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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その八百七十二


―――言い放ちながらも、『彼』は自分の青臭さに辟易もしている。

分かっちゃいるのさ、父親の判断はとても妥当なものだってね。

ついさっき、殺されかけたばかりだから。

帝国兵には、勝者には……。




「勝者には権利がある。とくに戦争での勝者には、事実上、生殺与奪の権利があるものだ。たとえ、法律がそれを禁じたとしても。誰が戦場でのリンチ/私刑を止めるというのだ。誰も咎めはしない。殺すほど、評価してくれるのが、軍隊の仕事場なのだから。平時ならば、ともかく。大陸全土で殺し合いをしている今では……法律も倫理も機能不全気味なのだ」

「……だから、何だって言うのさ」

「殺されかけた君は、理解させられている。自分の父親と同じ立場に立たされたなら、武装した帝国兵に囲まれた状況で、自分だけでなく自分の家族や、社員。さらにはその社員の家族まで。いくらでも殺してしまえる権力者に……圧倒的で、絶対的な勝者を前にしたとき、君が、どんな選択をしてしまうか」

「……なんて、答えて欲しい?」




「素直にさ。私はね、あまり嘘が好きじゃないんだよ。とくに、私に対して使われる嘘はね。無駄な思考時間と、態度を選ばなくてはならない。手間がかかる」

「……クールだねって、褒めて欲しいんだ」

「そうかもしれない。だから、君の答えは聞かないでおこう。どうせ、すべて、決まっているのだ。君自身の言葉の通りにね」

「そこらが、オレの……」




―――『限界』なのさ、『彼』は決して勇敢ではない。

少なくとも、ボクたち『ルードの狐』や猟兵から見ての勇敢さはないよ。

大陸最強の帝国軍に対して、正面からの武力闘争を挑めるような性格じゃない。

その種の性格があれば、とっくの昔に野へ下ってゲリラ組織に合流している……。




―――17才なんだからね、自分の意志でゲリラに入るにはちょうどいい年齢さ。

ああ、もちろん。

これは乱世の戦火に焼けただれてしまった、ボクら戦士の価値観だから。

戦いに焦がれるような精神性のすべてを、美徳にしてしまうのは危険なものさ……。




「君の父親は、英雄ではない。だが、そこらの英雄よりは大勢を救っているだろう。私は自分のシステムに対して、素直に貢献してくれる『部品』が好きなのだ。階級以上の権力と、恐ろしいまでの説得力で、『西』の派遣軍を支配しているのだからね」

「……アンタ、たかが少尉だろう?」

「会計将校というものは、特別な権力を持っている。私は帝国兵が求める二つの力のうち、片方をほとんど自在に操れてしまうのさ」

「二つ……金、か」




「そこらのガキよりは、賢いようだね。というか、ビジネスの現場の近くにいたからか。父親に感謝するがいい。私の父親も商人で、ビジネスの方法を教えてくれたよ」

「商人にならずに、帝国兵か」

「正確には帝国軍人もしつつ、ちゃんと商人もしている。商人というのはね、とても柔軟な存在なのだよ。乱世では、とくに。戦場では、さらに無秩序が許される。兵士たちの給与も、軍が何を誰からどれだけ仕入れるのかも、裁量が利いてしまう立場だ。インテリの少ない下級の遠征軍では、とくに」

「下級の遠征軍、か」




「整列した帝国兵の群れを、君はおそらく見ただろう」

「……ああ、まあ、ね」

「どう思ったんだい?言ってごらん。ここはプライベートな空間だ。私の口は、商人よりもはるかに固い」

「……鋼の、群れ……海みたいな、イメージだった」




「いい抽象的な表現だよ。まさに、帝国軍は海にも等しい。海に浮かぶ軍船の群れは、海を埋め尽くすようだし、地平線を埋め尽くす武装した兵士たちの整然とした隊列は、敵に勝機の無さを悟らせるには十分だ。君も、怖くなっただろう。我々が、まるで怒涛のように破壊衝動のまま暴れたら、何だって壊せるんだ」




―――恐怖心が膝を揺らすし、寒い時期だったのに額に脂汗が浮かぶ。

シドニア・ジャンパーの言葉と、『彼』が見た戦場の痕跡は一致しているから。

どんな巨大な石壁だって、すでに破壊されている。

勇猛果敢な戦士たちでさえ、とっくに殺されて街の中央に見せしめとして吊るされた……。




「怯えて、いい。当然だよ。さあ、温かいものを飲むといい。こちらの調べでは、君は甘党だったはずだ。砂糖は、どれぐらい?いつもの数でいいよ。私は君を尊重するために、君の舌に合わせてやろう」




―――シドニア・ジャンパーは甘党だったらしい、『彼』より多くの砂糖を使った。

商人として躾けられたマナーに従って、『彼』は提供されたものを飲む。

それはとても甘く、『彼』の緊張を和らげてくれる。

マナーの正しい使い方のひとつだよ、緊張感ある場でも己を律してくれるのさ……。




―――恐怖に裏縫いされるように、何かしらの好奇心が生まれていく。

どうして、シドニア・ジャンパーが自分に『やさしい』のか。

何か裏があるのだろうか、と考えて。

すぐに『彼』は答えを見つける、『部品』を求めているのだと……。




「……オレに、『部品』になれと?」

「ハナシが早い。そうだ。それだからこそ、わざわざ殺されそうなところを助けてやったのさ」

「上から目線だね、命の恩人さん」

「もちろん。勝利した軍とは、傲慢で当然だよ。傲慢さと暴力で、敵から色々とせしめる。軍事力とは、おおむね、そのようなものだ。ゴロツキと同じ」




「答えを、聞かないのか?」

「君は、もう決めているだろう。表情が、語り過ぎているよ。もう少し、クールになるといい」

「……勝手に、決めつけるなよ」

「違うのかな。君は、こう考えてもいるはずだ。私が『帝国軍の兵士たちの給与を握っているのなら、復讐に利用してやれそうだ』と」




「……ああ、そうだよ。殺されかけて、怯えちまった。あの屈辱は、晴らしたい。そのために、アンタとつるめば……色々とやれそうだってね。あいつらの金を、奪う、とか。あるいは、もっと……大きなことだって」





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