグラム・シェアさえ、この女狐の動きを追い切れなかった。
ライザ・ソナーズの政治的な圧力のせいで、後手に回るしかない状況なのさ……。
―――レヴェータの顔が、視界のなかに浮かぶ。
ソルジェは腹が立ってしょうがない、性格的にあまりにも合わない。
そもそも、ユアンダートの息子である時点で分かり得る日など来ないよ。
殺した今でも、憎しみを抱ける相手だった……。
―――『殺した今でも』、ソルジェはその言葉をアタマのなかに浮かべてみる。
殺したはずだが、呪術師というのはしぶといものだ。
世界の文脈と呼ぶべき、『プレイレス』の人々の深層心理の共通領域。
そんな場所にまで、侵蝕して居座ろうとしたのが皇太子レヴェータだ……。
―――亡霊、あるいは残留思念。
アーレスのくれた魔眼が、左眼でうずく以上。
呪術というものがいくらか死の断絶を超えて、現世に遺るものなのは確実だ。
ヒトが祭祀呪術で作った女神イースとも、戦ったばかり……。
―――レヴェータがやろうとしたことは、一種の『神に化けること』。
それを奪い取るような形で、さらには破壊し尽くしてくれたものが。
アリーチェという、『新しい神さま』だ。
アリーチェは祭祀呪術のシステムを、奪い取ってしまったのかもしれない……。
―――全てを奪い取ってくれたなら、問題はないのだけれど。
ボクは不安に思ったんだ、ソルジェの考えを暗号で送られたときに。
レヴェータの一部が、まだこの大陸に遺っているんじゃないかとね。
神さえ創る祭祀呪術だとか、あるいはもっと具体的な遺産として……。
―――権力者の誰もが組織を作り上げるもので、レヴェータもまたそのはずだ。
レヴェータは利用されていた立場だよ、ライザ・ソナーズという手練れに。
しかし、それと同時にヤツは呪術の仲間はいた。
大学教授の師匠もいたし、それ以外がいてもおかしくはない……。
―――ソルジェはノヴァークの記憶を追体験しながら、じっと彼女をにらむ。
シドニア・ジャンパーが、『どれほどの呪術師なのか』を見切るために。
詐欺師としての側面は、すさまじいものがある。
しかし、呪術師としての能力をノヴァークが認識してはいない……。
「『ノヴァークよ、彼女の呪術師としての力をお前は知っているんじゃないか?思い出せ。彼女の呪術師としての力と……レヴェータとのつながりを』」
―――『アドバイス』を使い、ノヴァークの心に働きかける。
想像力はいい武器だよ、ノヴァークのような若者にはとくに強く備わっている。
シドニア・ジャンパーのすがたが見える、港に向かっているようだ。
春先のこと、まだ肌寒さの残る朝陽のなかを馬車は走っていく……。
「新たに作らせた港だ。現地人の猟師たちから、買い取った」
「買い取った、ね」
「いくらか圧力は使う。私も、軍人なのだから」
「どんな手段を、使ったんだよ?」
「港の使用料を上げたのさ。彼らが自ら管理していては、やっていけないほどに。快く、帝国軍に売り渡してくれた。十年すれば、大儲けだよ」
「十年、帝国軍が支配できていると?」
「……弱ってはいる。しかし、受け継ぐのは……姫様とレヴェータ殿下だよ」
「そのために、会いに行くわけか。何度目だ」
「何度でも、会いに行く。君も、コネを広げておけ。人脈は武器だぞ。君は傭兵あつかいではあるが……戦闘能力は、まったくもって期待できない」
「ちょっとは、筋肉もついた」
「その程度で、手練れの敵兵と戦えるものか」
「生き抜けるさ。強い戦士ばかりじゃない。そういうヤツから、早死にしていくものだろう」
「それはそうだ。しかし、君はアタマを武器として使うべきだよ」
「そうかな。そうかも、しれないが」
「そうした方が、強い。人生は短いものだから。何もかもを鍛え上げられはしない。他者を圧倒できる部分を、伸ばした方が効率的だ」
「商売人には、なれないよ。詐欺みたいなものを覚えたら。オレは、もう、一生。あんたのせいで詐欺師になるんだ」
「つまり。もっと、大きな力が欲しいと?」
「……オレの願望とか、先読みし過ぎじゃない?」
「早い方がいいだろうからね。それに、顔に書いている。男の子は、素直だな」
「ガキあつかいは、するんじゃない。あんたの従順な部下としてあつかって欲しいね」
「……詐欺は、スマートな方法もあるが。暴力的なものもある。この旅で、君は、それも学べるだろう。レヴェータ殿下は、呪術の天才だからね」




