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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その八百七十一


―――シドニア・ジャンパーは、とても知的な女性に見えた。

ロロカやステイシー一族のような学者的な賢さではなくて、もっとぎらついた知性。

探求ではなくて実用のために知識を使う、狡猾なスパイのそれに似ている。

『アルステイム』や、ボクたち『ルードの狐』の方向性に似ていたよ……。




―――間違いなくダークな知性だね、取り巻きたちを使って彼女は救った。

殺されかけていた『彼』に近づき、表情筋の動きが見られない顔だ。

値踏みされていたんだろうし、それは『彼』も理解している。

助けてくれた者には権利がある、見返りを請求していいのさ……。




―――無表情で知的で、クール。

いやいや、冬のように冷たい気配だった。

商人の息子をやっていれば、その種の性格を持った連中によく出会う。

しかし、シドニア・ジャンパーは特別だ……。




―――会計将校のコートに、軍規違反のマフラーだ。

鎖のついた眼鏡に、盗賊だったら腕ごと盗みたくなるような高価なカフス。

賢いワタリガラス/レイヴンのように、静かに見下ろしてくる。

闇社会の生き物との出会いを、少年は喜んでしまっていた……。




―――出会いの冬の日、『彼』は彼女に命じられる。

部屋に来いと、言われたのさ。

傭兵たちにボディチェックされて、隠していた武装も上着もはぎ取られたまま。

過度な期待をしてしまうのはしょうがない、シドニア・ジャンパーは美人だから……。




「単刀直入に指摘しよう。君は、ハーフ・エルフだね」




―――ふたりだけの部屋、コーヒーを差し出されながら彼女は嘘を見破った。

『彼』が長年、人生のすべてを使って作り上げてきた嘘。

それを、一瞬のうちに見破られてしまう。

それは『彼』には衝撃的であり、不安よりも新鮮さが目立つ体験だ……。




「いいや。オレはこの通り、人間族だ。『血狩り』の成績を上げたいのなら、よそをあたってくれないか」




―――長年の訓練は、染みついてしまうものだったね。

『彼』はシドニア・ジャンパーに嘘をつき、鼻で笑われる。

バレたとしても構わない、『彼』の好奇心は恐怖に勝っていた。

助けるつもりがないなら、最初から助けなかったはずだと信じてもいる……。




―――目の前にいる、女ワタリガラスが。

無駄なことに時間を割くような人物だなんて、思えなかったのさ。

そのあたりは、『彼』らしい。

詐欺師らしく、ある種の目利きではあった……。




「ふたりだけだ。私にまで嘘をつく必要はないよ、ハーフ・エルフの少年」

「……どうして、オレがハーフ・エルフだと?」

「呪術や、錬金術の薬を使う。君らのような立場の者で、余裕ある暮らしをしている者のなかには、たまに見られる行動だ。会計将校は、真実を見抜く瞳が要求される仕事でね。『血狩り』をしたがる、『カール・メアー』のエキセントリックな女どもとは違い。世間というものを、ちゃんと知っているのさ」

「……オレを、脅すつもりじゃないよな。助けてくれたんだ」




「まあ、そうだね。脅す気はない」

「ハハハ。そうだと、思ったよ」

「余裕を演じる必要もない。君は、私からすれば……かなりの弱者なんだ」

「……脅してるじゃないか。アンタの基準じゃ、脅しのうちに入らないの?」




「会計将校の脅しが、どれほどのものかを知らんと見える。本気を出せば、君の一族全員、丸ごと、監獄送りだ」

「な、に……」

「拷問の日々で、処刑してやるのもいい。我々、会計将校の義務はひとつ。戦争の勝利ではない。金を、組織に、もたらすことだ。それが、エルフの妻子を持った商人の資産を没収することであっても問題はない。戦争など、しなくてもいい。金を得られればな」

「……それって、軍人らしくないけれど。オレは、性に合うかも」




「だろうね。だって、君は不満に思っているようだから」

「金持ちだ。顔だって、いい。勉強もそこそこ」

「失望しているんだろう。祖国に捧げていた期待が、裏切られてしまったから」

「……そんな、ありふれたヤツの一員なんかじゃ、ねえし」




「いいや。指摘してやれるよ。君は、裏切られたと感じ。自暴自棄になりつつある。帝国は大きな力で、君の祖国は、それほど強くはなかった。金が欲しかったわけじゃないだろ。帝国兵とのあいだに騒ぎを起こしたかった。甘いプランだ。もう少しで、殺されていたな。ガキ相手でも、戦場で殺しを覚えた連中は容赦してなどくれない。学べたな」

「……そうかもね。次は、もっと、上手にやる……」

「選ぶ権利があるのは、強者だけだ。弱者らしく、もう少し、慎重に行動しろ」

「いいヤツなんだっけ、アンタ?」




「決めるのは、君自身さ。私は自分の評判にも、評価にも、それほど興味はない」

「嘘だね。指摘してやる。アンタは、名誉を欲しがっている」

「いいや。欲しいのは、名誉ではなく。勝利だよ」

「何に、勝つ気なんだ?」




「知りたいのなら、私の手駒になることだ」

「アンタの、手駒に?」

「なりたいだろう。君も、名誉には興味はない。名誉や規範が、どれだけ無価値なのかを思い知ったばかりだ。両親や周りの大人たちが、情けなく見えたんだろう。君が欲しいのは、渇望しているものは、勝利だ。何でもいいから、大義さえなくてもいいから、君は、自分の犠牲者が欲しいんだ」

「……だとすれば、スゲー、いやなヤツなんだけど?」




「いいヤツである自分こそ、殺してやりたいんだろう。『マリウス』」




―――心臓が冷たい指に、鷲づかみにでもされたかのようだった。

潰された心臓から逆流した血が、吐き気と不安を呼び起こす。

動揺するなと自分に言い聞かせようとして、それも見抜かれた。

商人の息子は、その種の教育が身に沁みついている……。




「君がすべき質問は、『どうして?』だ」

「……調べていたんだ。いや、そうか……記憶していた」

「後者だね。勘がいい若者だ」

「うちの家族構成、特徴も……ぜんぶ、覚えていたのか」




「暗記するのは、得意でね。伊達に、会計将校を任されちゃいない。君の御父上に、ずいぶんとシビアな挨拶と、要求を課したのは二十四日前の正午だった。いい人物だよ。プライドよりも実利を取った」

「そこらが、うちの父親の限界ってことだよ」

「ガキ臭いが、一理はある」

「そうだろ。だって、本当のことだからだ。『西』の連中は、どいつもこいつも、弱っちくて、自分を本当に貫く意志なんて、持ってはいないんだ」





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