第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その八百七十六
―――愛情についてだって、詐欺師は教えてくれたらしい。
美しい悪女は、心をもてあそぶ術を伝授する。
ライザ・ソナーズによる皇太子レヴェータの誘惑は、すさまじく有効だった。
いい教材になったかもしれないね、「愛は視野狭窄を起こすものよ」……。
―――ノヴァークはあちこちを動いた、シドニア・ジャンパーと一緒に。
ライザ・ソナーズの行動が表ならば、この詐欺師どもの行動は裏だった。
強力な権力の確保と、第九師団を乗っ取るための金策。
世の中はやはり複雑で、多面的な策謀は常に稼働している……。
「競馬は帝国兵どもだけでなく、現地人たちのギャンブル欲にも働きかけられている」
「あんたの思惑通りに。計算通りに世の中の男どもが動いてくれると、あんたは楽しくなっちゃうのかな?」
「楽しいかどうかは、正直なところ問題ではないよ。しかしね、ノヴァーク。言っておこう。とても、楽しいものだ」
「やっぱりね。きっと、そうだと思ったよ」
―――ノヴァークの率直な感性は、シドニア・ジャンパーの指標になった。
『西』の人々の、分かりやすい『モデル』として機能したのさ。
どんな詐欺が『西』の人々に有効なのか、ノヴァークを見ていれば分かる。
『西』の人々は縁起を担ぎ、迷信への傾倒が強かった……。
―――合理的な『プレイレス』や、帝国軍人の考え方に比べると。
ずいぶん騙されやすくはある、侵略されて敗北したから心も弱まっていたからか。
シドニア・ジャンパーは、この少年から実に多くを学んでもいたのさ。
邪悪な意味で、『いい関係』と呼べるものかもしれないね……。
―――相補的な教訓をお互いに施しながら、ふたりは詐欺の根を広げていく。
『プレイレス』の経済を支配しようとしていた姫君と、連動してね。
『西』の土地にいる帝国軍と、迷信深い現地の人々はすっかりと騙される。
競馬と物流の支配、高圧的な取引による『裏』の兵站の構築だ……。
「姫様がレヴェータ殿下に嫁いだあと、クーデターが起きる」
「皇太子による、『父親殺し』ってわけか」
「誰よりもユアンダート陛下の懐に近づける人物は、最も愛された息子だけ。陛下はな、レヴェータ殿下の母上からも暗殺を仕掛けられたのだ」
「は、はあ!?つまり、それって……自分の母親が、自分の父親を、暗殺しようとしたっていうのか!?」
「歴史を振り返ったとき、そう珍しい行いなのだと気づけるものだよ」
「そ、そうかもしれないが……」
「詐欺師に必要なのは、相手の心を読む力だ。ノヴァーク、いい訓練をしている」
「胸焼けしそうだけれどね。殿下に対して、つい、同情的になってしまう。そういう家庭で育つのは、たまらなく窮屈そうだ」
「世界で最も豊かなはずの青年であったとしても、救われるとは限らない。君のお家は、皇帝家よりはるかに恵まれている点もある」
「どうかな。そう、なのか……もしれない。少なくとも、両親の仲は、悪くないだろうね」
「それを客観視できるようになれたのは、大いなる成長だ」
「そういう言われ方をすると、恥ずかしくなる。思春期のオレの気持ち、少尉なら分かってくれるだろうに」
「かつては、私も思春期とやらを過ごしたから。分からなくはないよ」
「じゃあ、この話題はナシ。帝国軍についての勉強をしたい。このあいだの続きさ」
「ああ。教えてやろう。帝国軍の疲弊について、研究しておく必要がある。倒し、奪い取るために」
「ワクワクするね。知っていると思うけど、帝国軍を好きじゃないんだから」
「遠征軍の弱点に、金融システムがある。帝国軍は侵略した土地を、帝国経済に取り込むために苦心している。かつてほど、利益が出ていないのだ。最近はね」
「そりゃ、当然だろう。『美味しい裕福な土地』は、とっくの昔に食べちまった。最近は、かつての『強い敵国』に陣取りながら、経済発展に努力している……帝国貴族が、どんどん投資しているから」
「帝国商人もだし、現地の人々もだ。帝国軍の仕事には、経済発展を援助するなどという厄介な仕事も加わった。そうしなければ、膨大な軍の戦費を賄えない。投資されたなら、利益を出さねばならない。帝国軍は、侵略地の経済に対して、かなりの介入をしている」
「銀行みたいに、商売人に金を貸してくれる。いや、正確には……少尉がうちの父親たちにしたみたいに、『無理やり金を貸し付ける』」
「その通り。借金をさせるのだ。返却義務を強いて。彼らは金を返すためには、帝国軍主催の経済に積極的に参加しなければならない。おかげで、経済規模そのものは拡大できるものの。『西』の土地のような辺境においては、さほどの利益にはならない」
「だからこそ、うちの父親たちも嫌がっている。嫌がっているけれど」
「軍事力には、逆らえはしない。殺されて、奪われるよりは……面倒な借金を背負い、したくもない仕事に精を出すのも、生存政略としては正しい」
「だろうね。うん。情けないけれど。分かりはする。大地を覆い尽くすほどの、鋼の軍勢に対して、凡人は逆らうことなんて出来やしないんだから……」




