第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その八百七十四
―――悪人だって、忠誠心を持っているときもある程度には。
世界ってものは、複雑だったりするものだよ。
シドニア・ジャンパーにとって、ライザ・ソナーズは特別なようだ。
ノヴァークに語るとき、いつも嬉しそうであり誇らしそうだったから……。
―――その冬からの半年間は、ノヴァークには充実した日々だった。
詐欺師として多くを学び、実践していく。
帝国軍に対しての復讐でもあるし、『運命の悪女』への恋愛でもあった。
年齢差なんて関係ないのさ、クールな女会計将校は美しかったからね……。
―――教育を施されていく、詐欺のやり方も。
軍隊という組織の弱点や、崩し方もそうだ。
戦闘はしなかったけれど、傭兵たちと一緒に『西』の各都市を巡る。
両親と一族からは疑われ、実家を飛び出してしまった……。
―――居心地のいい堕落を、『家出少年』は楽しんでいる。
悪党に合流してしまうお決まりのコースだったのさ、実に若者らしい。
自由で背負うものが少なければ、こんな生き方を選ぶのもいいよ。
ボクが『彼』の立場であれば、同じような日々を過ごしたかもしれない……。
―――それは楽しいだろうよ、とってもスリリングじゃないか。
自分の故郷を破壊して占領した敵軍から、詐欺と搾取を働くんだよ。
復讐はいつだって、どんな手法であったとしてもおおむね甘美なものだから。
しかも、美人の師匠であり雇用主がそばにいるなんて少年からすれば天国だ……。
―――天国の日々が、どれだけ美しかろうとも。
ここは地上なのでね、現実はやっぱり泥臭くもあるのが残念なところか。
いや、ある意味では救いかもしれないね。
おかげでボクやソルジェは多くを背負い縛られて、大義に生きられもする……。
―――楽しい不良少年でいられなかったんだ、我が親友よ。
互いの祖国を、ガッツリとこの体躯と魂の全てで背負える喜びもある。
責任ある地位に生まれたことでの不自由は、王道を迷わず歩かせた。
生まれ変わる日でもあれば、今度は不良少年であってもいいけれどね……。
―――『彼』はそれなりに賢くて、そして純粋だった。
どんな色にも染まれるのが、若者の特権の一つだろう。
『運命の悪女』に、どろどろに真っ黒な詐欺師にされてしまうのも。
ノヴァークと名付けられた少年には、心地良かった……。
「教育しておこう。帝国軍の限界についてもだ」
「敵を知り、自分も知っておく。それが戦略のコツだって習っているよ」
「帝国軍の弱点は、何だ?」
「……限界、という言葉を使うとすれば……そう、だな。やはり」
「そうだ。伸びすぎた兵站線。そもそも、大陸全土への遠征を十年近くもやっていれば、さすがに弱体化だって起きてしまう」
「男たちは死んで、女性が台頭してくるほどに」
「戦場は本来、男社会だったのに。私みたいなものが、侵蝕できた。勇者も豪傑も、ずいぶんと死んでしまった結果だよ。これは、人材不足でもある」
「『空白』が生まれたからこそ、姫様やあんたが出世した」
「そうだ。帝国軍のあちこちに、根を張れる。女は、結束が強いものだ」
「はあ、オレにはよく分からんけれど」
「まあ、いいさ。とにかく」
「帝国軍は、どこまで疲弊しているのかな?」
「複雑化した金融システムと、兵站の限界。熟練軍人の十大師団への『吸い上げ』と、『西』にいるこの軍勢のような、内部の腐敗……勝利に次ぐ勝利のおかげで、辛うじて維持しているようなものだ。爆発して、全てを破綻に導きかねないリスクはそこら中にある」
「それは、脆そうだ……いや」
「今のところは、まったくもって大丈夫だよ」
「十大師団は、無敵だから」
「侵略戦争で得た土地と、奪った経済システム。そこに帝国式の経済を無理やりねじ込み、取り込んでいく。悪くないどころか、勝利がある限り、すばらしい発展をしている。最高のモデルではあるよ。帝国はこの十年で、百倍以上の国力を手に入れた」
「……ユアンダートは、とんでもない天才じゃあるんだね」
「当然だ。大陸を制覇した者など、千年前の古王朝でさえいなかったのに。歴史上で一番の侵略者が誰なのかという論争は意味がないほどだ」
「間違いなく、現皇帝陛下だから、か」
「異論をはさめない事実というものもある。だが、あらゆる帝国が崩壊してきたことも歴史は教えてくれている。その多くにおいて、発端となったものが『腐敗』である」
「秩序を蝕めば、必ず壊れた。どんな歴史上の巨大国家も、そうだった」
「秩序を維持するために必要な条件は、三つだ。『強い軍隊』、『税制度』、『教育が生む知性』。これらが損なわれる最大の原因が」
「『腐敗』というわけだ。『軍隊』は疲れているし、『税制度』を悪用する地方派遣軍も増えている」
「文官を追い出す軍人の、多いことだ。ありがたいね、私や姫様にとっては。『税制度』が律するのは、体制側だ。それが緩むほどに、皇帝と帝国軍の絆も弱まっていく」
「『知性』については、どんな感じなのかな?」
「それについては順調だよ。陰りはない。帝国軍が広めているのは戦火だけでなく、文明もだ。その点は、大いに喜ぶべきことだろう。帝国軍の侵略戦争と、同化政策は人間族の知的水準を大きく向上させた……だが」
「……亜人種は、違う」
「その意味では、『知性』も歪みつつある。『知性』のいいところは、創造的なところだ。新たなビジネスを作ってくれる。まあ、寛容さと言えるだろう。しかしね、帝国軍が創り上げてしまった寛容さは、人間族に対してのみ」
「姫様は、それがお嫌いだって?」
「ああ。奴隷貿易の女王であったとしても、本心は異なっている。そもそも、だ。亜人種の経済参加を促進した方が……より儲かる。これは、姫様よりも、私の意見だがね」
「まあ、そうだね。少尉はすごく、お金儲けが好きだから。自分のお金儲けも、自分が望む集団が儲けることも……そのためには、『他』には狂暴になれる。すごく、クールだ!」




