第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その八百七十七
―――帝国は商い上手、ではあるものの。
経済というものは強烈な力学だけでは、どうにも回り切らないものでね。
過剰に資金をぶち込むこんだからといって、世の中がマトモに成長するとは限らない。
戦争で労働力が死傷した状態では、なおさらのことだよ……。
―――復興のためのビジネスも有益じゃあるが、程度の問題というものだ。
まして、亜人種を追放したり虐殺したりしているからね。
ユアンダートの価値観における世界に、亜人種の存在はいちゃいけないわけで。
そうである一方、経済にとっては人種というものに垣根のない方が強い……。
―――金属加工に長けたドワーフの一部だけが、例外的に生存に許されたのも。
すべては経済活動を支えるためだが、その時点でユアンダートの限界もある。
ユアンダート自身が否定し切れないのさ、亜人種のいない世界のリスクを。
亜人種の奴隷さえも殺すようになった今では、経済の先細りは当然起きた……。
「そのあたりを、姫様は気に入っていない。非合理的だからだ。皇帝陛下の考えを実践していけば、遠からず、限界は迎える。帝国経済よりも先に、帝国軍が、だ」
「だろうね。侵略した土地での経済を作り返るための仕事まで、帝国軍が行っている」
「十大師団ならば、金融や経済の専門家も豊富だよ。領地経営に長けた帝国貴族も多いし、商人たちも多く参加しているが」
「ここらに駐屯している連中に、その種のセンスは期待しちゃいけないけないよね」
「期待しちゃいけないどころか、そもそもセンスがない。戦闘訓練と、軍事訓練しかしていない。侵略の速度が、良くも悪くも早すぎた。ゲリラ戦で狙われるのも、盗賊に金目当てで狙われるのも……遠方軍では、貴族の子息や商人たち。金を持っていて、経済を作るための知恵を持っている者から狙われている。それに、階級闘争も起きているな」
「愚痴をよく聞くよ。帝国軍は『実力主義』とか言っているけれど、けっきょくは、実家の太さは物を言う」
「当然だ。金持ちの愚息と、有能な貧民。どちらが組織に金をもたらすと思っているのだ。軍事力だけなら、とっくの昔に足りていた。過去形ではあるべきだが」
「世の中、金だもんね。しかし、過去形であるべき、か」
「興味があるだろう。拡張し過ぎた帝国は、末端から機能不全を起こし始めている。『プレイレス』のように、帝国よりもそもそも質のいい経済圏ならば、新しいシステムに組み込んでも問題はない」
「あっという間に、『理解してくれるから』だね」
「その通り。帝国側が指導されたいほどには、優れている。しかし、全ての土地がそうとは限らない。亜人種が支配的な立場であった土地もある。その土地で、いきなり人間族がビジネスを回そうとしても、無理があるのだ。同じようなシステムも、土地によって、受け入れられるかどうかハナシが異なって来るからね」
「それなのに。帝国軍は命じられているわけだ。侵略した土地を、新しい植民地で、利益を出せと」
「『西』については、非常に良くない前例がある。『プレイレス』が優秀すぎたからだ。あそこでの成功体験を、そのまま『西』でも再現しようとしたし……これは、政治的な圧力の結果なのだが……グラム・シェア将軍は、『外様』の貴族だ」
「グラム・シェアが『プレイレス』で大きな利益を上げてしまったから、帝国軍に対してのプレッシャーが強まっている。帝国貴族や、帝国商人は、『自分たちが有能な商売人』だと証明しろと皇帝から言われているんだね」
「そう。そのプレッシャーが、帝国軍に行動を強いる。侵略した土地の人間族の商人に、金を押し付けるように貸して、経済的な発展を促してはいるが。『雑』な上に、受け皿が瓦解している」
「だから。有能な金融と経済の専門家である、会計将校に権力が集まりがちなんだ」
「まさに、そうだ。私たちならば、戦争しか知らない職業軍人よりは確かに経済指導が行える。帝国軍は軍事的な勝利よりも、経済活動にも従事する必要があるが……私たち会計将校抜きには、十大師団以外の末端軍では達成不可能な目標だ」
―――ソルジェにはいい機会になる、『逆流』と『アドバイス』でつながった記憶は。
とてつもなく鋭く得難い『勉強会』にもなるよ、魔眼のくれた大きなプレゼントだね。
一種の追体験、ノヴァークの半年間のうち詐欺師勉強よりも経済授業。
シドニア・ジャンパーからのそれを、ソルジェは端的ながら受けられたわけだ……。
―――ソルジェ自身が介入して、倒してしまった敵軍の内部事情も多い。
身近な事件についてなら、北方野蛮人で山猿レベルの知力しかないソルジェでも。
それなり以上には、理解が及ぶものだった。
旅して回り、戦争しながら破壊しつつ内部も知っていく……。
―――ぶっ壊すことは、ときどき教育的でもあるものさ。
解剖学の授業のように、ぶっ壊すことで内部までハッキリと見えてしまうので。
帝国は優秀ではあるが、限界もあった。
それらを学ぶことで、ソルジェはいくつもの教訓を得られていく……。
―――戦争に勝利するだけでは、国家運営というものは成り立たない。
基本的には賢い者に任せるべきだし、ビジネスは多くの種族が参加した方が強い。
ソルジェは自分の『持ち駒』の有能さにも、改めて感謝していた。
ロロカやガンダラ、そして『メルカ』の人々がソルジェにはいる……。
―――大陸でいちばん賢いレベルの人材が、百人以上もソルジェは持っているんだ。
しかも、彼ら彼女らが裏切ることもない。
ああ、もちろん。
『自由同盟』の大幹部としての立場も、そりゃ経済的なメリットなのさ……。




