第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その八百七十五
―――結局のところ、彼女たちは帝国内部における反乱組織のようなものだった。
皇帝ユアンダートから、自分たちの理想を取り戻そうとしているような。
奴隷貿易の女王が企んだのは、現状よりはずっと亜人種にやさしい世界ではある。
権力を奪い取るための手段として、皇太子レヴェータは利用されていた……。
「皇太子殿下を利用して、『次の世界』に進むのだよ」
「姫様と殿下を結婚させてか。権力を、帝国から奪い取る……そんなに上手く行くのか?」
「皇帝陛下も永遠を生きるわけではない。遠からず年老いて、亡くなられる。皇帝でいながら死亡されるよりも、代替わりしてから亡くなられる方が……陛下自身が築かれた帝国が安泰という見方も可能だろう」
「暗殺やクーデターによる監禁の最中の世代交代は、マシなのかな」
「少なくとも、『次の世界』のためにはなる」
―――『次の世界』、ボクたちの求めている『未来』とユアンダートの現状。
それらはどれもが異なる方向性を示していて、交わる術を持っちゃいない。
ライザ・ソナーズが求めた世界は、今よりは亜人種にとってマシではあるものの。
完全な自由を求めてはおらず、『自由同盟』からすれば不満が残るものだ……。
「姫様は理想を胸に抱いておられるものの、現実主義者ではあられる」
「オレたち『狭間』を、表立っては認めちゃくれない。こっそりと支援してくれるだけでも、十分な救いではあるが」
「段階が大切だ。ゆっくりと、亜人種や『狭間』の経済参加を拡大していく。それが、姫様の目指す理想。『新しい世界』さ」
「あんた、詐欺師のくせに。そういうのに同調しているんだ」
「儲かりそうだから。それだけだよ」
「ははは。あんたらしいや。偽競馬で、帝国兵から巻き上げている最強の詐欺師らしい」
「君も加担しているんだぞ。秘密をまといたまえ。見つかって、追い詰められたとき。私は、あっさりと君を見捨ててしまうつもりだ」
「ああ。構わないよ。そもそも、それも分かっての協力関係だから。オレは、自分の運命ぐらい、自分で背負うつもりだ」
―――詐欺師たちは架空の競馬を用い、あるいは軍隊内の金融システムを悪用しながら。
ライザ・ソナーズのための資金を、集めていく。
それはひとつの辺境から集められる金額にしては、不釣り合いなほど大きくもあった。
それだけ凶悪な搾取を、シドニア・ジャンパーがデザインした結果でもある……。
「これだけの軍資金を持っていれば、第九師団を買収できるかな?」
「堅物二人がいるから、まあ、無理だろう」
「マイク・クーガー少佐とグラム・シェア将軍か。意外だな。どっちも、皇帝ユアンダートに対して忠誠心が高くなさそうなのに」
「皇帝陛下への忠誠ではないが、職業倫理は高いのだよ。その種の人物たちは、汚職耐性が極めて高い。買収を私が持ち掛けようものならば、即座に殺される可能性だってある」
「物騒だね。少尉は、絶対に『プレイレス』に近づかないでよ。行くとすれば、オレや、他の傭兵たちを使い走りにするといい」
「もちろんだとも。君にも、しっかりと貢献してもらうつもりだ。『新しい世界』において、君のような若い世代は、大きな戦力となる」
「ビジネスと、詐欺の知識があるから?それとも……あんたを通じて、ライザ・ソナーズ姫様への忠誠心があるから?」
「すべてさ。それらのすべてを、兼ねそろえての評価になる。これからの世の中は、とてつもなく複雑なものになるぞ。我々のような繊細なシステム構築者が、必ず重要視される世の中になる」
「ユアンダートが創り上げた、世界の統治システム。そいつを、丸ごと奪い取ろうっていうのか。一種の結婚詐欺みたいなもので」
「愛はないだろう。王侯貴族同士の婚姻というものは、全てが政略ではある。愛がなくても、問題はない。結婚してからも、自分のそばに愛人を常に置いていた王族など、歴史上いくらでもいる。誰もが、素直だったわけだ」
「……姫様は割り切れるだろう。女だからね。生まれたときから、ある種、自分の運命を理解していたはずだ」
「政略結婚の道具として、か。否定はしない。姫様自身が、おっしゃられていたからな」
「彼女はいい。しかし、問題は……レヴェータ殿下のほうじゃないかな。彼は、きっと、姫様よりも自意識が強いと思うよ。仮面パーティーではしゃがれていたお姿は……本当に、ライザ・ソナーズ姫様への愛情に浮かれているように見えたもの」
「正しい認識だ。それで、問題はない。愛してもらった方が、安全だから。男の心に本当の愛情があれば、女は殺されない。利用され尽くしても、女を許してしまう」
「そんなに、男のプライドって、安いんもんかな」
「違うよ、少年。愛こそが、プライドよりもはるかに高い価値を持っているだけだ」
「なるほど。そいつは、学びが深い意見になるよ」




